図1●開発者がオープンソース/フリー・プロジェクトに参加した理由
米国中心の調査結果(1)と欧州中心の調査結果(2)で,開発者の動機は若干異なっている。米国では個人的な動機,欧州では利他的な動機の割合が高い。しかし,いずれもトップは個人的な動機である。
 「Just for Fun」。邦題は「それがぼくには楽しかったから」。Linuxカーネルを開発したLinus Torvalds氏の自伝のタイトルである。この言葉に,オープンソース・ソフトウェアの開発者が,対価も得ずに開発を続ける動機が凝縮されている。

 1991年,学生時代に作り始めたUNIX互換OS「Linux」が評判を呼び,あれよあれよという間に世界中に普及していった。その間,Torvalds氏はLinuxの開発にぼう大な時間を費やしてきた。Linuxを開発するにはプログラミング作業だけでは済まなかった。開発チームを組織し,その調停役を務める必要があった。そうした労力に対して,Torvalds氏は直接的な対価を得ていない。そうした苦労のあとにも「それがぼくには楽しかったから」というのである*1

ソフトを作るのは日曜大工と同じ

 オープンソースのソフトウェア開発者がソフトウェアを作る動機は何なのか。最も簡単な答えは,ソフトウェアを書くのが好きだからである。だから楽しいのだ。

 フリー・ソフトウェアのLinuxディストリビューションである「Debian GNU/Linux」の開発で活躍するVA Linux Systemsジャパン技術部開発・SIチームの樽石将人氏は言う。「プログラムを書くことは日曜大工と似たようなもの。今週末は何を作ろうかなという感じ」。報酬もなくなぜ働くのかと聞かれても困るわけだ。Linuxも初めは趣味で書かれたOSだった。

 オープンソース・ソフトウェアの開発者集団,つまりコミュニティにはさまざまな人がいる。ソースコードを読んで勉強する人,評価版をテストして不具合を報告する人,不具合を見つけて修正プログラム(パッチ)を送付する人,新しい機能を実装する人,ドキュメントの取りまとめや開発チームの調整役をこなす人――。なかには楽しいと感じていない人もいるかもしれない。

 米国と欧州では2002年に,オープンソースの開発者を対象にしたアンケートが実施されている(図1[拡大表示])。開発者の動機を聞いた結果では,米国のトップが「知的刺激を得るため」。つまり楽しいからだった。2番目は「スキルの向上」。これは欧州の結果のトップでもある。多くの人は個人的な動機でソフトウェアの開発に参加しているのだ。

 一方で,オープンソース・コミュニティの成り立ちを誤解している人もいる。「利他的なボランティア集団」というイメージである。そうした動機を持つ開発者も実際にはいる。しかし,それが多数ではないだろう。「ほとんどの開発者は自らのインセンティブがあってコミュニティに参加している」(Debian Project Official Developerの八田真行氏)。楽しい,またはスキルが上がるからというのが主な動機だ。

 今回,日本で活躍する12人のオープンソース開発者に会った。印象深かったのは,みな楽しそうだったことだ。なかにはプログラマの枠を越えて,オープンソースの普及活動を続けている人もいる。そうした活動も「楽しくなければ続かない」(Debian JP Project Vice Presidentの鵜飼文敏氏)のだという。

開発者にとって魅力がいっぱい

 オープンソースのコミュニティは実際に,プログラミングが好きな開発者にとって非常に魅力的である。まず一流のプログラムのソースコードを自由に見られる。世界で実際に動いているLinux,Sendmail,Apacheなどのソースコードを好きなだけ読めるのだ。

 ソースコードを読むことは,優秀なソフトウェア開発者になるために欠かせないことである。オープンソースの3Dグラフィックス・ライブラリ「じゅん」を開発したSRA先端技術研究所 執行役員オブジェクト指向技術担当の青木淳氏は言う。「小説を読まずに小説家になった人はいない。音楽を聴かずに音楽家になった人もいない。同じようにプログラムを読まずに優秀なプログラマにはなれない」。

(安東 一真)
Linuxディストリビューション
Debian GNU/Linux
樽石将人氏
VA Linux Systemsジャパン技術部開発・SIチーム
大学生時代からDebian GNU/Linuxの開発に携わった。レッドハットで組み込み用Linuxの開発に従事したあと転職し,現在に至る。Debian GNU/Linux開発版の致命的なバグをチェックするソフトウェア「apt-listbugs」を開発。
Linuxディストリビューション
Debian GNU/Linux
八田真行氏
Debian Project Official Developer
フリー/オープンソース・ソフトウェアのオピニオン・リーダーの一人。Debian GNU/Linuxの開発に携わる。Free Software Foundation(FSF)の日本語版Webサイトの管理者も務める。現在は大学院修士課程の1年生。
Linuxディストリビューション
Debian GNU/Linux
鵜飼文敏氏
Debian Project Official DeveloperDebian JP Project Vice President
大学生時代に,386BSDとLinuxをPC-9801に移植した。日本ヒューレット・パッカードに就職してから,Debianの日本語化を進めるDebain JP Projectを設立。2001年から日本Linux協会会長。
3Dグラフィックス・ライブラリ
じゅん
青木淳氏
SRA先端技術研究所執行役員オブジェクト指向技術担当
日本を代表するオブジェクト指向技術者。Smalltalkへの造詣が深い。じゅんは,ソフトウェアの価値を可視化する目的で開発。初めは個人として開発を始めたが,それを同社のSI事業にまで発展させた。