下りを最大14Mビット/秒まで高速化

図4●移動機の伝搬状態に応じて変調方式や送信優先度を変えるHSDPA
現行の下り最大384kビット/秒のサービスでは,伝搬状況が良い場合は出力を低くし,悪い場合は出力を高くしていた。HSDPAは,伝搬状況が良い場合には高速にデータを送るように変調方式を指定して優先的に送信させる。逆に悪い場合は低速の変調方式を使い,送信の優先度を落とす。NTTドコモの資料を基に作成。
図5●TD-CDMAとTD-SCDMAの仕組み
TD-CDMAは5MHz幅をいっぱいに使ってデータを伝送する。スロットは15あり,上りと下りに割り当てるスロット数を変えて非対称にできる。TD-SCDMAは1.6MHz幅の搬送波を使う。5MHz幅では最大3波使える。スロットは数は7で,非対称にできる。TD-SCDMAは上りの同期を取る仕組みになっており,エリア半径は約20kmと広い。
図6●TD-SCDMA(MC)の仕組み
同一の周波数帯域で上りと下りの通信をするTDDの一つの方式。500kHzの搬送波を5MHz幅で10波使う。タイムスロットは使わない。標準でスマートアンテナを使い,エリア半径はTD-SCDMAと同程度。

 NTTドコモはIP化とは独立に無線部分の高速化も実施する予定だ。下りの通信を高速化させるHSDPA(High Speed Downlink Packet Access)という技術を使う(図4[拡大表示])。2005年にはこの仕組みを完成させるという。

 HSDPAは,1xEV-DOとほぼ同じ4種類の技術を使う。一つ目が,下りの通信を複数ユーザーで時分割に共有すること。2ミリ秒ごとに端末に無線リソースを割り当てる。二つ目が,伝搬状況が良い移動機にはデータを多く送ることができる変調方式を指定してデータを高速かつ優先的に送信させること。移動機はそれぞれの場所によって伝搬状況が良かったり悪かったりするためだ。三つ目が,データを送信する時間割り当てをスケジューリングして公平性を保つこと。四つ目が再送する仕組みとして,過去に受信したパケット情報を足し合わせて復号するHybridARQ(詳細はp.43を参照)を使うことである。これらの技術を組み合わせることで,伝送効率が上がり,ピーク速度は14Mビット/秒になるという。

 HSDPAならではの特徴としては,トラフィックが混んだときに音声とデータを同じ搬送波で送れることがある。音声とデータを混在させることで無線の利用効率を向上させる。これと同様の技術は,CDMA2000では1xEV-DV(1xEvolution for Data and Voice)と呼ばれている。IMT-2000の仕様をベースに,さらなる高速化を目指した仕様であることから,1xEV-DO/1xEV-DVおよびHSDPAは3.5世代といえるだろう。

データ通信で効果的なTDD

 FDDばかりが目立つ格好になっていたIMT-2000であるが,ここにきてTDDに新たな動きが出てきている。IMT-2000で標準化されたTD-CDMAと,TD-SCDMA(MC)と呼ばれる独自技術が国内で採用される可能性が浮上しているのだ。現在,総務省が作業班を設置して技術調査中である。

 TD-CDMAに注目が集まったきっかけは2003年4月,商用化を希望する通信ベンチャーがTD-CDMA方式の実験免許を取得したことだ。ソフトバンクBBもユーティースターコムジャパンと共に実験に乗り出している。

 TD-CDMAはタイムスロット単位でユーザーに無線リソースを割り当てるので,上りと下りを非対称にできるのが特徴だ。基準となる帯域幅は5MHz幅で搬送波は一つである。エリア半径は約7.5kmだ(図5の左[拡大表示])。

 ちなみに上りの通信で同期を取るTD-SCDMAは1.6MHz幅が基準である。5MHz幅では三つの搬送波を使える(図5の右[拡大表示])。上りの同期を取る仕組みを持つので,エリア半径は約20kmと広い。実運用ではスロットを間引いて時間調整するという。中国のように,人口が多く土地も広い地域において周波数利用の効率性を重視した方式といえる。

 TD-CDMAの使い方としては,データ通信が中心になりそうだ。下りに多くのタイムスロットを割り当てられるというメリットを活かせるからだ。

 これとは別に,TDDをFDDの補完的に使うという方法も考えられている。TDDは周波数を上りと下りに分けて確保しなくてよいので,FDDの運用において上りあるいは下りの速度を増速したくなった時に,FDDと組み合わせて使うという考えだ。

 ただし,NTTドコモはTD-CDMAをFDDと併用することを考えていない。NTTドコモは数年前にTD-CDMAの実用性実験を実施しており,その結果を踏まえてこう判断したという。「TD-CDMAはW-CDMAのTDDモードであり共通性が高い。実験したところ,想定していた速度は確認し,やればできるところまでは検証した。だが,今はTD-CDMAの研究を凍結している」(NTTドコモ無線ネットワーク開発部の尾上誠蔵部長)。

拡散レートと搬送波を増やした独自方式

 TD-SCDMA(MC)は,名前こそTD-SCDMAに似ているが中身は異なる。この実体は米Navini Networks社の独自技術「MCSB(Multi-Carrier Synchronous Beamforming)」である。IMT-2000で標準化された技術ではない。この方式は2004年1月30日,イー・アクセスが総務省の技術調査作業班で検討するよう求めたことで議論の俎上に上がった(図6[拡大表示])。

 TD-SCDMA(MC)は500kHz幅の搬送波を使う。5MHz幅を基準にすると最大10波使える。また,拡散コードの数をTD-CDMAやTD-SCDMAの2倍である32まで拡張している。「エリア半径はTD-SCDMAと同じくらいで20km以上になる。指向性を持つスマートアンテナを標準で使うことが特徴。また,伝搬状況に応じて変調方式はQPSKから16QAMまで変えられる」(イー・アクセス新規事業企画本部副本部長兼技術部部長の諸橋知雄氏)。

 TD-SCDMA(MC)は,上りと下りを同一の周波数で時間を切り替えて通信するTDD,干渉を防ぎ距離を延ばせる上り同期型のTD-SCDMA,そして搬送波を複数使うマルチキャリアを組み合わせた効率的な方式といえる。だが,国際的に標準化されていない技術なので,IMT-2000用に割り当てられている帯域を割り当てられるかなど扱い方は流動的である。

(堀内かほり)