グループ伝送で効率を高める

図5●制御を簡易化するグループ伝送
基地局からの距離に応じて端末をいくつかのグループに分けて,グループごとにタイムスロットを割り当てる。グループ化することで送信電力制御などの制御を簡単にできる。

 TD-CDMAではより効率の良い伝送方法としてGroup Transmissionという方法が提案されている*3。Group Transmissionとは携帯電話機をいくつかのグループに分類し,グループごとにタイムスロットを決めて運用するというものだ。携帯電話機ごとに別々にタイムスロットを割り振るよりも全体の制御が簡単になる(図5[拡大表示])。こうすれば送信電力制御も簡単になるし精度も高まる。一種のTDMA流の考えをCDMAに挿入して成功した。この考えは後にIMT-2000標準にも採り上げられている。

 グループ伝送を採り入れると,アップリンクでもダウンリンクでもスロットに割り当てる移動局数が1/Nに減るので,CDMAの拡散符号間で起こる干渉のメカニズムを簡単にできる。例えば複雑になりがちなJoint Detection(一種のCDMAの拡散符号間干渉キャンセラとダイバーシティの合成検波方式)を簡易にして実装できるのだ。Joint Detectionは複数の電波を受信するときに各拡散コードを直交させながらイコライゼーション(等化)させられる。これはTD-CDMAの1フレーム当たりの拡散コードが最大16と,FDDの最大512に比べて少ないからこそできる。

 既に米国のメーカーであるIP WirelessはJoint Detection装置を入れている。FDDのW-CDMAではJoint Detecrtionは複雑すぎて実装できない。同社はJoint Detecrtion装置を入れたことで,FDDに比較して周波数効率を数倍にしたとしている。

非対称にして下りを増速

 TDDではADSLのように非対称なリンクにしてダウンリンクの伝送容量を大きくすることが容易にできる。TD-CDMAではアップリンクに3スロット,ダウンリンクに9スロットというようにスロット数を変えられる。こうすると,同じ変調方式を使い送信電力も同じだと仮定して,上りと下りを1:3にしてダウンリンクの容量を増やせる。

 そのうえ,ダウンリンクはアップリンクに比べて,種々の条件が有利である。特にダウンリンクは基地局からの出力なのでバッテリーを気にせず送信電力を大きくできる。ダウンリンクのスロットを増やせば非対称性にプラスして,送信電力増の恩恵があるのだ。送信電力が増えると16QAMなどの多値伝送で伝送速度を向上させられる。

 FDDにおいては,時間的な非対称性は利用できないので多値伝送のみに依存することになる。

同期を取るための仕組み

 ダウンリンクに加え,アップリンクの周波数効率を高める方法も提案されている。94年にRiaz Esmailzadeh氏が考案した(7)参照。標準には採用されていない)。具体的にはアップリンクの拡散符号のチップ(信号)を同期させる仕組みである。中国で実用化が進むTD-SCDMA(Time Division-Synchronous CDMA)でもやはり同期を利用する。

 中国で開発が進むTD-SCDMAと異なるのは,同期をとるための制御信号を使わない点である。TD-SCDMAでは,電源をオンにした端末が基地局へ電波を最初に送ると,基地局がその電波を受信して遠近問題をなくすように制御信号を送る。

 一方,Riaz Esmailzadeh氏が考案したのは,制御信号を使わずにチップ間の同期をとるために端末が自身でクロックを持つQuasisynchronousという方法である。クロックを持つ端末は基地局から送られてきたパケットと端末から送り出すパケットの時間差を計算してガードタイムを調節する。こうして端末自身がガードタイムを可変にすることで,基地局での制御は必要なくなる。

TD-CDMAの周波数帯は15MHz

 TD-CDMAは商用化に向けて話し合いが始まったばかりだが,IMT-2000ではTD-CDMAにも周波数が割り当てられている。日本ではTD-CDMAに2010Mから2025MHzの15MHz帯である。

 日本でサービスを実施する場合は,この15MHzをいかに使うかが重要だ。実際のサービスでは,15MHzという帯域幅はサービスを提供するには耐え得ると考えるが,これを複数事業者で5MHzなどに分けて使うとなるとせっかくのTD-CDMAのメリットが少なくなる。

第4世代に適した技術

 ここまで,第3世代の携帯電話技術として候補になっているTD-CDMAの仕組みとメリットを述べてきた。だが,TD-CDMAはより拡張性を秘めた技術であり,この拡張性が実現できれば第3世代以降の技術としても有望である。

 少し未来の話ではあるが,第4世代の移動通信とはどんなものだろう。おおかたの予想は,(1)4Gから6GHz付近の周波数を利用する,(2)通信速度は100Mビット/秒まで,(3)セルラーと無線LANのようなアドホックなシステムとの間のローミングもある,としている。

 著者らは第4世代の移動通信の技術としてTD-CDMAを使うことを考えている。既に,場所にとらわれないモビリティが最大の特徴であるセルラー系と,固定的なスポットで利用する高速のアドホック系の融合を同じ周波数帯域の中で行える方式をTD-CDMAベースで提案している8)9)。使い方としては,たとえば家の中でアドホックで通信していてそのまま家を出ると,外に出た瞬間にセルラー方式での通信に切り替わるというようなイメージだ。

 TD-CDMAは拡散符号で干渉に強く,容量を増加させられるのに加え,先に述べた柔軟なタイムスロットを利用できる。このことは同じくタイムスロットを使う無線LANのような時分割の通信方式と組み合わせやすいといえる。すべてセルラーで通信するというのは,自分の目の前にいる人と話すときにわざわざ遠くの基地局を介することでもある。アドホックの通信と組み合わせればリソースを有効に使い,効率的に通信ができるようになる。


中川 正雄 Masao Nakagawa

慶應義塾大学理工学部情報工学科教授
1969年慶應義塾大学工学部電気学科卒業。1971年同大助手。1973年同大学大学院博士課程修了。移動通信,ITS,スペクトル拡散通信,無線ホームリンク,コンシューマ通信,新世代移動通信,可視光通信などの研究に従事。電子情報通信学会フェロー,理事(基礎境界ソサイエティー会長),総務省情報通信審議会委員などを務める。