誰にとっても使いやすい。それがユーザー・インタフェース(UI)の理想である。ここ数年耳にするようになった「ユニバーサル・デザイン」も,本来これを目指している。日本では高齢者や障碍者への配慮にフォーカスしがちだが,誰か特定の人向けではなく「普遍的なデザインを意味する言葉」(文部科学省メディア教育開発センター研究開発部の黒須正明教授)。

図1●人間の多様性に対処する
理想は,すべての人にとって使いやすいUIを一つ作ること。しかしそれはとても難しい。このため用途や使う人を限定する,あるいは複数の選択肢を用意するという二つの手段が採られている。
図2●日産自動車のMagic-4
ハンドルの回りに四つのボタンが配置されている。表示されたメニューに対応するボタンを押して操作する。階層に応じてメニューの内容は変化する。
図3●視認時間と選択肢数の関係
日産自動車の実験結果。選択肢数が少ないほど1階層当たりの視認時間は少なくて済むが,階層数が多くなるため総視認時間は増える。総視認時間が最少になったときの選択肢数が,4.5だった。
図4●PM-D1000の画面
テレビに接続し,テレビ画面を見ながらリモコンで操作できる。これはテレビに映し出される画面である。L判プリントモードなら写真と枚数の選択だけでよい。それ以外の操作には応用モードを使う。
図5●Chateau
これまでに描いた線はオレンジ色で表示されている。紫色の線が,Chateauが次に描かれそうだと予想したもの。これをクリックすれば,自動的に描画される。画面の左下には,描画されそうな平面の予想も表示される。
写真●ThinkPadのトラックポイント・キャップ
左のキャップを好むのが,利用時間は長くないがアプリケーションを正確に操作したい人。右の二つは,利用時間は長いが主な用途がWebの閲覧などで,それほど細かな操作をしない人向けのものである。その中でも中央はあまり汗をかかない人,右は汗をかきやすい人に好まれるという。

 しかし,ユニバーサル・デザインの実現は難しい。人間は多様性に富む生き物だ。個人によって,経験や考え方は違う。このため使いやすいと感じるものは異なる。“万人を満足させるUI”は不可能に近い(図1[拡大表示])。

 ユニバーサル・デザインが現実に無理であれば,人間の多様性を吸収する方向でUIをデザインしていくしかない。現在考えられているのは二つ。まず,用途や使う人をある程度限定した製品作りをすること。限定することによって,多様性による理解のずれを小さくする。

 もう一つは,複数のUIを用意すること。人間の多様性に合わせて,製品側にも複数の使い方を設ける。自分に適したものを選んでもらうことで,一人でも多くの人に使いやすいものを提供できる。

人間の特性を実験で導き出す

 多様性への対応の前提として,根幹となるベースのデザインはある程度万人が納得できるものでなければならない。その材料として使える要素の一つが,人間という生物に共通する身体的,生理的特性である。この特性を無視すると,いつまでたっても習熟しにくく,使いにくいUIになる。

 日産自動車は自動車に搭載する次世代の情報機器「Magic-4」のUIを検討するにあたり,人間の生理的特性を重視した。できるだけ少ない操作で機器を扱えるようにするために,最適なボタンの数を実験により割り出した。

 Magic-4は,自動車に搭載されるさまざまな情報機器を一元的に操作するためのものだ(図2[拡大表示])。カーナビの操作,音楽の再生,メールの送受信。これらが,ツリー状の階層構造を持ったメニュー体系にまとめられている。ユーザーは選択肢を選びながら,目的の機能に到達する。つまりボタンの数は,ユーザーに提示する選択肢の数に等しい。

 運転しながらスムーズに機器を操作するには,すべての選択肢を一瞥しただけで認識したい。その意味で,選択肢は少ないほどよい。選択肢の数が減るほど認識するのにかかる時間(視認時間)が短くて済むからだ。

 しかし選択肢の数を減らすと,そのぶんメニューの階層が増えてしまう。ある機能にたどり着くまでに,何度もボタンを押さなければならなくなる。これでは,全体の視認時間が増えてしまう。つまり全体の視認時間が短く,選択肢の数も少ないポイントを選ぶ必要がある。

 実験の結果,その数は4.5であることが明らかになった(図3[拡大表示])*1。そこで一度に見せる選択肢を四つにし,それに合わせてボタンも四つ用意した。「一番階層の深い機能でも,総視認時間は8秒以内」(日産自動車総合研究所車両交通研究所の寸田剛司上級技師)。

 四つのボタンは,ハンドルの周りに配置されている。フロントガラスの下部に機器を操作するためのメニューが選択肢として表示され,ユーザーはそれを見ながらボタンで好みのものを選んでいく。「基本的な機能なら,車を停めず運転しながら操作できる」(日産自動車総合研究所の岸則政首席研究員)。

用途に応じてメニューを整理

 こうして得られた生理的な特性は,あくまでも平均値的なものである。ここからさらに,多様性への対処が求められてくる。その一つのやり方が,製品の用途を限定してしまうことだ。用途が限定されていれば,使われ方もおのずと限られる。つまり,ユーザーが実行する操作がある程度絞り込める。使い方の差が小さくなり,ユーザーの「次はこうなるだろう」という予測(メンタルモデルに基づく推測)が外れにくくなる。その結果,多くの人にとって使いやすいUIを作りやすくなる。

 こうした考え方に基づくのが,セイコーエプソンのインクジェット・プリンタ「PM-D1000」である。デジタルカメラで撮影した写真を,パソコンなしで印刷する用途を想定した機種だ。PM-D1000の場合,「ほとんどのユーザーは,L判用紙にフチなし印刷をする。コンセプトがはっきりしていたので,それに合わせてメニューを整理した」(セイコーエプソンデザインセンターの酒井宏明課長)。

 PM-D1000を操作するためのメニューは,L判フチなし印刷かそれ以外かの二つに分かれている(図4[拡大表示])。L判フチなし印刷の場合は,「L判プリントモード」を選ぶ。ユーザーは印刷したい写真と枚数を指定するだけでよい。

 それ以外の操作をしたい場合は,操作が複雑になってもよいと割り切っている。すべて「応用プリントモード」に集約されるので,何を印刷するか,用紙をどうするかと,細かく設定していく必要がある。用途を限定していることをどれだけうまくユーザーに伝えられるかが一つのカギと言えるだろう。

次の操作を予想して提示

 製品の用途を限定すると,機械の側でユーザーの操作を予測しやすくなるというメリットもある。ユーザーが実行しそうな操作が限られるので,それを予測して選択肢を製品の側からユーザーに提示できる。ユーザーはそこから好みのものを選ぶだけでよい。

 東京大学大学院情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻の五十嵐健夫講師は,こうした考えに基づいたソフトウェアをいくつも開発している。「これからのUIは,人間からの指示を受けて動くだけでは不足だ。人間の知的活動を積極的に支援することが必要」(五十嵐氏)。

 例えば3次元の描画ソフト「Cha-teau」から,その考え方が見て取れる。建築物のように,直線から成る3次元の物体を描くためのものだ。

 Chateauはユーザーが描いた線を基に,次に描かれそうな線や平面を予測して提案する(図5[拡大表示])。多くの場合,提案されたものを次々に選んでいくだけで望みの物体が描けてしまう。直線の中央あたりにマウスを持って行くと,ソフトウェア側が正確な中間点を計算し,始点をそこに合わせるといった機能もある。

 こうした予測は,描かれるものをあらかじめ限定しているから可能なことである。どんな3次元物体が描かれるかをまったく想定できない場合,ユーザーが実行しそうな操作の可能性が多すぎて予測が難しい。このため従来の3次元描画ソフトでは,一つ線を引くのにも複雑なコマンドの組み合わせが必要だった。

 似たようなものとして,描かれる対象をぬいぐるみのような形状の3次元物体に限定した描画ソフト「Teddy」もある。2次元のお絵かきをするような感覚で線を描いていくと,ソフトウェアが自動的に3次元物体に変換してくれる。

複数の選択肢を用意する

 用途を限定するというやり方は,確かに有効だ。ただ,すべての製品に通用するわけではない。特に好みがはっきり出るものや,多機能をセールス・ポイントにする製品には適用しにくい。

 この場合は,別のやり方で多様性に対処する必要がある。個人に合わせた複数のUIを用意するという方法だ。「すべての人に使いやすい製品を作ろうとしたら,異なるUIがあって当然」(日本IBMユーザーエクスペリエンス・デザインセンターの山崎和彦部長)。ユーザーは複数の選択肢の中から,自分に合ったものを選べばよい。

 日本IBMは,同社のノートパソコン「ThinkPad」のポインティング・デバイスである「トラックポイント」のキャップを3種類用意している(写真)。製品の使い方やユーザーの体質によって,複数の選択肢を提供するためだ。

 キャップは,2年かけて60個程度を試作した。そのうちから使いやすいものを3個まで絞り込んだ。「この三つのどれを使いやすいと思うかは,社内でも最後まで意見が分かれた」(山崎氏)。

 まず,ノートパソコンを使う用途や使用時間によって,使いやすいと感じるキャップが違った。さらに,指先の汗のかきやすさという体質の違いによっても分かれた。結局どの人にとっても使いやすいキャップは一つに限定できず,最終的に3種類に落ち着いた。

(八木 玲子)