時間を要する仕様の標準化
コストの次に課題となるのが,仕様の標準化である。ICタグの標準仕様はまだ固まっていない。
ICタグの仕様は,次の3要素からなる。1番目は,タグとスキャナ間の物理的な通信仕様。2番目は,ICタグのIDの共通フォーマットと,そのIDを持つ商品の属性情報を調べる仕組み。3番目は,各業界で商品のどのような属性を管理するか――である。
1番目の物理的な通信仕様は,標準規格があるのは13.56MHz帯だけ。ISOの国際標準が定められている注2)。2.45GHz帯については現在ISO18000の名称で標準化が進められている。もっとも暫定仕様は固まっており,2003年内にも国際標準になる見込みである。
写真1●ICタグの実用例 意外に身近な場面で使われ始めている。 |
IDの共通フォーマットと商品属性を調べるための仕様については,現在,2種類のコンソーシアムが標準仕様を開発している。米MIT(Massachusetts Institute of Technology)大学が中心となって設立された「Auto-ID Center」と,東京大学大学院情報学環の坂村健教授のTRONプロジェクトを中心に国内ベンダーなどが参加する「ユビキタスIDセンター」である。Auto-ID Centerの規格を採用したICタグとしては,大日本印刷が工場でのコンテナ管理に用いたものがある(写真1[拡大表示]参照)。
細かい違いはあるものの,2種類の仕様は似ている。
どちらのIDもベンダーコードと商品コード,商品個別のシリアル番号などからなる。「両方の規格が並存することになっても,それぞれに互換性を持つシステムを構築できるだろう」(大日本印刷ICタグ事業化センターの石川俊治 副センター長)。
図6●Auto-ID Centerが標準化を進めている仕様 ICタグには,「EPC」と呼ぶID情報だけを格納する。Savantと呼ぶソフトウエアが,EPCを読み取り,その商品の属性情報を格納するPMLサーバーの所在をONSサーバーに問い合わせる。次にPMLサーバーに問い合わせて,商品の属性を調べる。 |
商品属性を調べる仕組みは,Auto-ID Centerの場合で次のようになる(図6[拡大表示])。ICタグのID(EPCと呼ぶ)を読み取るコンピュータでは,Savantと呼ぶソフトウェアが動く。Savantは,商品属性を保持するPML(Physical Markup Language)サーバーの所在をまず調べる。PMLサーバーの所在はインターネット上のONS(Object Name Service)サーバーで管理されている。ONSサーバーは,IDと,そのIDの商品属性を管理するPMLサーバーのアドレスとの対応表を管理している。DNS(Domain Name System)サーバーと同じような役割だ。Savantは,ONSサーバーにIDを送信してPMLサーバーの所在を調べ,PMLサーバーから商品属性を取り出す。
ユビキタスIDセンターもこれと同じような仕様を規定している。ただしユビキタスIDセンターでは,ICタグそのものが商品属性を保持することも認めており,ONSなどのサーバーにアクセスせずに属性を調べる仕組みも規定している。
標準化に最も長い時間がかかりそうなのは,3番目の業界ごとの標準規格である。メーカー,流通,小売店といった異なる業種の企業間で仕様を共通化していくのは一筋縄ではいかない。業界ごとの地道な努力が必要になる。
金属や水による悪影響が避けられない
ICタグには,運用面での課題もある。
まず金属の問題。ICタグは一般に金属があると悪影響を受けやすい。ICタグとスキャナの間に金属があると,どの周波数の場合でも通信はほぼできなくなる。磁界も電波も金属に吸収されてしまうからだ。2枚のICタグが,ぴったりくっついた場合でも,ほとんど読めなくなる。これは,スキャナとICタグの間に金属が入らないようにするなどして,運用で工夫するしかない。
ICタグの背面に金属がある場合でも悪影響を受ける。これは,スナック菓子や冷凍食品のアルミホイル・パッケージ,缶飲料などにタグを付ける場合に深刻な問題となる。電磁誘導方式の13.56MHz帯の場合,背面に金属があると,磁界がアンテナの周りを通らなくなるので致命的。金属から1cm程度距離をとる,フェライトなどをタグの背面に付けて磁界を通す,といった工夫が必要になる。
一方の2.45GHz帯の場合は,背面に金属があるとアンテナの同調がずれて通信できなくなる場合がある。ただし,少しでも金属が離れていれば,影響は小さくなる。
2.45GHz帯で大きな影響を与えるのは水である。2.45GHz帯の電波は水に吸収されてしまうからだ。例えばペットボトルに付けた場合,背面からスキャナを当てても読み取れない。ICタグをペットボトルの両側に付けたり,スキャナを複数の角度に設置したりする工夫が必要になる。
精度は100%にはならない
こうした影響などから,ICタグの読み取り精度は「100%には決してならない」(大日本印刷の石川氏)という制約もある。複数の商品をスキャナに通した場合,いくつかは読み落とす可能性が常にあるということだ。「たまたま蛍光灯が点灯されて,それが出す電波の影響で読めなくなるといったことがあり得る」(大日本印刷の石川氏)。
これも運用でカバーするしかない。例えばハンガーにつった衣服の検品を自動化するなら,一度に通す衣服の数を固定する。スキャナで読み取った数が合わない場合はもう一度読み直すのである。ICタグの応用例として,ショッピング・カートをレジに通すと,自動的に精算が済むというものがある。その実現は実際にはかなり難しい。
精度は100%にはならないことから,同時読み取り機能を省いたICタグもある。日立製作所のミューチップである。「同時読み取り機能を搭載すれば,それだけチップサイズが大きくなり,コストが高くなる。一つずつタグを読み取る手間をかけてでも,安いタグが欲しいというニーズに応えたい」(日立製作所ミューソリューションズベンチャーカンパニーの大木優部長)という。
プライバシー保護にも課題
多様な製品にICタグが付くようになると,プライバシー保護の懸念も出てくるだろう。
購入した商品が,自分の預り知らぬところでいつの間にか読み取られている――。これを歓迎するユーザーはいないだろう。通信距離はせいぜい1~2mなので,実害はそれほど大きくないかもしれない。それでも何らかの防御策が必要だろう。
Auto-ID Centerは,商品を購入したあと,ICタグの機能を止めるコマンドを仕様として定義する方針である。これを活用すれば,例えばスーパーなどの店頭にタグの機能を止めるためのスキャナを用意しておける。
しかし,これだとネットワーク家電などの発展を阻害する可能性がある。家に持ち帰るともうIDを読めないからだ。リサイクル時の利用も難しくなるだろう。
プライバシー保護の問題はICタグの適用領域が広がるほど大きな問題となりそうだ。