端末がルーターとして動く

図6●アドホック・ネットワークでのレイヤー3レベルの問題
アドホック・ネットワークでは時間とともにネットワークを構成する端末が変わる。こういったネットワークではこれまでとは異なる経路情報交換プロトコルが必要になる。
図7●IETFで検討されている経路情報交換プロトコルの二つの方向性
リアクティブ型は通信するときに経路を探索する方式。プロアクティブ型はあらかじめルーティング・テーブルを交換することで,ローカルにルーティング・テーブルを持っておく方式である。リアクティブ型ではいかに探査要求が大量に流れないようにするかがプロトコル作りのポイントになる。また,プロアクティブ型ではいかにルーティング・テーブルの交換の頻度/情報量を少なくするかがポイントになる。

 一方,アドホック・ネットワークに特化した経路情報交換プロトコル(レイヤー3)の標準化を行っているのが,IETF(Internet Engineering Task Force)の「Mobile Ad-hoc Networks(MANET)」ワーキング・グループである。

 既存の経路情報交換プロトコルとは別にアドホック・ネットワーク用の経路情報交換プロトコルを別途決めようとしているのは,現行のプロトコルが固定的なネットワークを前提に作られているためだ。アドホック・ネットワークでは次の二つの点で固定的なネットワークと異なる。

 まず,ネットワークに属するすべてのコンピュータがルーター機能を持たなければならないという点である。自分の受け取ったパケットが自分あてか,そうでないかを判断し,異なれば隣のコンピュータに渡す必要がある。このとき,闇雲に渡すのではなく,そのアドレスのコンピュータに近づく方向に送り出す必要がある。従来型のネットワークであれば,端末となるコンピュータはルーティング/フォワーディングは行わず,自分あてのパケットだけを受け取り,それ以外は廃棄すればよかった。

 もう一つは,アドホック・ネットワークではネットワーク構成が時間とともに変わる点だ(図6[拡大表示])。例えば,通信中にもあて先の位置やあて先までの経路が変わる可能性がある。従来のRIP(Routing Information Protocol)やOSPF(Open Shortest Path First)のような経路情報交換プロトコルではあまりにも,変化が速すぎて対応できない。

二方向で検討が進むルーティング

 そこでMANETでは,これらの問題を解決するために二つの方向でプロトコルを開発している。

 一つ目のアプローチは「リアクティブ型」と呼ばれるもの。通信要求が発生した時にルーティング・テーブルを作る。具体的には,初めての相手と通信する端末は近傍の端末に相手のアドレスを入れた問い合わせパケットを送る。このように周囲に一斉にパケットを送る動作をフラッディングと呼ぶ。近傍の端末は自分がそのアドレスでなければ,さらに隣の端末に同じ問い合わせを投げる。こうして最終的に目的の端末に届き,返信パケットが返ってくることでルートが確定する。

 もう一つのアプローチは「プロアクティブ型」と呼ばれる方法。初めてネットワークに入ったり,トポロジに変化があった端末は自らネットワークに加入/変化したことをフラッディングで発信する。また,近隣の端末が存在しないことを発見した端末は,これをフラッディングで発信する。これらのメッセージを受けた端末が近隣の端末にどんどん伝えていくことで各端末がルーティング・テーブルを更新していく。通信をする際は,あらかじめローカルに持ったルーティング・テーブルを使って送信する。

 リアクティブ型とプロアクティブ型を比較した場合,通信の頻度が低く構成が頻繁に変化するネットワークに有効な前者に対し,後者は通信の頻度が高く,構成の変化が少ないネットワークに有効である。

 現在,MANETではリアクティブ型として「DSR(Dynamic Source Routing)」および「AODV(Adhoc On-Demand Distance Vector)」,プロアクティブ型として「OLSR(Optimized Link State Routing)」および「TBRPF(Topology Dissemination Based on Reverse-Path Forwarding)」の四つのプロトコルをIETFに提案している。それぞれのプロトコルでは,フラッディングを減らし,ネットワーク全体で経路情報の交換を効率的に行う方法で違いがある。

 DSRはインターネット標準として議論される一歩手前のInternet Draftの段階,それ以外がまだ実験や改良が必要なExperimentalの状態にある。Experimentalは実験/検証の目的に限り自由に実装できるが,Internet Draftは異なる実装との相互接続性が求められる。

(中道 理)