「覚えやすくて,忘れないのが良いユーザー・インタフェース」(産業技術総合研究所 情報処理研究部門 情報流デザイングループ 主任研究員の増井俊之氏)。「忘れない」は「思い出しやすい」と言い換えてもいいだろう。一度覚えた操作方法をすぐに思い出せればいいのだ。使いやすさは,こうした記憶や理解,判断といった,人間の能力と密接に関係している。

 初めて使う製品を目の前にしたとき,何をするだろうか。まずはそれらしく思える操作を試してみる人が多いのではないだろうか。それでうまくいけば,それがそのままその製品の使い方として記憶に残る。うまくいかなければ,いろいろと試行錯誤を重ねて,やがて正しい操作方法に行き着く。不幸にして,どうにもうまく操作できずに,せっかく買ったものを返品したり,部屋の隅でホコリをかぶらせてしまうこともある。

経験から操作方法を思い付く

図1●新しい機器を操作できるまでのモデル
ユーザーが自分にとって新しい機器やソフトウェアに初めて触れる場合,目で見た情報と自分の中にある経験や知識を照らし合わせて操作方法を考える。正しい操作方法に行き着くにはマニュアルやサポートが力になることもあるだろう。正しい操作方法に行き着くと,それが新たな知識や経験となって蓄積される。こうして,ユーザーの中に蓄積されたものを,その機器に対するメンタルモデルという。
図2●メンタルモデルは製品を通して作られる
デザイナや設計者,技術者は,製品の使い方を始めとする「デザインモデル」を持っている。デザインモデルを具体化したのが製品の「システム・イメージ」である。ユーザーはシステム・イメージを基に「メンタルモデル」を形成する。メンタルモデルがデザインモデルに近づくほど,より使いやすい製品となる。しかし,ユーザーへの働きかけはシステム・イメージを通じてでないと不可能である。
写真1●アフォーダンスの例
製品がユーザーに働きかける「アフォーダンス」の例。見た目から受ける操作方法と,実際に必要な操作方法が一致していることが望ましい。左上がノートパソコンの電源スイッチ。右上はノートパソコンの背面部にあるコネクタ類のカバー。左下はフロッピ・ディスクの取り出しボタン。右下はバッテリ充電器のカバー。
図3●回転させて開く携帯電話のデザイン案
ソニー,京セラが昨年から携帯電話に導入した回転させて開くタイプの携帯電話。このタイプのデザイン案を考えてみた。まだ多くのユーザーが慣れているとはいえない。どちらのデザイン案が正しい操作に行き着きやすいだろうか。回転軸をイメージできる案1の方が,正解に行き着けるユーザーが多いと考えられる。

 もう少し詳しくこの過程を分析してみよう。まずは製品そのものを見ることが出発点になる(図1[拡大表示])。操作に関係がありそうなボタンやレバーなどのスイッチ類,表示されている情報を得たら,今度は自分の経験や知識など,記憶に残っているものと合わせて操作方法を考える。その中から,最も正しいと思える操作から試してみる。始めのうちは,ほぼ無意識に「考える」行為をしているはずだ。自然に操作を思い付くというのが正確な言い方かもしれない。

 試した操作に対しては,製品から反応が返ってくる。正しく操作できれば,予想通りに動いてくれるだろう。誤った操作だったら,エラー・メッセージなり,思ってもいなかった動作なり,あるいは何も変化が起こらないというのも含めて何らかの反応が返ってくる。何度か操作の試行錯誤を重ねてもうまくいかないようだと,「なぜダメなのか」と疑問を感じ,どうすればいいかを考えるようになる。

 一人で考えても思った通りに操作できなければ,製品マニュアルやユーザー・サポート,同種の製品に詳しい知人などの力を借りることになるだろう。こうして行き着いた操作方法は,ユーザーの経験や知識として,新たに記憶される。

 操作方法を考える過程で,実際に製品が提供してくれる機能や性能,得られる成果なども,体験として同時に記憶される。その製品に対するこうした記憶の総体を「メンタルモデル」と呼ぶ1。ユーザーは出来上がったメンタルモデルに基づいて製品を操作する。ユーザーがメンタルモデルを早い段階で構築できれば,あまり苦労せずに使えるようになったことになる。

 既存のメンタルモデルは新たな製品に初めて触れるとき,すなわち新しいメンタルモデルを形成する場合にも利用される。初めて触れる製品がどういった機能や性能を提供してくれるのか,どのように使うか,その製品が自分に何を与えてくれるのか,を推測する際の材料になるのだ。逆に言えば,ユーザーが持っているであろうメンタルモデルをうまく製品の設計/デザインに生かすことで,メンタルモデルを早く作れる製品も設計できる。

機器を通じて操作方法を伝達

 ユーザーの中で形成されるメンタルモデルは,開発者側の期待通りであるとは限らない。メンタルモデルから操作方法だけを切り出して考えてみても,実はもっと簡単にできる方法があったり,もっと早くできる方法がある可能性もある。開発者が予想もしなかった操作方法を思い付いているかもしれない。

 メンタルモデルの形成は製品を見ることから始まる。製品のユーザビリティは,製品開発者側の意図がメンタルモデルとしてどれだけ正しく伝わったかで決まる(図2[拡大表示])。認知心理学者のDonald A. Normanはこのことを,使いやすいデザインとはユーザーが持つであろうメンタルモデルに合わせたデザインである表現とした2

 作り手側は「このようにデザインすれば,製品は良いものになるはずだ」という考えを持っている。これをデザインモデルという。製品はデザインモデルに従って作られる。デザインモデルを具体化したものである製品は,ユーザーに与えるイメージを持つ。これを「システム・イメージ」という。システム・イメージは,単に見た目だけでなく,ユーザーの操作に対する反応なども含まれる*1

 ユーザーはシステム・イメージを情報として認知し,メンタルモデルを形成する。理想は,開発者側のデザインモデルと,ユーザーのメンタルモデルが一致することである。

 ところが,開発者がデザインモデルをユーザーに直接伝える手段はない。「人間が機能を認知するのはユーザー・インタフェースを通じてである」(NTTアドバンステクノロジ メディアソリューション事業本部 メディアサービス事業部 事業部長兼メディア技術センタ 所長の山森 和彦氏)。つまりユーザーに働きかけるのは,システム・イメージだけなのだ。

 こうした構造はパソコンや情報機器,家電製品だけにあるのではない。もともとは,日常的に使われているさまざまな道具の使いやすさをデザイン面から議論するときに使われていた。Normanは,ドアや蛇口の取っ手,電話機,ガスコンロなどを例に,いいデザイン(システム・イメージ),悪いデザイン(システム・イメージ)を分析している2

アフォーダンスが学習を補助

 機器からユーザーに働きかけ,システム・イメージをユーザーに伝える役割を担うのが「アフォーダンス」(affordance)である*2。アフォーダンスは,知覚心理学者のJames J. Gibsonが1960年代半ばに理論化した。Gibsonはアフォーダンス理論の中で,「人間がある行動を取るのは,環境の中にそうさせる情報があったためである」とした3

 これを製品とユーザーに置き換えてみると,環境とは製品そのものと考えていいだろう。アフォーダンス理論に従えば,ユーザーが誤った操作をするのも,なかなか正しい操作に行き着けないのも,あるいは正しく操作できるのも,その原因となる情報が製品にあるということになる。

 Normanは,これをデザインに当てはめて論じた。例えば,ドアの取っ手だったら,ドアノブとして回すのか,下に押し下げるのか。ドアの動かし方は,ドアを押して開くのか,引いて開くのか。それを取っ手の形状でうまく示さないと,ドアの前で立ち往生する人が出てくる。このとき,取っ手のデザインに適切なアフォーダンスが与えられていれば,誰もが一目見ただけで,何も迷わずにどう操作すればいいかが分かる。その場合,自分がした操作が正しい操作かどうかといったことはほとんど意識していないに違いない。

 こうしたアフォーダンスは,パソコンや周辺機器の中にも見られる(写真1[拡大表示])。例えば,フロッピ・ディスク・ドライブである。フロッピ・ディスクを取り出すボタンを初めて見た人は,これはどう操作するもので,操作すると何が起きると考えるだろうか。確かに押す以外のことを考える人もいないとは言い切れない。しかし,フロッピ・ディスクを挿入するときに飛び出てきたボタンを見ていれば,ディスクを取り出すにはこのボタンを押せばいいということは伝わったも同然だろう*3

 ユーザーにとって,操作がまだ身に付いていない機器に触れる,すなわち新たなメンタルモデルを形成しなければならない場合,何らかの学習が求められる。しかし,アフォーダンスをデザインにどう取り込むかで,どれだけ学習しなければならないかは大きく変わる。

 昨年から登場し始めた,ねじるように回転させて開く携帯電話の新製品を考えてみよう(図3[拡大表示] )。現時点で使われている携帯電話のほとんどが折り畳み式だ。回転式の携帯電話はまだ種類が少ない。開き方はある程度知られているだろうが,最初に思い付いてくれるとは限らない。ではどのように開き方をアフォードすればいいだろうか。

 仮に何の変哲もない,普通のデザインにしてみる(図3のデザイン案2)。これだと,折り畳み式だと思って開けてしまいそうだ。それならば回転の中心となる軸のところに,回転軸をイメージさせる何かを置いてみてはどうだろう(図3のデザイン案1)。単にデザイン的なシンボルというだけではなく,何らかの機能を持たせてもいい。その方が何かを置く必然性が高まる。デザイン案としてはあり得るだろう。軸のイメージが何もないデザイン案と比べて,この携帯電話の開き方を伝えやすくなる。アフォーダンスは,ユーザーに適切なメンタルモデルを形成させるガイドの役割を果たす。

 ユーザーが新しいメンタルモデルを形成する場合でも,すでに持っているメンタルモデルを利用する場合でも,アフォーダンスがメンタルモデルのトリガーになる。理想は形成されるメンタルモデルが,デザインモデルと一致していることだ。システム・イメージに適切なアフォーダンスを盛り込むことがその助けになる。

(仙石 誠)