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 11月20日夜,新橋のホテルへ講演に出かけた。大企業の役員を対象とした少人数の研究会での講演だ。テーマは「企業にとってのIP電話の意味」。時間は1時間,その後ディスカッション。

 実はこの日,前日からの入院人間ドックが終わった直後だった。毎年この時期に受診している。5年間同じ病院で受けていたのだが,今年は別の病院に変えてみた。結果的に変えて良かった。看護士や医師の対応が丁寧で,詳しい説明をリアルタイムでしてくれる。例えば1日目の胃カメラ。検査室に入ると看護士らしい若い女性が二人いた。しかし,しばらくしても医師が入って来ないので一方の女性が看護士ではなく医師なのだろうと,「先生が診てくれるんですか」と聞くと案の定そうだった。まだ20代に見えるかわいい先生だ。胃カメラは医師の上手下手でこちらの負担やかかる時間が全然違う。経験の少ない女医さんじゃないかと心配したのだが杞憂だった。「今,食道から胃への入り口です」とか一緒に映像を見ながら解説してくれ,苦しくもなく短時間で検査は終わった。検査の説明をその場で丁寧にしてくれるので,こちらは余計な心配をしなくて済む。

 同じ病院で毎年受診するのはカルテが残るというメリットはあるのだが,やはりたまには「変える」ことも必要だと思った。仕事の仕方や組織も変えようか,どうしようか迷ったら躊躇なく変えた方が良いのかも知れない。

 さて,研究会のことだ。経営者が対象ということで最初から話のポイントをどこに置くかは決めていた。「名前が同じだからと言って中身も同じだという勘違いをしないでください」ということだ。これは経営者に限らず我々実務者でもありがちなことだ。名前という表面的なラベルだけ見て,内容も同じだと思い込んでしまう。

「IP電話」,「IPセントレックス」というラベル

 今,ネットワークの世界で名前が同じでも中身がまったく違うのは「IP電話」と「IPセントレックス」だ。筆者が手がけている東京ガスのIP電話が新聞に出て以来,IP電話はコスト削減の有力な手段として経営者にとってもキーワードになった。その後IP電話の導入を新聞に発表する企業がいくつか続き,ネットワークの専門誌にも企業向けIP電話やIPセントレックスが特集されるようになった。

 それらを眼にするたび,「名前は同じIP電話でも,効果や仕組みがまったく違っていることがうやむやにされている」と思ってきた。そこでこの研究会では経営者の方が部下からIP電話の導入を提案された時に基本的な違いがチェックできるようにすることを目標に講演した。企業向けIP電話の代表とも言える「IPセントレックス」がその対象である。

 本来のIPセントレックス,自営IPセントレックス,IP-PBXハウジングの三つを比較説明した。これらは「IPセントレックス」と十把一からげにして呼ばれていることが多い。売り込むベンダーやキャリアにとっては都合がいい。同じIP-PBXを提案するにしても,IPセントレックスの方が受けが良さそうなら「自営IPセントレックス」と言っておけばよい。受け止めるユーザー側がしっかりしていないと本来の「IPセントレックス」と混同してしまう。困ったことだ。そんなことがないように基本的な違いを説明した。

 まずオープンな技術を使っているかどうか。IPセントレックスはSIPをはじめとするオープンな技術を使っている。いや,正しくは「使うべきである」という筆者の意見が入っている。これに対し,自営IPセントレックスはクローズドなものが多い。ルーター・ベンダーのVoIPサーバーやPBXメーカーのIP-PBXを社内に設置してIP電話を実現する。キャリアやSIerが設備をハウジングしてレンタルするのでなく,自社内に設置するから「自営」を付けている。

 もともと自営IPセントレックスという言葉自体が矛盾している。CentrexとはCentral Office(電話交換局)とExchange(交換)の合成語であり,ユーザー宅でなく通信事業者側に設備を置き,複数のユーザーで共同利用するからCentralなのだ。自営IPセントレックスはネットワーク専門誌の造語なのだが,用語の定義について一番厳密であるべき専門誌がユーザーを混乱させる造語を作るのは感心しない。

 IP-PBXハウジングはIP-PBXをキャリアがハウジングして複数のユーザーに利用させるものだ。PBXメーカー独自のクローズドなプロトコルを使っている。オープンか否かは接続可能な端末(電話機)の選択肢を大きく左右する。オープンなIPセントレックスではSIPなど,無償で開示されたインタフェースをサポートした複数のメーカーのIP電話機から選択できる。これに対してクローズドな自営IPセントレックスやIP-PBXでは,VoIPサーバーやIP-PBXと同じメーカー製の端末しか接続できない。

 見落とされがちなポイントは,「ユーザー拠点の電話回線やISDN回線をなくすことができるかどうか」だ。言いかえると「番号ポータビリティができるかどうか」ということになる。本来のIPセントレックスはイントラネットとそれに接続されたキャリア設置のVoIPサーバーで構成され,内線・外線ともイントラネットでかけられる。VoIPサーバーは公衆電話網や携帯電話網と網間接続されており,IP-Phone→イントラネット→(IPセントレックス)→IP電話中継網→レガシー電話網→レガシー電話機というルートで外線に発信でき,逆にレガシー電話からIP-Phoneへの発信もできる。IPセントレックスに括弧を付けているのは,電話の接続が終わると音声信号そのものはIPセントレックスを流れないからである。

 内線電話はIP-Phone→イントラネット→(IPセントレックス)→イントラネット→IP-Phoneという流れになる。企業のオフィスにイントラネットの回線が引き込まれていれば,外線・内線ともかけられるのでアナログ電話回線やISDN回線を引く必要がない。

 読者の方は「これまでオフィスで使っていた電話番号はどうなるのだろう」と疑問を持つかもしれない。これまでの電話番号をそのままIP電話で使えるようにする仕組みが番号ポータビリティだ。番号ポータビリティは,オフィスで使っていた電話番号に電話がかかってくるとIP電話中継網(具体的には電話交換機に接続されているゲートウェイ)に転送するようNTT側交換機に設定することで実現される。

 番号ポータビリティによってオフィスに引き込んでいた電話回線を撤廃すれば,従来の電話基本料やダイヤルイン使用料を支払わなくて済むようになる。IP電話料金だけを払えばいいので,大幅な経費削減が期待できる。自営IPセントレックスやIP-PBXを使う限り,番号ポータビリティは不可能なのである。

 この他,IPセントレックスではネットワーク機器や回線の選択が自由だが,自営IPセントレックスやIP-PBXハウジングは自由な選択ができないことなども説明した。

違いを際立たせる方法

 これらの違いを明確にするには比較表にするのがよい。この研究会ではオープン性,サーバー設置場所,番号ポータビリティ,利用形態(シェアードサービスか自社専用か)など七つの項目を行に置き,IPセントレックス,自営IPセントレックス,IP-PBXハウジングの三つの列で比較した。IPセントレックスに限らず,比較表は比較項目の選び方で価値が決まる。比較対象に何を選び,比較する項目を何にするかは,その表を作成する人の視点や分析力の的確さをそのまま表す。

 比較する対象や項目が多過ぎるとポイントが分からなくなるし,意図的に重要な属性を省略すると情報操作になる。表が的確かどうか批判的に見るのは専門家でないと難しいだろう。そこで,講演の締めは「この表を部下が提案してきたIP電話のチェックリストとしてお使いください。もし,分からないことがあれば私を呼んで頂ければ駆けつけます」とした。

ボジョレー・ヌーボー解禁

 この日,11月20日はボジョレー・ヌーボーの解禁日だった。研究会に参加した方と二人で銀座にあるくだんのワインレストランへ行った。ホテルからは歩いて10分とかからない。今年は欧州の夏が厳しかったため,ブドウの糖度が高くワインの質がいいと言われている。もう一つの楽しみは生牡蠣だ。この店で出される三陸産の牡蠣は甘さと海の香りが絶品だ。魚や牡蠣なら白ワインだろうかなどと気にはせず,わずか2カ月で作られたとは思えない,まろやかなボジョレーを楽しんだ。

(松田 次博)

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松田 次博:情報化研究会主宰。1984年より,情報通信に携わる人の勉強と交流を目的とした情報化研究会(www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)を主宰。著書にVoIP構築の定番となっている技術書「企業内データ・音声統合網の構築技法」や「フレームリレー・セルリレーによる企業ネットワークの新構築技法」などがある。NTTデータ勤務。趣味は,読書(エッセイ主体)と旅行。