八幡勇一の「キーボード論」【前編】(中)キー入力のやり直しが効く磁気テープタイプライターからテレタイプに連なる流れとは別に,コンピュータ前史に統計学者のHerman Hollerith博士によって発明された穿孔カードによるデータ処理システム,いわゆるパンチカード・システム(PCS:Punch Card System)がキーボードの発展を促した*1。PCSはカードをソート/分類することでデータの処理を行うことができた。1880年代頃から,数百万人分の統計データを集計する国勢調査などに使われていたシステムである。 初期のPCSはキーボードを備えたタイプライター型ではなく,ボタンを文字コードに合わせてセットしてから穴開けするものだったらしい。PCSは機械が処理できる形のデータを大量に生成できる点が特徴だ。コンピュータの発明と時を同じくして,PCSのカード(パンチカード)はコンピュータのプログラムおよびデータの入力装置として使われることになる*2。 PCSではカードがデータ入力用の媒体であり,出力結果を示す媒体でもあった。そのためカードそのものが重要な役割を果たしていた。ところがコンピュータでは,読み取ったデータを磁気テープに記録するようになったためカードは不要になった。そこでCRTにキーボードがついたフルスクリーン端末が使われるようになった。カードを穿孔する際の下書きとなる型紙(コーディング・シート)の外見をCRT上に再現した形である。物理的なカードでは一度穴開けに失敗すると,新たに別のカードに打ち直さなければならない。フルスクリーン端末以前のカード穿孔機には,打ち直しの労力を軽減するためにカードを複写する「DUP(duplicate)」というキーがついていたほどだ(図2[拡大表示])。これに対しCRTによる入力作業では,CRTに表示された画面を自由に移動して修正が可能になった。入力位置を示すカーソルを移動するため追加されたのが,矢印状の「アローキー」である*3。 制御キーを多用したメインフレームの端末この端末はあくまでもカードデータの入力装置を模したものであったため,データの編集作業は端末に閉じたものとなっていた。ホスト・コンピュータに編集内容を反映する際は,画面単位でデータを転送していた(図3[拡大表示])。そのために改行を示すReturnキー以外に,コンピュータへのデータ転送を開始するための「Enterキー」がつけられている。端末内で作業が閉じているというアーキテクチャは,画面をスクロールさせる操作にも現れている。ページ送りにファンクション・キーを用いるのだ。端末内には編集中の1画面分のデータしか保持していないため,別のページを表示するにはホスト・コンピュータから別の画面のデータを転送する必要がある。今の尺度からすると制約の多い端末だが,端末側で一通りの編集機能を持っているためインテリジェント端末とも呼ばれていた*4。 端末で入力したデータのバッチ処理を主体にしていた大型コンピュータのメインフレームに対し,計測機などのリアルタイム処理などに用いられ始めたのが小型のコンピュータ,いわゆるミニコンである。ミニコンで使用されていた端末はCRTの表示部分とキーボードから構成されていた。メインフレームと違い,キーボードからのデータは1文字ごとに端末からミニコンに送信され,CRTの表示も1文字ごとにミニコン本体によって制御されていた。端末自体が編集機能を持たず,入力と画面表示に特化した端末であった。ミニコンのアプリケーションは,ある処理を加えた後に端末に表示する文字コードを送信する(多くは単なるエコーバックの場合が多い)。表示装置は文字コードとともに表示位置の指示や画面消去など,画面表示を制御するコードも理解するように作られていた。有名なところでは米Digital Equipment社の「VT100」や米Lear Siegler社の「ADM3a」がある(写真3)*5。 制御キーを省いてコストを抑えるパソコンもう一つのキーボードの歴史に多大な影響を及ぼしたのがパソコンである。ホビー用途として産声を上げたパソコンは,莫大な開発リソースを投じるメインフレームやミニコンに比べればおもちゃのようなものだった。キーボード部分は中古のテレタイプや端末を入出力装置として流用していた。また,キーボードと本体が一体となったパソコンは,パソコンのCPUが押されたキーの判別(キースキャン)をしていた。当時の貧弱なCPUでは,キースキャンにCPUパワーを割く余裕は少ない。ハードウェアのコスト抑制と部品の入手性の確保といった制約から,インテリジェント端末と比べてキーの数が少ないのが特徴だ。制御コードについては,テレタイプ時代からのCtrlキーと英字キーの組み合わせを主に使用していた。パソコン黎明期の代表機である米Apple Computer社の「AppleII」のキーボードにそれを見ることができる(図4[拡大表示])。 IBM PC AT以前のパソコンのキーボードを見ると,アローキーはそれほど重要視されていなかったようだ。例えば当時の定番ワープロソフト「WordStar」は,左へのカーソル移動にCtrl+S,同じく右がCtrl+D,上がCtrl+Eで下がCtrl+Xというキーの組み合わせによってカーソルを移動する仕様になっていた。菱形に並んだ四つのキーを利用することから,ダイアモンド・カーソルとも呼ぶキー・コンビネーションである。 IBM PC ATがインテリジェント端末を発展させたものであるのに対し,Macintoshに代表される非IBM PCのパソコンは,PC本体と端末の組み合わせを一体化したものと考えるとキーボードの違いが明確になると思う。IBM PC ATでは,文字の入力と制御用のコマンドの入力のキーを明確に分けている。しかし,Macintoshを含むIBM PC以前のパソコンでは,端末のルーツである印刷電信機の仕様を色濃く残している。その仕様とは,Ctrlキーと文字キーの組み合わせによる制御コードの送信である。異論があるとは思うが,IBM PC ATのCtrlキーがShiftキーの下という小指で打鍵しにくい場所にあるのは,Ctrlキーをあまり重要視していなかったからではないだろうか。 パソコンのキーボードに二つの操作体系があるなか,市場を席巻しデファクト・スタンダードとなったのはIBM PC ATとその互換機であった。当然それらのパソコンに付属するキーボードも,IBM PC ATのキー配列を受け継ぐことになった。Windowsアプリケーションにおいて,ファンクション・キーによる制御とCtrlキーによる制御が混在するのは,Ctrlキーと文字キーの組み合わせを多用する端末と,「Page Up」や「End」といった制御キーを多用するインテリジェント端末に由来する操作体系が混在しているためだろう。
出典:2004年3月号
85ページ
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