回線の帯域に合わせて符号化を変える

 IP電話では,回線の太さに合わせて外線と内線で符号化方式を変えて通信できる。符号化とは,音声をデジタル化する変換方法だ。符号化方式によって情報の伝送量は変わる。

 IP電話端末は,符号化方式としてISDNと同じ64kビット/秒で通信するG.711(PCM方式)を標準で持つ。ただ最近は,「画像と一緒に送るときなどのために8kビット/秒で通信するG.729(CS-ACELP方式)に対応する機器が多くなってきている」(G.729ライセンスの日本窓口である日本キャステム 技術開発部の青木実氏)。

 G.729は,G.711のPCM(Pulse Code Modulation)方式とは異なり,入力されたアナログ波形に近い波形をコードブックから選んでデジタル化する「CELP(Code-Exited Linear Prediction)」方式を応用したものだ。コードブックと呼ぶ波形のデータの集合体から,形が似ているものを探す。CELPはこのコードブックの検索のために,メモリー量や演算量が多くなってしまう。それを解消する仕組みを入れたのものがG.729が採用するCS-ACELP(Conjugate StructureAlgebraic CELP)だ。符号化方式は端末と端末(公衆網に出る外線の場合は端末とゲートウェイ)がネゴシエーションして決める注6)

 実際の運用ではG.729を外線に使うのか内線に使うのかについては考え方が分かれる。外線は顧客との会話に使うのだから非圧縮の64kビット/秒であるG.711を使う考え方もあれば,外線は低速の専用線を使うことが多いので8kビット/秒に圧縮して送るべきという考え方もある。現状では「64kビット/秒であるG.711を外線用に使うのが条件。内線はG.729を使うことが多い」(フュージョン・コミュニケーションズの平山義明氏)と言う。

遅延と音の良さはトレードオフ

 電話での通信を途切れさせないためにはネットワーク上でデータより音声を優先させなければならない。この優先制御はネットワーク構築の基本的なテクニックであり,一般的な実現方法は確立している。

 優先制御はIPでの通信であるレイヤー3とLANでの通信であるレイヤー2でそれぞれ異なる。レイヤー3で見るのは,IPヘッダーのTOS(Type of Service)フィールドだ。この部分で,パケットの優先度を決められる。TOSを用いた優先制御の方法はDiffServと呼ばれ,標準化されている。

 レイヤー2であるLANで優先制御する場合は,電話用のデータとパソコン用のデータを論理的に分ける(VLAN)方法が一般的だ。VLANごとに優先度を設定するのである。

 IP電話における優先制御というのは,音声のパケットを他のパケットよりも速く送ることである。言い換えればデータパケットの流れに音声パケットを割り込ませる。長いデータパケットが来れば,それを一定のサイズに分割(フラグメンテーション)して,分割したパケットの間に音声パケットを割り込ませるといった方法もある。そのため,どこか一つでも途中に介在する機器が音声パケットを優先して送ってくれない場合があると,他の機器で優先制御を設定しても効果が薄くなる。つまり,優先制御はネットワーク全体で設定すべきものといえる注7)

図6●音の良さと遅延はトレードオフ
音質を向上させるには,揺らぎ(ジッタ)や遅延を解消しなければならない。ところが,ジッタを解消するためにバッファを大きくすると遅延が生じてしまう。

 ここで言う音質とは,相手の声が遅れて聞こえる遅延や音が途切れたりよく聞こえないといったことを指す注8)。端末で音質を良くするための対策としては,届いたパケットを貯めておくバッファの調整がある。(図6[拡大表示])。バッファでは,順番が違うパケットを並べ替えたり,欠落したパケットをコピーして補ったり,パケットを送り出す間隔を揃えたりする。ただし,バッファを大きくすると,その分パケットを読み出すまでの時間が長くなり遅延が生じる。このようなトレードオフの関係があることから,回線品質に合わせたネットワーク機器や端末のバッファの調整が必要になる注9)

導入初期の不具合は避けられない

 見てきたようにIP電話技術はまだ枯れていないため,IP電話を導入した当初はトラブルが避けられない。独自プロトコルで内線のIP化を早くから進め全世界で6500社以上の導入実績を持つCiscoによると「導入当初は音声パケットの優先制御ができないなど,音声品質に関する不具合の相談が寄せられる」(カスタマーアドボカシー テクニカルサポート本部の大木聡本部長)と言う。同社のテクニカル・アシスタンス・センターに報告される不具合の種類を大別すると,音声品質の問題以外に,(1)発信・着信ができない,(2)通話の片側で音が聞こえない(片通話),(3)突然セッションが切断される,(4)通話が終わってもゲートウェイがポートを開放しないために着信ができない,といった問題があるという。もっともこれらの障害は,あくまでも初期に起こることで,導入後さまざまなチューニングを施すことで解決できるという。

 サポートについては,パートナーであるシステム・インテグレータやベンダーが対処するのがほとんどだ。「電話はつながって当たり前という認識がある。確立された既存の電話技術と違い,IPの仕組みを使うために回線品質やネットワーク機器の品質,相性にも左右されるIP電話のメンテナンスは大変」(CiscoのIP電話機を製造する三洋マルチメディア鳥取 FAX・電話技術部VoIP技術課の山下隆弘担当課長)。

 もう一つ,これまでの電話にはなかった心配事がある。セキュリティだ。「IP電話はIPで通信することのメリットとともに,インターネットと同様のセキュリティ上の不安も抱えることになる」(岩崎通信機 開発本部ソフト技術部の伊縫雅典次長)。インターネットにつながるパソコンと同じように,ウイルスを送られたり,セキュリティ・ホールが攻撃される危険性にさらされることを理解しておく必要がある。