図1●アドホック・ネットワークの概要
近傍にある端末同士が直接通信してネットワークを形成する。電波が直接届かない端末同士が通信する場合は,間に存在する端末がバケツリレーのように中継する。
図2●アドホック・ネットワークのメリット
基地局集中型のネットワークは,必ず基地局を経由しなければならないので効率が落ちる。アドホック・ネットワークはある程度端末が普及すれば,効率の良いネットワークが形成できる。
図3●アドホック・ネットワークの使いどころ
家電ネットワークでにアドホック・ネットワークを適用すると,特定デバイスだけの通信が可能なので,電波を有効活用することができる。災害現場などネットワークが敷設されていない場所で即席のネットワークを作る場合にも威力を発揮する。このほか,体験ゲームや遊園地における待ち時間情報配信など,その場に行くことで周囲のデバイスとつながるという使い方もある。
 これからのコンピューティングはコンピュータ同士の連携が前提になる。その世界ではコンピュータがネットワークに「いつでもつながる」ことが何より重要になってくる。

 しかし現状はまだ,その遥か手前にある。例えば無線LAN。アクセスポイントが存在するのはオフィスや家庭,喫茶店,空港などの一部に限られている。携帯電話やPHSのカバー範囲はこれより広いが,電波が入らない場所はある。回線も細い。

 そこで今,これらの問題点を解決する技術として「アドホック・ネットワーク」が注目を集めている。アドホックとは「その場限り」という意味(別掲記事「アドホック・モードとアドホック・ネットワーク」参照)。近傍にある無線端末同士が数珠つなぎにつながっていくことで,大きなネットワークを形成する(図1[拡大表示])。直接接続していない端末同士が通信する場合は,間に挟まる端末がそのデータをバケツリレーのように中継する。この中継の仕方をマルチホップと呼ぶ。

 また,インターネットにつながる端末がアドホック・ネットワーク内に存在すれば,それがゲートウェイの役割を果たす。つまり,無線LANのアクセスポイントが近くになくても,インターネットにつなげられる可能性が広がるのだ。

利点が多いアドホック・ネット

 基地局集中型のネットワークとアドホック・ネットワークを比較すると,アドホック・ネットワークには接続性を高める以外にいくつもの利点がある(図2[拡大表示])。

 最大の利点はアドホック・ネットワークが耐障害性に強く,運用/管理が容易なことだ。耐障害性の面では,ネットワークを構成する1台のコンピュータに障害が起こっても,別の経路が自動的に確立する。周囲に全く端末がない状態にならない限り,つながり続ける。

 また,端末同士は相互に連絡を取り合い,自動的にネットワークを形成するので,運用/管理をする必要がない。

 電波を効率よく使えるというメリットもある。まず,出力を抑えられる。基地局集中型のネットワークでは基地局が端末の通信を制御するため,端末全部が受信できるように大出力が必要になる。アドホック・ネットワークでは近隣の端末に届く程度の出力で済む。また,集中型だとある瞬間における通信は基地局と一つの端末だけだ。二つの通信が同時に発生すると信号が干渉するからである。アドホック・ネットワークでは端末同士が直接通信できるため,出力を調整すれば同時に複数の通信が可能だ。

集中型にはない三つの使いどころ

 ここまで見てきたメリットから考えると,アドホック・ネットワークが適しているのは(1)ネットワークの利用が事前に予見不可能な場所,(2)ネットワークのトラフィックを分散させたい場所,(3)同じ目的を持った人が集まる場所,となる。

 (1)は,例えば,高速道路のトンネルがある。トンネル内で携帯電話を使って通信できるようにしようとした場合,携帯電話の基地局を設置する必要がある。しかし,トンネルのように閉じた空間ではどの程度トラフィックが発生するか予想しづらい。車がスムーズに流れていればここでの通信はほとんど発生しないだろうが,渋滞時には大量のトラフィックが発生する可能性がある。基地局がパンクしてつながらないケースもあるだろう。車がそれぞれアドホック・ネットワークの端末になれば,それらを通じてトンネル外の基地局とも接続できる。

 もちろん,災害現場も予見不可能な場所だ。例えば,巨大なビルで火災があった際,携帯電話/PHSが建物内で通じないことが考えられる。消防隊員がアドホック・ネットワークに対応した端末を持てば,災害現場限定のネットワークを作れる。外部との中継が途切れそうな位置では,途中に据え置き型の端末を置いておけばいい。このネットワークにより災害現場の映像や位置,隊員の状況などが逐一把握できるようになる。また,災害現場にロボットを送り込むような時代には,このネットワークはさらに有効になるだろう(図3-a[拡大表示])。

 (2)のネットワーク・トラフィックを分散させたい場合としては,家庭内LANがある。家庭内LANのトラフィックを考えた場合,DVD/ハードディスク・レコーダとテレビ,パソコンとプリンタのように物理的に近い装置が通信する傾向にある。出力をうまく制御できれば,お互いに干渉せずに独立に通信できるはずだ(図3-b[拡大表示])。

 また,コンサートでの待ち合わせなどで携帯電話で連絡を取る場合は,近くにいながら,わざわざ基地局を介して通信することになる。これが直接通信できるようになれば,ネットワーク全体のトラフィックの軽減につながる。

 (3)の同じ目的を持った人が集まる場所でのアプリケーションとしては,ゲームがある。アドホック・ネットワーク対応のゲーム機を持ったユーザー同士がつながり対戦ゲームをするというわけだ(図3-c[拡大表示])。このほか,遊園地での待ち時間情報配信やイベント会場での告知などにもアドホック・ネットワークを使えそうだ。


アドホック・モードとアドホック・ネットワーク

図●無線LANのアドホック・モードとアドホック・ネットワークの違い

 アドホックと聞いて,無線LANのアドホック・モードを思い浮かべたかもしれない。ただし,このアドホック・モードとアドホック・ネットワークは違う概念だ([拡大表示])。

 無線LANのアドホック・モードはアクセスポイントなしに,端末だけでネットワークを構成するためのモードである。電波の届く範囲の端末同士だけが通信できる。1対1で通信するだけで中継しない。

 一方のアドホック・ネットワークはマルチホップを前提にしており,直接電波が届く範囲にいない端末同士も通信できる。

(中道 理)