バッテリはノートパソコンの重さや使い勝手を左右する。いかに軽く,容量を大きくするか。この課題が常につきまとう。

 現在のノートパソコン用バッテリの主力はリチウムイオン電池である。ニッケル水素電池はごく一部でしか使われていない。リチウムイオン電池の方が重量や体積当たりのエネルギ密度が高いためだ。コスト面の有利さはあるものの,携帯性を重視したノートパソコンにニッケル水素電池を使うことはない。

10年で約1.8倍に容量アップ

図1●リチウムイオン電池の性能推移
ノートパソコンで一般的に用いられるリチウムイオン電池セルの容量と,小型ノートパソコンの消費電力の推移。リチウムイオン電池がノートパソコンに搭載され出した1990年代半ば以来,10年かけて容量は2倍近くにまで向上してきた。ノートパソコンは1994年当時の消費電力を1とした場合,2003年には約2倍と,似たような動きを示している。三洋電機の資料を基に本誌が作成。
図2●リチウムイオン電池の動作原理
ここでは負極にグラファイト,正極にコバルト酸リチウムを用いたリチウムイオン電池を模式化した。満充電時には,リチウムは負極に集まっている。放電時にリチウムをイオン化して電子を取り出し,電力を発生させる。リチウムイオンはセパレータを通過し,正極へ移動する。正極では,ノートパソコンの回路から戻ってきた電子とリチウムイオン,コバルトが結合する。充電時には逆の反応になる。
図3●消費電力の増大に合わせた放電特性の例
低負荷の場合には,駆動時間は容量で決まる(a)。しかし,動画再生や通信時など,ノートパソコンが大きな電力を要求するときには,容量ではなく電力がモノを言う。こうした高負荷の仕様に対応できる特性の電池も実用化されている。導電体の表面積を増やすことなどにより,より多くの電流を取り出せるため,大きな電力を供給できる。高負荷対応にすると仕様上の容量は減るが,より長く高負荷に耐えられる特性のため,実際の駆動時間は延びる可能性が高い(b)。

 リチウムイオン電池がノートパソコンに初めて搭載されたのは1993年。当時に比べると,リチウムイオン電池は確実に進歩を遂げている。

 一般にリチウムイオン電池は「セル」と呼ばれる円筒形のパッケージを採用している。普通の単三乾電池より一回り大きい程度だ。ノートパソコンでは複数のセルをまとめて「パック」にして内蔵する。そのセル1個当たりの容量は,1994年で1200mAhだった。現在は1.75倍の2100mAhに伸びた(図1[拡大表示])。

 携帯型のノートパソコンの消費電力も似たような推移である。1996年に底を打っているのは,東芝の「Libretto 20」のように本格的に携帯することを意識したノートパソコンが登場したため。その後は,消費電力は徐々に増加しているが,ノートパソコン用CPUの登場に伴い,伸びはゆるやかになっている。現在,Pentium M(1GHz)を搭載したパソコンの最大消費電力は40W前後である。

 これまで消費電力と電池容量のバランスは大きく崩れなかった。しかしこれからはバランスの維持が難しくなりそうだ。今後もノートパソコンの消費電力は性能向上に伴い伸びていくと予想される。その一方,リチウムイオン電池の容量を上げ続けていくのは,心許ない状況にあるからだ。

リチウムを詰め込んで大容量化

 リチウムイオン電池では,満充電時にリチウムが負極のカーボン・グラファイト(以下グラファイト)と結び付いている(図2[拡大表示])。グラファイトは炭素の結合形状の一種で,正六角形の膜状に炭素が並んでいるものだ。そのすき間にリチウムが収蔵されている。放電時にはリチウムは電子を放出し,リチウムイオンとなる。電子は回路へ流れ,一方リチウムイオンは負極と正極を隔てるセパレータを通過して正極に移動する。正極では,電池に戻ってきた電子とリチウムイオン,コバルトが結合して,コバルト酸リチウムになる。充電時にはこれと逆の変化を起こす。

 この仕組みから分かるように,リチウムイオン電池の容量とは,電池に詰め込まれたリチウムの量で決まる。つまり,リチウムイオン電池が登場以来10年かけて容量を伸ばせたのは,よりたくさんのリチウムを正極,負極に収められるよう実装/製造技術を改良できたからである。

新素材でブレークスルーを狙う

 だが,もはやこれ以上材料を詰め込む余地はなくなってきている。

 今後も容量を伸ばすには,基本性能の向上が必須である。電池の基本性能は正極/負極に使う素材(これを活物質という)で決まる。つまり,活物質に使う素材を新たに見つける必要がある。

 正極の候補に挙がっているのは,マンガン,ニッケル,リン,鉄など。この中で有力なのはニッケルとマンガンだ。単にコバルトの代わりに使うのではなく,コバルトと組み合わせた組成の素材も候補となっている。ただ,今は決定的な素材が見えているわけではない。現時点での候補はいずれも,電圧は高くても容量で劣るか,もしくはその逆の関係にある。

 負極も新しい材料が検討されている。有力なのは,シリコンあるいは錫の合金である。これらはグラファイトの4倍の能力を持つとされている。ただし,グラファイトに比べて比重が高いために重くなる。また,正極と負極のエネルギ密度のバランスを取る必要があるため,負極だけを大きく引き上げるわけにもいかない。

 この点について三洋電機は「新素材により,今よりも20~30%程度上回る容量を実現するのが現実的な目標。2006年ごろに新素材の電池を製品化したいと考えている」(コンポーネント企業グループ モバイルエナジーカンパニー イオンテクノロジービジネスユニット リーダーの雨堤徹氏)という。

高負荷対応で実駆動時間を伸ばす

 ただ2006年までにはまだ間がある。それまでの間,もっと現実的な方法で対処しようとしている。容量の伸びではなく,接続する機器の特性に合わせて一時に取り出せる電流量を増やす方法だ。高負荷対応と呼ぶ。既に三洋電機は対応製品を出している。

 高負荷対応の電池は,電子を運ぶ役割をする導電体の量(表面積)を増やし,電子を取り出す能力を高めている。容量を重視した製品では,導電体は抑えて,そのぶん活物質を増やしていた。このため,高負荷対応の電池は通常の電池と比べて容量は少ない。低い負荷しかかからない使い方では容量が少ないぶん,駆動時間は短い(図3のa[拡大表示])。

 しかし,高い負荷がかかると,通常の電池では電圧が急激に落ち込み,要求された電力を供給できなくなってしまう(図3のb[拡大表示])。高負荷対応の電池であれば電圧をあまり落とさずに大きな電流を供給し続けられる。高負荷の環境では,容量の少ない電池の方が駆動時間が長いという逆転現象が発生する。

 CPUの性能向上や動画再生,無線LAN通信など,パソコン全体の最大消費電力は増える傾向にある。「最近は,パソコン・メーカーも容量ではなく,負荷耐性でバッテリを評価するようになってきた」(三洋電機の雨堤氏)。少なくとも新素材の電池が実用化されるまでの間は,このように機器の特性に合わせた電池が重視されていくことになりそうだ。

仙石 誠