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 10月中旬に田舎で結婚式があり帰省した。ちょうど秋祭りだったため10数年ぶりに祭りを見物できた。ここの名物は「だんじり」だ。だんじりと言えば岸和田が有名だが,愛媛のだんじり祭りも江戸時代から続く歴史のあるものだ。木造で3階建てのだんじりは重さが800キロ以上,凝った彫刻や塗りが施され,数十年に一度新調するのだが,その費用は家一軒建つくらい高価なものだ。

 地元の氏神様の祭りで,氏子である村ごとにだんじりを持っている。総数30台ほど。これが祭りの間,男たちに担がれて村々をめぐる。夜明け前から行われる宮出しと夕暮れ時の宮入りが,だんじりが神社の広場に集まってかき比べをするクライマックスだ。ゆったりした気分で祭りを過ごしたかったのだが,ちょうどその頃,9月に提案した超大規模ネットワークの業者決定が予定されていたため,祭りは前夜祭だけで切りあげて帰京した。「超」とはおおげさな,と思うだろう。しかし,拠点数が千の単位なのだからやはり「超」なのだ。帰った5日後に受注が決定した。先月号でプティ・ムートンというワインのラベルが実りの秋を連想させる,という話を書いたが,まさに実りの秋となった。

 昨年の今ごろ,「勝利の黄金比」というコラムを書いた。今回は勝つための企画・提案のHeartについて述べたい。

企画・提案はノートから

 筆者の企画・提案はノート作りから始まる。自宅に子供たちが学校で使う安い大学ノートがまとめ買いしてある。その中からA5判30枚のノートを1冊いただき,表紙に「○○様次期ネットワーク提案」と書く。30円のノートが10億円単位の提案の元になるのだ。

 このコラムの第13回「自分の頭と手を使え」でも書いたが,どんな大規模案件の提案でも,「煎じ詰めれば,我々の提案したいことはこれだ」ということを絞り込むと3ページか,せいぜい5ページにまとめられる。これが提案書のHeartだ。Heartには核心という意味がある。提案書のHeartには提案のコンセプト,特徴,効果が簡明に書かれていなければならない。また,Heartには心という意味がある。そこには論理的な簡明さだけでなく,提案者の熱意と自信が表現されていなければならない。そしてHeartの部分を書くのはプロジェクト・マネージャーの大事な仕事だ。

 Heartをどうするか,これはRFPが提示される前からお客様と会話を積み重ね,その過程で頭の中に熟成されている。RFPが出てからあわてふためいて考え出すわけではない。頭の中のアイデアをエンピツ(実際には100円のシャープペン)でノートに書き出す。ノートとエンピツがいいのは文章も図もどんどん書いて,消しゴムなど使わず消したり,矢印でつないだり,継ぎ足したりできること。どんなに優秀なパソコンソフトも紙とエンピツの使い勝手にはかなわない。おまけに軽いので肌身はなさず携行できる。思いついたアイデアや収集した情報は会社にいようが電車の中だろうが,すぐノートに書いておく。

 今回の提案ではHeartを「三つの目玉」に絞り込んだ。ここに書けないのは残念だが,5枚の図で表現した。この5枚をプレゼンすれば,提案のポイントと競合他社との差異,こちらの熱意と自信が伝わるはずだ。

大事なのはコンパクトとインパクト

 提案書は,PowerPointのスライド1ページの原稿をノート1ページに書いていく。少し複雑な図表は,見開き2ページにスライド1枚分を書く。この提案ではHeartの部分も含めて10枚ほどの原稿を書いた。提案書全体で約100ページなので,1割だ。メモや下書きも含めると,ノートを20ページほど使っていた。

 100ページの提案書。あまり感心したものではない。良い提案書の条件はできるだけ薄いことだ。もちろん内容が薄いのではなく,ページ数が少ないと言う意味だ。しかし,RFPで求められたことを網羅しようとすると100ページを超えてしまうことはままある。そんな分厚い提案書をスミからスミまで読んでもらえるとは期待しない方がいい。少なくとも部長や課長は忙しくて読めるわけがない。

 そんな時は提案書の最初のパートをエグゼクティブ・サマリーにすればよい。忙しい人にはそこだけ読んでもらい要点を伝える。Heartの部分はサマリーの最初に組みこめばよい。

 コンパクトで分かりやすければ勝てる提案になるかというと,そう簡単ではない。もう一つの条件はインパクトがあることだ。提案にインパクトを持たせるにはどうすればいいか。コツは簡単なのだが,企業機密なのでここには書けない。

 業者の中には,安いだけがインパクトだと考えている低レベルな人たちがいる。他の事業で儲かっているから,新規案件は大赤字でも取ってしまえ,という発想だ。安いだけがインパクトの提案を採用するような企業は二流か,三流に限られる。もっとも,このコラムを読んでくれる皆さんは,そんな低レベルの提案などしないだろう。

深さをアピールする細部の記述

 さて,ここまで書いてきたことと相反するようなことを書く。部長や課長にとっては提案はコンパクトとインパクトが大切なのだが,実務担当者にはディテールも大切だ。

 実務担当者でも,100ページを超える提案書をすみずみまで読む人は少ない。しかし,自分の担当分野や関心のあるテーマのところは丁寧に読む。そのとき,「この提案は細部をきちんと書いてあるな」と思ってもらえねばならない。

 メーカーの提案書によくあるが,ありきたりで一般的な製品の仕様やサービスの内容に膨大なページを割いて提案書を上げ底にしていることがある。そんな無駄なページはどんなに細かな情報が盛り込まれていても,ユーザーにとって無価値だ。価値があるのはユーザーが求めている課題や要件に対する解決や実現方法の記述である。

 コンパクトで,インパクトがあり,細部もおろそかにしてはならない。そう,提案書作りというのは大変なのだ。

 提案書を提出して数日後,お客様から追加の宿題が来た。これはいいシグナルだ。こちらの提案を検討し,さらに深く検討するに値すると評価されたから質問や宿題が飛んでくるのだ。

 また,ノートを開いた。金曜日に宿題を貰ったので,土日で7ページの原稿を作成,月曜日には回答した。クイック・レスポンスも重要な付加価値だ。「ちょっと,自分で書きすぎたか」という反省もあるが,スピードが大切だ。結局,30ページのノートをほぼ使い終わった。

 筆者の手元にはこんなノートが数十冊残っている。提案書作成のノートだけでなく,本を書くためのネタ集めや勉強のノート,講演の原稿などだ。パソコン好きが多いと思われる本誌の読者には受けないかも知れないが,企画のツールとして紙とエンピツをお勧めしたい。

前夜祭の感慨

 話を田舎の祭りに戻す。10月13日の前夜祭,あいにくの小雨だった。だんじりは提灯をたくさんつけた夜が一番きれいなのだ。嫁さんと二人でだんじりが集まっている町の中心部まで歩いていった。

 ドンチキ,チッチキ,ドンドコドンドドン,という独特の太鼓のリズムを聞き,男たちが担ぐだんじりの屋根が歩調にあわせて小気味良くはねるように動くのを見ると,たちまち時間が短絡し,小学生時代の情景がよみがえった。子供の頃はこの町が全世界で,道は広く,家も大きく感じたものだ。今見ると何と狭く,小さく,暗いこと。

 だんじりを担ぐたくさんの人の中に小学校や中学校の同級生がいないかと探そうとしたのだが,すぐ諦めた。だんじりを担いでいるのは名前も知らない高校生や若い人たちばかり。少し年がいっているのは総代と呼ばれるだんじりの監督だが,それもせいぜい40歳くらい。要するに自分の同級生は祭り世代を卒業していたのだ。10数年祭りを見ないうちにそうなっていた。もう自分たちは祭りの主役じゃないんだなあ,とちょっと淋しい気がした。

 冒頭に書いたとおり帰京してすぐ受注が決まった。企画・提案だって,構築だって,仕事じゃまだまだ主役なんだ,と元気になった。

(松田 次博)

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松田 次博:情報化研究会主宰。1984年より,情報通信に携わる人の勉強と交流を目的とした情報化研究会(www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)を主宰。著書にVoIP構築の定番となっている技術書「企業内データ・音声統合網の構築技法」や「フレームリレー・セルリレーによる企業ネットワークの新構築技法」などがある。NTTデータ勤務。趣味は,読書(エッセイ主体)と旅行。