この連載記事の一覧へ

 4月12日土曜日,9時ののぞみで京都へ向かった。2000年以来,毎年春に開催している京都情報化研究会に主宰者兼スピーカー兼モデレータとして出席するためだ。今年は30人が参加。東京から11人,名古屋・福岡からそれぞれ1人,あとは関西の方だ。

 京都にはNTT西日本やNTTコミュニケーションズの若手社員を中心とする,情報化研究会京都組の人たちがいる。毎年,京都組の方に会場の手配や当日の準備などを手伝っていただいている。

 今年の会場は三条烏丸の新風館(http://www.shin-puh-kan.com/)。この建物は大正15年に電話交換所として建てられた,京都電話発祥の地だ。2001年に烏丸通りに面する正面部分の建物を保存し,内側の建物を建て替えて新風館として生まれ変わった。

 研究会で借りた部屋は保存された古い建物の3階にあるギャラリーだ。もちろん内装はリニューアルされ,白い壁とフローリングのさっぱりした空間になっている。

 研究会のテーマは「広域イーサネット/IP電話で企業ネットワークを革新する」。この,電話にとって歴史的な場所で電話をなくしてしまう話をするのだ。

鳴り分けの意外

 講演の内容はIP電話とIPセントレックスが中心だが,ここだけの話,というのを取り混ぜて話した。これらについては,このコラムでも何回か取り上げたので内容は省略する。面白いのは質問や議論だ。それらの中からいくつかを紹介しよう。

 まずはミクロな質問から。「IPセントレックスは鳴り分けが出来ますか?」。

 質問されたのは東京から参加されたAさん。京都研究会では最年長で,毎年参加されている。電話関係の経験が長い方だ。「鳴り分け」と聞いても,コンピュータ関係の仕事をされている読者の方には,何のことか分からない人も多いのではないだろうか。
鳴り分けとは電話が着信してベルが鳴る時に,外線からの着信と内線からの着信で音を変えることだ。

 IPセントレックスでは鳴り分けは可能だ。筆者は会社で電話を取る時,外線か内線か分かったうえで取っている。外線なら会社名と名前を言うし,内線なら部門名と名前を言う。ところが,社内で電話すると鳴り分けを区別してない人が意外に多い。内線でかけているのに,相手は会社名からはじめて,すごく丁寧な受け答えをする。社内でも丁寧なことはいいことなのだが,会社名を名乗られると余分だなあと思ってしまう。

 鳴り分けを区別できていない人はいるのだが,電話のプロに言わせると鳴り分けは必須の機能だという。さらに意外な発言が飛び出した。通信事業者が提供している仮想内線サービスというのがある。通常の電話回線を使っているのだが,会社の事業所間で市外局番をダイヤルせず,内線番号で通話できるサービスだ。この仮想内線サービスの中に鳴り分けのできないものがあるという。意外な弱点があるものだ。

050番号の意外

 周知のように昨年,総務省はIP電話への050で始まる11桁の電話番号の割り当てを始めた。既にこの番号を使ったサービスが複数のプロバイダで始まっている。現時点のIP電話は,IP電話から一般電話への発信やIP電話同士の発着信はできるものの,一般電話からIP電話への発信はできない。NTTの電話交換機が050番号を受け取っても,どこへ着信させていいか分からないからだ。これができるようになるのは,NTTの電話交換機でのル−ティング対応が完了する今夏以降となる。

 では,NTTの電話交換機の050番号対応が完了しさえすれば,一般電話からIP電話へ発信できるようになるのだろうか。ここに落とし穴があった。

 最前列に陣取っていた女性のネットワークSEであるBさん曰く,「PBXは050番号を通せませんよ」。Bさんは若いが,PBX関連の経験が豊富な人だ。PBXは電話番号のダイヤル終了を桁数で判断している。電話番号は03・1234・5678と10桁だから,PBXは10桁目を受信するとダイヤルが終わったと思って信号を送る。ところが050番号は050・1234・5678の11桁だ。10桁受信したところで終わりとみなされると最後の番号が送られず,NGとなる。PBX配下の電話機から050へ発信できるようにするには,PBXの設定を変更し,050の場合は11桁でダイヤル終了を判断できるようにせねばならないのだ。意外なところにチェックポイントがあるものだ。

分かってもらえぬ意外

 最後に取り上げるのは,Cさんのマクロな質問。「IP電話で3分8円になっても,大企業はマイラインでかなり通話料を安くしているので,IPセントレックスを導入してもコストメリットはないのではないか?」

 この質問はショックだった。私の話のポイントを理解していただいていないからだ。IPセントレックスの第一の目的は,企業ネットワークのコストで大きな比重を占めるPBXをなくすことだ。通話料削減ではない。設備コストの削減が目的なのだ。講演の最初にPBXレスということを説明したのだが・・・。

 研究会という気楽な場でもあり,「Cさん,ちっとも分かってないですね。」と冗談半分に言って,あらためてIPセントレックスの目的を説明した。

 そして考えた。なぜCさんはIPセントレックスの目的を通話料削減と取り違えたのだろうと。思い当たったのは次のようなことだ。東京ガスの事例に触発されて通信事業者を中心にIPセントレックスを始める事業者が相次いでいる。筆者もこれらの事業者の提案書をいくつか眼にしたことがある。これらの多くに共通する手法は,PBXの存在を前提とし,ゲートウェイでPBXをIPセントレックスに接続するパターンをメインに考えるというものだ。こんなIPセントレックスなら,PBXレスは目的とはなりえず,通話料削減を目的にするしかない。

 おそらく,Cさんはそんな事業者のIPセントレックスの話を何度も聞いて,それがIPセントレックスであると思いこんでいたのだろう。せっかく私の新著,「企業ネットワークの設計・構築技法−広域イーサネット/IP電話の高度利用」を購入していただいているので,「もう一度,10章のIPセントレックスの設計・構築技法を読み直してください」とお願いしておいた。

 「IPセントレックス」という言葉が同じでも,コンセプトや具体化できる効果は全く違う。言葉という形式的なもので実質を見誤らないようにしたいものだ。

「分からない」と言うことの大切さ

 打ち上げはギャラリーと同じフロアにある創作和食の店,Kilalaで行った。しゃれた器でおいしい料理とお酒を楽しんだ。元気のいい若手の話が面白かった。

 翌日曜日はたまたま御所の一般公開の最終日だったので,京都に泊まった3人で見学に出かけた。今回の京都研究会では,昨年時期が遅くて見られなかったしだれ桜を是非見たいと思っていた。御所で素晴らしいしだれ桜に出合った。樹齢の古い,大きなしだれ桜で,ちょうど今が満開。優美な女性のきもの姿を思わせるしだれ桜はやはり京都によく似合う。御所に入ったのは初めてだったが,重厚な中にもつつましさを感じる建物や端正な庭園が素晴らしいと思った。特に感心したのは庭の池。池のほとりから中の方へ石が敷き詰めてあり,水に触れられるようになっている。そして,この池の水が美しいのだ。理由は水に流れがあるからだ。土地はまったく水平で傾斜は感じられないのだが,水はゆっくりと流れている。

 3人でそぞろ歩きながら話をしていたとき,どんな脈絡から出たか忘れたが,先の女性SEのBさんが口にした言葉が印象に残った。「分からない時には分からないと言うことが大切ですよね」。この当たり前のことがなかなかできないのだ。分からないことを分からないというのは,根底に自信を持ってないと難しいかもしれない。商談を進めるにしても,設計をするにしても,相手の言っていることが分からなければ,分からないと言わなければ仕事にならない。分かったふりをしたり,分かったつもりでいると,後で大変なトラブルになったり,大きな手戻りが生じたりする。こんなこと聞いて馬鹿にされないだろうか,などと考えるのは自信のない人にありがちなこと。分からないことを分からないという人の方が信用されるものだ。

 困るのはCさんのように,「分かっていない」ことを分かっていないこと。こんな時は相手が気づいてあげて,先入観や誤解を取り除いてあげねばならない。分かってないことが分かる,というのは大したことなのだ。

(松田 次博)

この連載記事の一覧へ

松田 次博:情報化研究会主宰。1984年より,情報通信に携わる人の勉強と交流を目的とした情報化研究会(www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)を主宰。著書にVoIP構築の定番となっている技術書「企業内データ・音声統合網の構築技法」や「フレームリレー・セルリレーによる企業ネットワークの新構築技法」などがある。NTTデータ勤務。趣味は,読書(エッセイ主体)と旅行。