前回,米Sun Microsystems社のScott McNealy氏が起業家を夢見る学生達に「起業が成功するかどうかは,100%運である」と看破したことを紹介した。実は,この話には続きがある。今回はその話をしたいと思う。McNealy氏が起業家の心構えとして叱咤したこと――起業することのリスク――についてである。

技術者も小さなリスクで投資家に

 一般にシリコンバレーでの起業はリスクが少ないと言われる。失敗を責めない,失敗を評価する,といったカルチャーがあるからだ。そして,シリコンバレーはこのカルチャーを土台に,完全な契約社会が成り立っている。起業リスクに関しても,投資の際に契約した以上のものを求められることはない。

 投資契約においては,起業する経営者だけでなく技術者も,自らがリスクを負わない形で投資し,起業することができる。普通株と優先株という制度をうまく使い分けることで,1セントに満たない金額で普通株を購入する権利を得ることができるのだ。

 技術者である彼らの位置付けは,その会社を成長させるためのサービス・プロバイダである。投資家が彼らに期待するのは,彼らのポケットにあるお金ではない。彼らだけが持っている才能と,それを開花させるための時間なのだ。一方,エンジェルと呼ばれる個人投資家やベンチャーキャピタルは優先株を購入する。優先株とは,会社を清算するといった事態が生じたときに優先的に資産の分配を受けられるなどの優先的な権利が付いてくる株式である。それゆえ,価格は高い。通常,同時期に普通株と優先株を発行すると,金額に10倍の差をつけるのが一般的だ。

 このような仕組みがあるので,資産のない技術者でも簡単に起業家になれる。万一の場合でも,自分が投資した金額以上の負担は求められないのが普通である。少なくとも,株式を公開するまでは。

起業なんてリスクじゃない!

 シリコンバレーで起業することは,日本に比べると確かにリスクは少ない。それでも,やはり起業はリスキーなキャリアとしてとらえられている。時間と才能だけを求められるにしても,給与は大企業に比べて低いし,職を失う可能性は極めて高い。だから,起業家はリスクテーカーであるというのが常識であり,リスクテーカーであるがゆえに起業家を目指す人々の尊敬を集めたりする。

 スタンフォード大学のMBAは起業家志望の集まりである。彼らは誇らしげに自分たちがリスクテーカーであると言い張る。そして,内心は失敗を恐れている。そんなMBAの学生たちにMcNealy氏はこう言い放った。「起業なんてリスクじゃない」と。

 「起業して失敗するのが怖いか。起業して自分が投資したわずかばかりの資金をすってしまうのが怖いか。ベンチャーキャピタルから投資された資金を使い切って,彼らから見放されるのが怖いか。そんなちっぽけな会社がつぶれたところで,何のリスクがあるというんだ。そんなことは怖がるな」。

 一息入れて,こう続けた。「本当のリスクは,起業した会社が大きくなることで生じる。If you want your company to grow, you have to take more risks.(会社が大きくなればなるほどリスクは高くなる)。会社が株式を公開すると,今までと比べものにならないくらいたくさんの株主に対する責任が生まれる。そして,たくさんの従業員とその家族を抱えることになる。これこそが本当のリスクだ」。

 今,Sunは創業以来の困難に直面している。会社を大きくしたMcNealy氏は,その成長の過程で,マイルストーンを達成しながら,それに伴って大きくなるリスクを感じてきたに違いない。投資契約で規定された有限責任とは比べものにならない大きなリスク,自分の資金力・知力・体力でコントロールできないかもしれない責任=リスクである。起業そのもののリスクは誰もが想像できることであるが,本当のリスクが成長によってもたらされること,そして成功することこそがリスクを大きくしているという指摘は,成功した起業家だけが知りうることなのだろう。

 もっとも,日本においては起業そのもののリスクの方がまだ大きいのかもしれない。株式を公開し,一般投資家の出資を仰げるようになれば一安心と考える風潮はいまだにある。しかし,成長すれば経営リスクを小さくできるなどという歪んだ考えが正しいはずなどない。経営者は株主に対しても,従業員に対しても大きな責任を負っているからだ。

 起業家が成功を目指す以上,起業家にとってに最も大事なことは,能力やアイディアではなく,McNealy氏のいうところの「本当のリスク」を十分に心得ておくことなのかもしれない。