高画質を実現する仕組みは共通

図6●ヘッド幅を複数パスで印刷する
ヘッドと同じ幅を,1回のヘッドのパスで印刷するわけではない(上)。画質を上げるために,複数回同じ個所を印刷するのが一般的である。パスとパスの間に線が入ってしまう現象などを防ぐためである(下)。
図7●解像度とインク滴の関係
インクジェット・プリンタでは,スペック上の解像度で像を描けるわけではない。解像度よりも,インク滴のサイズが大きいためだ。

 「速く」,「長持ち」という二つの目標に比べ,「美しく」を実現するためのアプローチは実現方式によって大きな差はない。インク滴を小さくする,同じところを何度も印刷する,解像度を上げる,の3種類が主に用いられている。

 まず分かりやすいのが,吐出するインク滴を小さくすること。インクの粒を見えにくくし,粒状感をなくす。例えばPX-G900の最少インク滴は1.5ピコリットル,PIXUS 990iは2ピコリットルである(ピコは1兆分の1)。これはもはや1滴では人間の目に見えないレベルだが,小さければ小さいほど階調が滑らかに表現できるといったメリットがある。

 同じく各社のプリンタに採用されている基本技術が,紙の同じ部分を何度も往復して印刷する方法である(図6上[拡大表示])。ヘッドと同じ幅の紙なら,本来は一度のヘッドの移動(パス)だけで印刷できるはずだ。しかし実際は,「写真の場合,同じ個所を4~8回のパスで印刷する」(日本ヒューレット・パッカードの野口氏)。

 これはある意味で必須の処理である。インク滴が小さいと,1回のパスで必要なインクをすべて落とせない場合があるからだ。しかしそれ以外に,画質を上げるための効果を兼ねている。

 中でも大きいのが,パスとパスの間に入る線を解消すること。「パスの境目は,インクの浸透性の差によって色味に違いが出る」(キヤノンの中島氏)。あとから吐出されたインクは,既にインクが染みこんでいる部分に流れる傾向があるからだ(図6下[拡大表示])。複数回インクを落とせば境目をなくせる。これ以外に,インクを少しずつ吐出することでにじみをなくしたり,ノズルのばらつきを抑える効果もある。

解像度の数字に惑わされるな

 最後に取り上げるのが解像度だ。プリンタの画質を数値化する,ほぼ唯一の指標である。実際の製品は,解像度の数値を競い合っている感がある。この値が高くなればなるほど,精細な印刷ができると思いがちだ。

 しかし実際は,解像度に比例して印刷が細かくなるわけではない。単位にdpi(dot per inch)を使うことは同じでも,デジタルカメラやディスプレイの解像度とプリンタの解像度は少し意味合いが違う。デジタルカメラやディスプレイでは「1インチをどれほど細かく分割しているか」を示す値である。これに対して,プリンタの解像度は「1インチにいくつの自由度を持ってインク滴を打てるか」を表す指標である。例えば2400dpiなら,1インチあたり2400個の位置にインクを打てる,という意味になる。

 このとき注意する必要があるのは,解像度よりも一つのインク滴のサイズの方が大きいということだ(図7[拡大表示])。最少インク滴ですら,紙に落としたときの直径は解像度よりかなり大きい。染料インクの場合,1.5ピコリットルで約25μm,2ピコリットルで約30μmである。これに対して,例えば2400dpiでの一つのドットの長さは10μm強,4800dpiでは5μm強。いくら多くの自由度を持ってインクを吐出したとしても,インク滴の大きさよりも細かな表現ができるわけではない。

 また,解像度は一定以上になると人間の目には区別がつかない。解像度が720dpi以上になると,人間の目では違いが分からないと言われている。これ以上では,たとえ解像度が2倍になったとしても効果はあまり実感できない。

 ただし,解像度を高くすることに意味はある。色の淡い部分がより滑らかに表現できるようになるのだ。解像度が高くなると,インクを打つ自由度が上がる。つまりよりランダムな位置にインクを打てるようになる。インク滴がランダムに配置されていると,それだけムラやノイズが目立たなくなる。

 ムラやノイズは,インクがある程度規則的に並んでいるときに目立つ。特に淡い部分で問題になる。淡い部分では,インクを重ね合わせるのではなく並べて配置することで色を表現するからだ(別掲記事「色はインクの配置で決まる」参照)。インクの配置に規則性が見られると,ムラやノイズが発生する。解像度を上げれば,こうした現象は起きにくくなる。

(八木 玲子=日経バイト)

図●インク滴で色を作る仕組み
青を表現するのにも,シアンとマゼンタを重ならないように打つか,両者を重ねて打つかの,二つの方法がある。色の淡い部分は重ならないように打ち,濃い部分は重ねて打つことで濃淡を表現する。

色はインクの配置で決まる

 インクジェット・プリンタは,細かなインク滴をいくつも打ち込んでフルカラーを再現する。フルカラーは,基本的にシアン(C),マゼンタ(M),イエロー(Y)の3色があれば表現できる。これに黒を加えた4色が,インクジェット・プリンタのインク色として基本的に使われている。これらの色の組み合わせと配置で,色は決まる。

 インク滴の配置の仕方は,大きく2種類に分けられる。異なるインク滴が重ならないように並べて打つか,重ねて打つかの違いである。

 例えば青は,シアンとマゼンタの2色で表現する。シアンとマゼンタを並べて打っても重ねて打っても,原理的には同じ青が表現できる。重ねて打てば,染料の場合色材同士が混じり合って青になる。顔料でも重なった色の光が混ざって目に届く。並べて打った場合は色材は混じり合わないが,少し紙を離せば人間の目には青に見える。

 インクジェット・プリンタは,この二つを使い分けて印刷する。基本的に濃い部分は重ねて打ち,淡い部分は別々に打つ(図)。同じ面積ならば,重ねて打った方がそれだけ濃い色が表現できるためだ。

 実際にはこの規則だけでは済まない。単純な規則ではムラが出てしまう。「両方をいかに適切に偏りなく使い分けられるかが,ムラのない美しい印刷をする上でのカギになる」(キヤノンの中島氏)。