無限のパワーが手の中に

図5●ネットワーク上のコンピュータを束ねる
3次元モデリングや設計シミュレーションなど,大量のCPUパワーを必要とするアプリケーションは少なくない。研究が進む分散処理技術を使えば,リソースが空いている他のコンピュータに,処理を負担してもらいながら,あたかもローカルのリソースだけで動いているかのような環境が得られる。

 また,ネットワーク上のコンピュータを束ね,これまでにないリソースを生み出そうという研究も進んでいる(図5[拡大表示])。

 例えば,富士通研究所と富士通が開発したミドルウェア「オーガニックジョブコントローラ」と「グリッドリソースマネージャ」を使えば,ネットワーク上にある複数のパソコンを1台のコンピュータとして扱い,プログラムを実行させることができる。具体的には,ネットワークにあるコンピュータのCPUの使用率や使用メモリ量を監視し,その環境にあったジョブを自動的に投入する。このとき計算に使うプログラムは,特にこの分散環境に合わせて作り直す必要はない。

 実際に「携帯電話基地局のアンテナ設計シミュレーションで試してみたが,処理時間が1/3に短縮した」(富士通研究所ITコア研究所の木村康則所長代理)という。具体的には従来30台のPCクラスタを使用して200時間かかっていたが,333台のパソコンで分散させることで66時間で済んだという。パソコンは,この処理以外にも使われていたため,平均同時利用台数は25台。CPU稼働率はPCクラスタが2.2%であったのに対し,パソコンでの分散処理の場合は80%に達した。

 超高速ネットワークにつながるストレージを一つのハードディスクに見せる技術開発も進む。その一つが産業技術総合研究所のグリッド研究センターが開発した「Gfarm」だ。

 Gfarmを使えばユーザーがデータを格納する場所や容量の制限を気にすることなく,データを格納できる。また,同じデータの複製を複数の場所に置いて,ネットワーク的に近くにあるデータを自動的に渡す仕組みもある。こういった仕組みにより,データ読み出しの高速性を維持しつつ,一部の装置が故障したりネットワークが不通になった場合にも対処可能な高い信頼性を確保したという。いわば「ネットワークを通じたRAID0+1のシステムである」(産業技術総合研究所グリッド研究センターの関口智嗣センター長)。2003年には日米の6拠点に分散した計236台のパソコンのハードディスクを70Tバイト分の一つのハードディスクとして見せる実験に成功している。

 これらの研究は,いずれも大規模なシステムを対象にしているが,回線が高速になればやがてエンドユーザーにもやってくる。携帯電話やPDAから世界に広がったコンピュータを束ね,あたかも自分のものであるかのように使える時代がやってくるのだ(別掲記事「進む家電の連携」)。

意図を読むコンピュータの実現へ

 このような超分散環境が整うことでこれまでにない新しいコンピュータのアプリケーションが見えてくる。その一つの可能性が,コンピュータが人の意図を読み,先取りしてサービスを提供してくれるというシステムの実現だ。

 東京大学青山友紀教授によれば「人に加速度センサーとGPSを搭載しておけば,90%ぐらいの確率で今どこで何をしているかを推測できることが実験で分かっている」という。ユーザーの履歴をどんどん溜め込んでいき,ユーザーの行動の類似性を見つけていけば,そのユーザーが次に何をするのか,先回りして予測できるというのだ。

 しかし,人の行動履歴は膨大なデータになるし,そこから相関関係を見つけ出して行動の予測するには大きなコンピューティング・パワーが必要になる。この問題は,ネットワーク全体を巨大なコンピュータとして利用できれば解決できる。

 これが成り立つにはさまざまなセンサーがネットワークにつながることも必要。大量のコンピュータと大量のセンサーを組み合わせは他の新種のアプリケーションも可能にする。例えば,車の動きを監視し,1台ごとの最適経路をリアルタイムに表示するシステムもあり得ない話ではない。


進む家電の連携

図●家電で進む機器間連携
現在は個々に独立している家電もネットワークで連携動作を始める。「個」の限界を超えたサービスを提供できるようになる。

 この1~2年,家電メーカーは家庭内LANで家電機器を連携させようと躍起になっている。無線LANの普及により,ようやく家庭内でもLANが一般的になり始めたからだ。家電メーカーは家庭内LANに,テレビ,DVD/ハードディスク・レコーダ,ホームサーバー,携帯電話,ゲーム機,ミニコンポなどのデバイスをつなげたいと考えている。

 例えば,ソニーや松下電器産業などが中心になって策定したDLNA(Digital Living Network Alliance)は,まさにこの世界を念頭に置いたものだ。2004年7月に公開したバージョン1仕様では,テレビとDVD/ハードディスク・レコーダがイーサネットや無線LANで接続して,映像をやり取りするためのプロトコルを規定した。これに準拠した製品同士なら,寝室で居間のレコーダに取り溜めた映像を見ることが可能になる。

 さらに連携を求めれば,ストレージ自体もネットワーク全体で一つに見せようという動きが出てくるだろう。実際,家電用のミドルウェアを開発している米Mediabolic社はこの時代をにらんで,ネットワークにつながるハードディスクを1台のディスクのように見せる「MediaSpace」という技術を開発し販売している。こういった技術が各機器に搭載されていけば,ハードディスク・レコーダで録画する際に,あふれたデータをネットワークにつながるNAS(Network Attached Strorage)に書き込むことが可能になる([拡大表示])。

 さらに,先には家庭内LANにつながるデバイス同士での処理分散もある。例えば,テレビでWebページを表示する際,レンダリング処理をパソコンに依頼したり,パソコンで映像を扱う際に,圧縮処理をゲーム機のCPUで実行するようになるのである。ソニー・コンピュータエンタティメントが描く,Cellチップを使ったコンピューティング構想はまさにここを狙っている。将来像として,家庭の機器だけでは手に負えない処理をインターネットに負担させることも考えている。


(中道 理)