八幡勇一の「キーボード論」【後編】(下)キーの端を押しても滑らかに駆動するメンブレン一色となったキースイッチだが,キーの保持機構はメーカーによって差が出る部分だ。使い勝手として現れるのは,キーを押したときの感触である。特にキーの中央ではなく端を押したときの影響が大きい。 一般的なキーボードのキーは,接点を押すスライダ部とそれを保持するシリンダ部で保持される(図7)。この構造はノートパソコンのようにキーの高さが低くなりストロークが小さくなると,支えを失った形になる。キートップががたついたり,ひっかかりが生じたりしてしまう。また,シリンダ部とスライダ部はこすれあうため,キートップの端を押すと圧力が均等に伝わらずひっかかりが生じてしまう。これら問題の発生をいかになくすかが,キーボード・メーカーが腕を競う構造上のノウハウとなっている。 シリンダ式のキーボードは精度が悪いと,キートップの端を押したときに引っかかる。ストロークが取れない薄型キーボードではこのひっかかりが顕著になる。そこで,シリンダ構造を使わないキーの保持機構が考案された。パンタグラフのように交差するリンク機構でキートップを保持するシザーズ(はさみ)式と呼ばれるものである(図8[拡大表示])。摺動(しゅうどう)部分がないためひっかかりを生じない*3。ストロークが短くなる薄型のキーボードに適している。現在,ノートパソコンのほとんどがこの方式のキーボードを採用している。 シザーズ式はブラザー工業の特許(特開平5-225856)と聞いている。そのため各キーボード・メーカーは少しずつ構造の違う機構を開発している。東芝は「パンタグラフ」,富士通は「ギア」と呼んでいる。ミツミ電機のものは保持機構が異なる。2本のリンクが90度回転した形で取り付けられている。同社はこの構造を「Zリンク」と呼んでいる。 投影型のキーを生かして携帯性を高める使いやすいキーボードはある程度以上の大きさが必要である。これはパソコンやPDAで携帯性を追求するときの課題となる。そこで現在,キートップの大きさを保ったまま持ち歩けるキーボードとして開発が進んでいるのが,物理的なキーを持たない投影型のキーボードである*4。 例えば米VKB社が開発した「バーチャル・キーボード」(写真)。指の位置の検出には赤外線を使う。赤外線の参照光をデバイス下部から照射する。指を机にタッチすると指先が赤外線で照らされる。それを赤外線カメラで識別して押した場所を特定する。 ピンチェンジでは米VKB社の技術を使ったPDA向けキーボードを今春発売する予定である。それ以降は赤外線を使った入力デバイスとしてキーボード以外への展開も検討している。文字入力が必要な場面は,パソコンやPDAだけでなく,家電でもある。おそらく近い将来,バーチャル・キーボードはさまざまな機器に組み込まれていくだろう。 キーボードがコスト至上主義に走るのは,一般家庭でもパソコンが日用品として使われるほど普及している証だというのは理解できる。ただ一般向けのパソコンに付属するキーボードにおいても,キーボードがもう少し注目されることを期待したい。プログラマやライターなどのプロフェッショナル向けに限っては,これまでにない,さらに品質の高いキーボードが提供されるべきなのではないかと思う。ここで一つキーボード・メーカーに提案したい。シザーズ型の静電容量スイッチなどどうだろうか。操作感の良いフルNキー・ロールオーバーのキーボードが期待できるのだが。
出典:2004年4月号
93ページ
(記事は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります) |