携帯電話でのデータ通信を定額にしたサービスCDMA 1X WIN(以下,1X WIN)。KDDIはこのサービスを, CDMA2000 1xEV-DO(以下,1xEV-DO)と呼ぶ技術で実現した。

 1xEV-DOは米Qualcomm社のHDRと呼ばれる技術をベースとして開発された第3世代移動通信IMT-2000技術の一つである。無線区間で下り(基地局から移動機)最大2.4Mビット/秒,上り(移動機から基地局)最大144kビット/秒でパケット通信できる。音声通信はこれまで通りcdmaOneおよびCDMA2000 1X(以下,1X)ネットワークを使う。

 以下で説明する1xEV-DOの実装技術は,今後登場してくるIMT-2000拡張方式においても採用が予定されている。この意味で1xEV-DOは今後のモバイルデータ通信の基盤技術をいち早く実用化したシステムといえる。

周波数の有効利用と設備コスト減が鍵

 通信料定額の料金体系が実現できた理由は二つある。第一の理由は1xEV-DO方式の持つ効率の良さだ。具体的には次の二点,(1)これまでの方式に比べ同じ帯域幅当たり4~5倍のデータ容量を収容できること,(2)既存の設備の活用やインターネットと親和性のある汎用設備の導入により,設備コストを安価にできたこと──である。

 第二の理由は,対象サービスを携帯電話からのパケット通信に特化したことである。サービス名でいえば,「Eメール」や「EZweb」(EZムービー,EZチャンネルなど)である。これらのサービスのサーバー群はKDDIが所有しているので,トラフィックを把握・制御しやすい。

 例えば「EZチャンネル」はテレビのような番組が夜間に自動的に配信されるサービスである。そのコンテンツは最大3Mバイトと大容量であるが,トラフィックの少ない夜間から早朝にかけて配信することでトラフィックを平準化させ,設備を有効に活用している。

 また「プロポーショナル・フェアネス」と呼ぶ送信スケジューラによって,平等性を考慮しながらも帯域を効率よく複数ユーザーに分配している。この技術により,トラフィックが集中した場合において,特定ユーザーが帯域を占有利用してしまう危険性をなくしている。

既存設備を活用してコスト削減

図1●無線通信方式の強化・拡充策
仕様を拡張して高速化・高機能化を図ることで,コストやエリア展開,後方互換性という点でメリットがある。一方,全く異なる技術であれば最新技術をふんだんに採り入れられるが,設備を一新するためコストがかかる上,一からエリア展開を始めるなどといった負担もある。
図2●モバイルIPでモビリティを確保する
端末が移動すると,移動先のFAがホーム・ネットワークにあるHAに気付アドレスを知らせる。HAには端末あてのデータが届くと,データベースを照会して適切な気付アドレスあてに転送する。
図3●1xEV-DO端末はすべてのエリアで使える
1xEV-DO端末であれば1XやcdmaOneのエリアでも使える。

 1xEV-DOは,これまでのCDMAを使った技術を拡張した技術である。1999年に始めた最初のサービス「cdmaOne」,次いで2002年より始めた第3世代である「1X」,そして現在の 1xEV-DOへと発展してきた(図1[拡大表示])。

 もともと携帯電話ネットワークは音声通話のための回線交換網をベースとし,パケット通信の機能を付加する形で発展している。当初は音声通話の品質,通話エリアの充実が課題だった。ところが次第に,i-modeやEZwebに代表されるモバイル・インターネット接続が本格化してきた。また,アナログ通信からISDN,そしてADSLへと発展した固定通信網の高速化と相まって,高速で安価なモバイル・データ通信を望む声が高まった。これらのニーズに合致する技術として採用したのが1xEV-DOである。

 1xEV-DOは,これまで培ってきた多くのCDMA技術資産を活用できる。既存設備を有効活用しながらシステムを順次アップグレードできるので,コストを削減しながらエリア展開を迅速に進められる(Evolution路線といえる)。これは,1xEV-DOの基本的な無線特性/拡散方式がcdmaOneや1Xと同じであるゆえのメリットである。もちろん後方互換性(バックワード・コンパチビリティ)を確保するには,旧システムにも「素質」が必要であり,当初に採用した技術が“cdmaOne”だったからこそ実現できたといえる。

 一方,旧システムと全く異なる方式を採用する場合には,最新技術をふんだんに盛り込んだシステムを採用できる(Revolution路線)。図にあるように,PDC(Personal Digital Cellular)からW-CDMAへの移行に相当する。この場合,コストが膨大となり,エリア構築を最初からやり直す必要がある。なお,W-CDMAからその拡張方式であるHSDPA(High Speed Downlink Packet Access)に対しては互換性を確保しての移行方式(Evolution)を採用している。

1xEV-DOで目指した三つのアプローチ

 1xEV-DOでは,(1)音声とパケットの分離による高速パケット通信の効率化,(2)IPベースのシンプルなコア・ネットワークの構築,(3)バックワード・コンパチビリティによるシームレスなエリア展開──の実現を目指した。

 (1)の音声とパケットとの分離は,パケット通信が中心になってきた現状に見合う構成といえる。これまでの携帯電話ネットワークでは音声通話と同時にパケット通信を取り扱う必要があり,音声トラフィックの増加がデータ通信に影響を与える場合があった。音声とデータとはトラフィック特性が異なるため,同時に双方の効率を高めることは難しい。

 そこで,音声通話はこれまでのcdmaOneや1Xに任せ,1xEV-DOではデータ通信のみを受け持つという構成にした。また上り方向と下り方向との回線速度を非対称としたのは,下りを多く使うデータ通信のトラフィック特性を考慮した結果である。ちなみに,音声とデータ通信を分けるのは,今日までの固定通信環境の変遷に良く似ている。ISDNで音声とデータを同時に取り扱っていた時代を経て,現在は音声通話は電話に任せ,データ通信用途には別帯域でADSLという構成になっている。

 (2)のIPベースのコア・ネットワークについては,1xEV-DOがパケットデータのみを取り扱うために,IPベースの汎用的なネットワーク機器を利用する。これにより,シンプル・低廉かつインターネットと親和性のあるネットワークを構築できた。

 また,コア・ネットワークではIETF(Internet Engineering Task Force)で標準化されたインターネット技術を積極的に採り入れた。例えば,音声通話と同様に広範囲に渡る移動をしても通信を継続できるようにモバイルIPをベースとした移動管理を実施している(図2[拡大表示])。通常,ユーザーが移動して移動機が属するネットワークが変わった場合,新たなネットワークにいる移動機には元のネットワークのIPアドレスあてのパケットは届かない。これに対してモバイルIPは,元のネットワークのルーターが移動先のルーターにパケットを転送する。

 移動機にはそれぞれ基になるネットワーク(ホーム・ネットワーク)がある。ホーム・ネットワークに置かれているノードをホーム・エージェント(HA)と呼び,HAのIPアドレスが移動機のIPアドレス(ホームアドレス)になる。移動機が県をまたぐような範囲で移動すると,所属するネットワークが変わる。移動先ネットワークでは,基地局,制御装置をフォーリン・エージェント(FA)が束ねている。移動機はFAのIPアドレスを一時的なアドレス(気付アドレス)として持つ。FAが移動機が移動してきたことを気付アドレスとともにHAに通知すると,HAとFAの間にはIPトンネルが張られ,パケットがHAからFAに転送できるようになる。

 そして,(3)のバックワード・コンパチビリティがあることで,1X WINサービスに対応した移動機であればすべてのサービスに対応できる。1X WIN対応端末は1xEV-DOに加えて,cdmaOneおよび1Xの通信機能も持っている。したがって1xEV-DOが展開されていないエリアであっても,これまで通り通信ができるので1X WINサービス開始当初から全国で使うことができる。

 1xEV-DO対応エリア内からエリア外に移動していく場合は,移動機が電波状態を確認しながら自動的に1Xへ切り替わるため,ユーザーは展開エリアの相違を意識せずに通信を継続できる(図3[拡大表示])。1X WINの定額サービスを契約していれば,全国どこでも定額制が適用される。

渡辺 文夫 Fumio Watanabe

KDDI au技術本部 ワイヤレスブロードバンド開発部長。1980年東京工業大学大学院博士課程了,同年KDD入社。研究所において,アンテナ,衛星通信システム,移動体通信システム等の研究開発を担当。2001年よりKDDI 無線アクセス技術部長として,CDMA2000 1Xおよび1xEV-DOを含むauの無線インフラのシステム開発,導入を統括。2004年4月より現職にて次世代ワイヤレスブロードバンド通信システムの導入検討・開発の指揮を執っている。モバイルITフォーラムシステム専門委員長。ユビキタスネットワーキングフォーラムどこでもNW専門委員長。工学博士。

松田 浩路 Hiromichi Matsuda

KDDI au商品企画本部 プロダクト統括部 商品戦略グループ 課長補佐。 1996年京都大学大学院修士課程了,同年KDD入社。衛星通信システムの開発を担当し, 特にTCP伝送の最適化やIPマルチキャストに注力。ITU-R標準化活動にも従事。 2001年から1xEV-DOのシステム検証および上位レイヤーとの親和性を重視した品質 検証を手がけた後、現在はau端末の商品企画を担当している。