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 今年の正月休みは例年より随分長かった。ここ数年,2月に日経BP社主催で開催されるNET&COMの講演原稿を正月休みに書くのが慣習になっている。今回で連続5回目だ。休みが長かっただけに年賀状書きや大掃除を済ませても時間に余裕があり,ゆったり考えることができた。久しぶりに自分の机に向かってあれこれと調べたり考えたりしながら原稿を書いているだけで結構満ち足りた気分になった。お金をかけずに楽しめる安上がりな人間だ。

 いつものように,1冊100円のノートにメモやスライド原稿を書いていく。

 私の講演は最初に結論を言うのがスタイルだ。昨年までの講演のキーワードはオープン化,サーバーレス,ルーターレス,PBXレスといったものだった。今年のキーワードを決め,結論をどんなキーセンテンスにするかが勝負だ。最初の1,2分で聴いている人を惹きつけられるかどうかが決まる。大事なことはそのキーセンテンスが抽象的なものでなく,現実のビジネスとしてこれから取り組むことでなければならない,ということだ。

 今年のキーセンテンスは「これからの企業ネットワーク設計のキーワードはオープン化,シームレス化,マルチアプリケーション」とした。設計ポリシーとしてオープンであることが重要なことはこのコラムでも繰り返し書いてきた。ユーザーが機器や回線を自由に選択し何時でもリプレースできるためにはオープンでなければならないからだ。

 今回は二つ目のキーワード「シームレス化」について述べたい。

シームレスとは何か

 私が言いたいシームレスとは例えばこんなことだ。

 「電話とコンピュータ通信のシームレス化」=IP電話,「公衆網と私設網のシームレス化」=IPセントレックス,「放送と通信のシームレス化」=インターネット・テレビ,等々。つまり,ネットワークの世界のシームレスはこれまで別々のものと思われていたものが,一つになってしまうということだ。それを可能にしているのは,言うまでもなくIPだ。

 理屈の上でIPはシームレスなものだということは30年前から誰にも分かっていた。物理的なネットワークを選ばずEthernetであれ,無線であれ利用できる。運ぶべき情報を選ばずデータであれ,音声や映像であれ送信できる。

 理屈の上だけだったシームレス化が現実となり,さらに激しく進んでいくことが革命的なのだ。革命をもたらした第一の要因はブロードバンドだ。高速の回線が企業でも家庭でも安価に手に入るようになり,IPで流したいものを流せるようになった。

 そして,これからシームレス化を一層促進し,コミュニケーションのあり方を大きく変えるのは「050」番号だ。

「050」は総務省の偉大な発明

 050番号は総務省の偉大な発明だ。それはIP電話の普及を促進するだけでなく,これから述べるように「電話」という枠を超えてシームレス革命を可能にするからだ。世界でIP電話向けに特別な電気通信番号を付与しているのは日本だけだ。従来の固定電話と違う番号体系にしたことで,IP電話は0AB-J番号(0から始まる11桁の固定電話用の電話番号)の呪縛から解き放たれた。0AB-J番号は固定電話用の番号であるため,適用上の制約が強い。番号と電話端末の場所が固定的に対応しており,ユーザーが勝手に動かせてはならないし,通話品質は片方向の遅延が100ミリ秒未満で総合通信品質(R値)は80以上でなければならない。050は発信位置が固定である必要はないし,通信品質の条件もゆるやかでR値50以上だ。

 050は端末も,ネットワークも,アプリケーションも選ばない。端末としては居間のテレビも使われるようになるだろう。リモコンで050番号をダイヤルし,相手もテレビ端末なら家族同士のテレビ電話もできるし,相手が携帯電話なら音声だけの会話ができる。ここで大事なことは050-12345678といった一つの番号が,場所と端末を問わずに使われることだ。私が外出する時はIP携帯電話の電源を入れる。すると,IP携帯電話はSIPサーバーにRegisterというメッセージを送信し,050-12345678という番号に対応するIP携帯電話のIPアドレスを通知する。それまでは机上の固定電話のIPアドレスが対応付けられていたのだが,携帯の電源が入ると最も新しいRegisterということでそのアドレスが登録される。一つの050番号に対応する端末を予め複数登録しておくこともできる。固定電話,携帯電話,Voiceメールの三つを登録しておき,これらに優先順位を付けておく。固定電話にまず着信させ,ベルが3回鳴ってもでなければ呼び出しをキャンセルし,次に携帯に着信させる。それがビジーであったり,電源が入っていなければVoiceメールシステムに着信させる。端末は,PDAでもノートPCでもかまわない。

 さらにフォーキングという面白い使い方もある。同じ050番号を持つ固定電話と携帯電話の優先順位を同じにしておくと,着信時には両方のベルが鳴るのだ。一つのコールがフォークのように複数に分かれて着信するのでフォーキングという。

 こんな050の使い方の設定がパソコンのWeb画面や携帯のダイヤル操作で簡単にできるようになるだろう。こういういろいろな設定を簡単に実現するのがプロビジョニングというサービス機能だ。これからのサービス・プロバイダにとって,機能が豊富で操作が簡単なプロビジョニングを提供できるかどうかが競争に勝つ決め手の一つになるだろう。

 ここまでの話で明らかなように,050時代には固定電話と携帯電話はシームレスになる。

 050はネットワークも選ばない。ユーザーが居る場所がホットスポットならそこからインターネットに入り,目的とする相手とセッションを張ればよい。携帯の電波しか届かない場所なら,携帯網から入ればよい。

 これは法律的にいいことかどうか分からないのだが,IP携帯電話(無線LAN内蔵SIP端末)を外国に持っていけば,海外のホットスポットから日本へ無料で電話がかけられたり,050を割り当てたノートPCをホテルの部屋からネットワークにつなげたままにすれば着信を受けることもできるようになる。050は国境も超えてしまうのだ。これはもともとインターネットそのものに国境がないので,当然といえば当然だ。

 050は相手を特定しセッションを張るものだ。そのセッションの上で電話しか使ってはいけないという法律はない。どんなアプリケーションを動かすかはユーザーが決めることだ。テレビ会議をしながら,デジカメの写真を交換したり,さまざまなファイルを交換することも簡単だ。

 会話の相手が人間である必要もない。Webシステムに050でセッションを張って多様なサービスを受け,必要な時だけオペレータ・ボタンをクリックするとオペレータの電話からユーザーの固定電話に着信する,といった使い方もできる。

 たぶん,筆者など思いも寄らない050のアプリケーションがこれからどんどん出て来るだろう。これからのIP電話に対する規制がどうなって行くかは不透明だ。しかし,050のおかげでIP電話は日本が世界の先頭を走っていることは間違いない。総務省には050に対する規制を強くせず,電話の枠を超えたIPコミュニケーションの分野で日本が先頭を走り続けられるようにしてほしいものだ。

冬休みの読書感想文

 NET&COMの原稿を考える参考になろうかと,タネンバウム著「コンピュータネットワーク第4版」(日経BP社刊)を拾い読みした。800ページもあるのでカバー・ツー・カバーで読むには学生なみの体力と時間がないと無理だし,少なくとも筆者にとってはそこまでする価値はない。しかし,とても面白い本だ。何故面白いかというと無味乾燥な技術解説だけでなく,ネットワークの歴史とも言えるエピソードの紹介や著者のOpinionやIdeaが書かれているからだ。

 例えば通信モデルとしてのOSIとTCP/IPを比較してそれぞれの欠点を指摘し,タネンバウム・モデルともいうべき4階層モデルを提示している。4階層とは物理層,データリンク層,ネットワーク層,アプリケーション層だ。面白いのだが実用的ではない。RIPなど名前も出てこないし,フローティング・スタティック(動的バックアップを実現する手法の一つ)など見つかるわけもない。だが,ベテラン・エンジニアには著者のアイデアやOpinionが面白く,入門者には技術の基本を勉強するのに適している。お奨めできる本だ。欠点は7800円という値段。でも,ハードカバーで,きれいな装丁,ずしりとくる重み,筆者などは手にしただけで嬉しくなる。

(松田 次博)

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松田 次博:情報化研究会主宰。1984年より,情報通信に携わる人の勉強と交流を目的とした情報化研究会を主宰。近著に東京ガス・IPセントレックスなど,先進的ネットワーク設計手法を解説した「企業ネットワークの設計・構築技法−広域イーサネット/IP電話の高度利用」がある。NTTデータ勤務。趣味は,読書(エッセイ主体)と旅行。