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 2月19日,セミナーでの講演のため3年ぶりに長野へ行った。途中通過した駅を見て昔の仕事を思い出した。まだ長野新幹線ができる前,96年に信越本線沿線に本社がある企業のVoFR(Voice over Frame-Relay)ネットワークを構築した。全国20拠点あまりを64k~256kビット/秒の専用線で接続し,ホスト用オンライン回線と内線電話/FAX/LANをFRAD(各種のプロトコルをフレームリレーに変換・多重化する装置)で統合した。音声は標準化されたばかりのG.729(電話音声を8kビット/秒で中継する音声符号化方式)を使った。

 大いにトラブった。音声の“途切れ”が特にひどかった。音声・データ統合自体は94年から手がけていたのだが,VoFRは初物で,設計ノウハウの蓄積も十分ではなかった。ファームウェアのバージョンアップや機器構成の工夫などで無事完成することが出来たのだが,その会社の最寄駅を通過すると8年前の苦い思い出がよみがえる。

 新幹線がなかった当時は,上野から特急で3時間かかった。トラブルのお詫びや対策の説明に何度も通ったのだが横川駅で機関車の付け替えのために停車すると,そこから東京へ引き返したくなったものだ。VoFRに限らず,初物であっても理論的に可能なことは「出来ます」と言うのが筆者の主義だ。理論的に出来ることは実装上のトラブルが出たとしても,修正すれば必ず動くからだ。実際,「出来ます」と言ったことで出来なかったことはない。

 だが,世の中には「出来る」と言うより,「出来ない」と言うことを好むサラリーマンが多いようだ。今回は「出来ない」の持つ意味が人によって全然違うという話をしたい。題材は「IP電話でFAX通信は出来るか」だ。

IP電話でFAX通信は出来るか

 IP電話網でFAXは通るのだろうか——。これはよく受ける質問だ。まず答えから書いておこう。IP電話でのFAXは,100%は通らない。

 IP電話網でFAXを通す方式として現在よく使われるのは「FAXリレー方式」と,G.711による「みなし音声方式」だ。

 FAXリレー方式は,GW(ゲートウェイ)を使った内線IP電話網で使われる。GWは各事業所のPBXの内線電話回線をIPに変換してイントラネットに接続する装置である。こうすることで,社内の電話/FAXをイントラネットで使うときの通話料を不要にできる。FAXリレー方式においてGWは,通信が電話でなくFAXであることを,例の“ピー”という甲高い音(コーリング・トーン)で識別する。FAXであることが分かるとアナログ信号から元のデジタル信号に復調する。FAXはもともと原稿を走査して読み取った時点ではデジタル信号なのだが,アナログ電話網で伝送するためモデムで変調している。これをGWが元のデジタルに戻し,そのデータをIPパケットで相手先GWあてに送信するのだ。G3標準だと9600ビット/秒か14.4kビット/秒の速度となる。受信側GWはデジタルからアナログに戻して,受信FAXに届ける。

 当然のことだが,この方式では送信側,受信側に同じプロトコルで動くGWがなければならない。従って,「送信側はIP電話網にGWで接続されたFAX,一方の受信側はNTT電話網に接続されたFAX」といった構成はありえない。

 みなし音声方式は,GWが音声とFAXの区別をせず,FAXも音声とみなしてデジタル化,パケット化する方式だ。従ってGWはFAX信号を元のデジタル信号に戻す(復号)ことはしない。変調され,音声信号と同じアナログ信号になっているFAXデータを音声データと同じように64kビット/秒の速度でデジタル化し,IPパケットに格納して受信側GWに送る。標本化定理というデジタル化の理論によると,音声帯域(4kHz以内)のアナログ信号を64kビット/秒でデジタル化すると,受信側で元のきれいなアナログ波形を再生できるとされている。みなし音声方式はFAXリレーより広い帯域幅が必要だが,音声と同様にFAXデータを扱える。送信側FAXがIP電話網にGWで接続されていて,受信側FAXがNTT電話網に直接接続されている構成であってもFAX通信が「一応」できることになる。

 IP電話網でFAXが使えるか,というのは細かく言うとみなし音声方式が使えるか,ということだ。社内だけで使うFAXリレー方式なら同一メーカーのGWに統一することで実用上問題なく使えている。しかし,IP電話網でのFAXの通信相手は社外も含めて不特定多数になるためFAXリレー方式は使えない。

 この問題をメーカーの方と情報交換しているとき,胸がすくほどハッキリ自分の見解を言う人に出会った。いわく,「IP電話網でFAXは使えません。さまざまな実験をしましたが,通る確率はビジネス用のFAXでは80~85%です。ただし,安い家庭用のFAXだと通る確率は高くなります。安いFAXはメーカー独自機能がないからです。ですが法人の場合,FAXをIP電話網に通すことはお勧めできません」。

 さらに,「FAXが送受信ともIP網上にあれば,まだ通りやすいのですが,一方がIP網,もう一方がPSTN(電話網のこと)だと通る確率が悪くなります。FAXの機種にも依存するので,あらゆる機種のFAXをテストし,通し方を検討するなど不可能です」と言う。

「出来ない」の意味

 頭のいい人だなあと思う。説得力もある。実験データの値に言及しつつ立て板に水でまくしたてる。この人のように割り切って,FAXはIP電話網に接続せずレガシーな電話回線なりISDNで使うという設計をするベンダーは多い。

 しかし,通る確率が80~85%というのは,筆者の経験値からすると低すぎて本当かなと疑ってしまう。家庭用FAXだと確率が高くなるというのもおかしなものだ。法人向けFAXはエラーコレクション機能があり,送信中のフレーム(パケット)が抜けたりした場合,再送によってリカバリーできる。パケットロスの可能性があるIP網ではエラーコレクション機能がある法人FAXの方が有利なケースもあるはずだ。このメーカーの人も,FAXを単純に切り離すベンダーと同様,ちょっと楽をしすぎ,工夫が足りなさすぎという感がある。100%じゃなくてもIP網で通せる場合は通し,無理な場合は電話網を使うといった工夫はできる。ただし,通せないと言って設計を簡単にした方が楽なことは確かだ。

 話を脱線させる。世の中には何かが出来るかと聞かれたり,何かをしてくれ,と頼まれて「出来ない」と答える傾向の人と,「出来ます」「やります」と答える傾向の人がいる。筆者は「出来ない」と答える人の方がかなり多いのが今の時代じゃないかと思う。特に若手。出来るか,と聞かれて「出来ません。理由は三つあります。まず…,2番目に…」。

 頭がいいなあ,と感心する。つらつらと出来ない理由が並べられる。次に馬鹿じゃないのかと腹が立ってくる。頭はいいけど使い方が間違っているからだ。そんなに頭がいいなら,どうすれば出来るか考えろと言いたくなる(実際に言う)。

 こういう人種の「出来ない」は本当に出来ないのではなく,「難しそうだ。失敗しそうだからやりたくない」という意味なのだ。責任を負うのはいやだ,失敗するのはいやだ,無事これ名馬。こんな人種が新しいことにチャレンジできるわけがない。

 筆者は新しいことに取り組むのが楽しくて仕方がない。どうすれば実現できるのか,どうすればお客様に理解して貰えるのか,それを一生懸命考える。出来ない理由,やらない理由を考えることなど思いもつかない。冒頭の例のようにトラブルこともある。トラブルは直せばいい。リカバリーできない失敗などないのだ。

 このコラムを愛読してくれる読者の皆さんは「出来ない」人種じゃないと信じている。

長野から博多へ

 長野ではIP電話の短時間の講演をした。筆者が最後だったのだが,人の講演を聞きながら出番を待つのは苦痛だ。内容が難しくて分からなかったり,面白くなかったりというのもあった。講演の冒頭で言ったのは,「皆さん,難しい講演をいくつも聞いてご苦労さまでした。最後まで残ってくれて本当にありがとうございます。最後の話は分かりやすく,面白く締めたいと思います」。他のスピーカーはかちんと来たかも知れないが聴講者の方々の実感はそのとおりだったと思う。帰りの新幹線で飲んだカリフォルニアの赤ワインが安い割にはおいしかった。

 翌金曜日は博多へ。昨秋から構築していた全国150拠点を超える広域イーサネットを使ったネットワークの完成報告会のためだ。当然ながら高いルーターは1台も使わず,国産のレイヤー3スイッチを多用している。ほとんどトラブルなく,計画どおりに完成できた。

 お客様との打ち上げは中州川端の小さいがこざっぱりした店。五島列島で取れためずらしい魚の刺身と,東京では手に入らない銘柄の焼酎が美味だった。

(松田 次博)

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松田 次博:情報化研究会主宰。1984年より,情報通信に携わる人の勉強と交流を目的とした情報化研究会を主宰。近著に東京ガス・IPセントレックスなど,先進的ネットワーク設計手法を解説した「企業ネットワークの設計・構築技法−広域イーサネット/IP電話の高度利用」がある。NTTデータ勤務。趣味は,読書(エッセイ主体)と旅行。