記録ビットの小型化で高密度化

図3●高密度化の基本原理
記録ビットの物理的な面積が小さくなれば,それだけ多くの情報を記録でき,容量を増やすことができる。記録ビットの大きさは,記録用ヘッドの性能で決まる。ただし,記録ビットを小さくすると読み取り用ヘッドの感度を高めなければならない。メディア側ではノイズ対策が必要になる。

 記録密度の向上は,新しい技術を次々に投入するというよりは,既存の技術を改良する形で進められてきた。

 現行の記録方式は面内記録方式または長手記録方式と呼ばれる。現在,ディスク1枚当たりの容量は80Gバイトである。これを記録密度で言い換えると,60Gbpsi程度である。面内記録方式は,20G~30Gbpsiあたりからすでに限界が近いと指摘されていた。だが,「既存技術を継続的に発展させることで,その時点での限界を突破してきた」(日立製作所 ストレージ事業部 製品企画部 部長の森部義裕氏)という。

 記録密度の向上とは,同じ面積により多くの記録ビットを設けることである。メディア上にデータを記録できる面積は,ディスクの大きさが変わらなければ同じである。つまり,記録ビットの物理的サイズをより小さくすれば,より多くのデータを記録できる。具体的には,記録用ヘッドがメディアに当てる磁力線の範囲を狭める。「磁気には広がりがあるため,データ記録のために磁化したいエリアの外に漏れてしまう磁気をなくすために磁束を絞る」(TDK 千曲川第1テクニカルセンター 情報技術研究所 磁気記録技術グループ リーダーの松崎幹男氏)のだ。これが可能なヘッドを開発することにより,記録ビットを小さくしてきた(図3-a[拡大表示])。

MRヘッドで読み取り感度を向上

 ところが,記録ビットを小さくして高密度化を図ると,弊害が生まれる。記録ビットが小さくなると保持する磁力自体も小さくなるため,情報を読み取る際のヘッドの感度を上げなければならない(図3-b[拡大表示])。

 かつては,磁性体にコイルを巻きつけたヘッドが読み取り用に用いられていた。記録ビットの磁力を利用した起電力で情報を読み取る。これをインダクティブ・ヘッドという。ただ,記録ビットがある程度以上の磁力を持っていないと情報を読み取れないため,あまり記録ビットを小さくできなかった。

図4●読み取り用ヘッドの構造
メディア上の磁気情報を電気抵抗としてとらえるMR効果を利用したヘッドが現在の主流。かつてはMRヘッド,現在はGMRヘッドが用いられており,将来的にはTMRヘッドの開発が進んでいる。ヘッドの磁界の向きは,メディア面に対して垂直方向である。電流の向きは,ヘッドの種類によって異なる。MRヘッド,GMRヘッドの電流は導電体の中を流れる(図では手前から奥)。TMRヘッドでは,電流はヘッドを構成する膜を貫通するように流れる(図では右から左)。

 そこで開発されたのがMRヘッドである(図4-a[拡大表示])。MRとはMagneto Registiveの略。外部の磁界によって向きが変わる磁性体で導電体をはさむと,メディア上の磁界の影響で導電体の抵抗値が変わる「MR効果」という現象を利用したヘッドである。MRヘッドは,インダクティブ・ヘッドと比べて磁力が弱くても情報を読み取れるため,記録ビットを小さくできる。

 記録ビットをさらに小型化するためには,より感度の高いMRヘッドが必要になった。現在主流のGMR(Giant Magnetoresistive)ヘッドは,MRヘッドより高いMR効果を持つ。

 外部磁界の影響で変化する抵抗値を情報として読み取る点はMRヘッドと同じだが,反強磁性体を用いることにより導電体をはさむ磁性体のうち一つの磁界の向きを固定したのがポイントである。これにより,外部磁界の影響をより高い感度で抵抗値の変化として取得できるようになった。

 MRヘッドの実用化は1990年代に入ってすぐのことで,GMRヘッドは1997年から1998年にかけてハードディスクに搭載されるようになった。GMRヘッドにより,数Gバイト程度だったディスク1枚当たりの容量は10Gバイトを超える時代に突入した。それ以来,GMRヘッドは基本構造を変えることなく,MR効果を高めることで記録密度を上げてきた。「GMRヘッドは膜の構造や材質を変えることで,より効率的なMR効果を追求してきた」(TDKの松崎氏)。また,電気抵抗の変化を「ヘッド内で特にMR効果の高い部分に絞りこんで抵抗値を読み取るような工夫」(同)も加えてきた。素子全体を絶縁体である極薄酸化膜ではさみ,電子が外に抜けてしまうのを防ぐスペキュラ型GMRヘッドなどはその一例だ。現在の80GバイトディスクもこうしたGMRヘッドの技術革新によって実現されている。

 ポストGMRの技術としては,TMR(Tunnel Magnetoresistive)ヘッドの開発が進行中だ(図4-c[拡大表示])。これは,GMRヘッドとは異なり,ヘッドを構成する複数の層を突き抜けるように電流を流す。反強磁性体と二つの磁性体を使う点は同じだが,その間に絶縁体をはさむ。絶縁体の膜を薄くすることで,これらの層を電流が貫通するように流れるのをトンネル効果という。こうした構造にすることで,GMRヘッドよりも高いMR効果を得られる。

 ただ当面はGMRヘッドが用いられる見込みだ。2000年当時は,2003年にはTMRヘッドが実装されると見られていた。だが,GMRヘッドの改良が進みTMRヘッドとの差が縮小していることや,開発資源がGMRヘッドに多く投入されていることなどにより,TMRヘッドの実用化時期は明確になっていない。

磁性体粒子の改良でノイズ対策

 高密度化は,読取りヘッドの高性能化を要求するだけではない。記録ビットが小さくなると,ノイズの影響を受けやすくなるという一面も出てきた。

 メディア上には六角柱の形状をした磁性体の粒子が並んでいる。「一つの記録ビットにつき,数百個の粒子を磁化する」(日立製作所 中央研究所 ストレージ研究部 部長の高野 公史氏)ため,記録ビットは図5[拡大表示]のようになる。磁化された区域は,メディア盤面上ではギザギザに入り組んだ形状になるため,大きく入り組んだ部分ではノイズが発生する。これを磁化転移点ノイズという。また,隣接する粒子から反対方向の磁界の影響も受けてしまう。

 これらを回避するには,磁性体の形状を変える必要がある。磁化転移点ノイズ対策としては,粒子の粒径を小さくすることで入り組んだ部分を減らす。また,記録層の膜厚を薄くすることで粒子の高さを低くし,隣接するビットからの影響を受けにくくなるよう,メディアの改良が進められている。

 粒子の大きさは,20Gbpsi(メディア1枚当たり約30Gバイト)の記録密度では平均的な粒径が13nm(1nmは1mmの百万分の1)で,高さ(膜厚)は17nm程度だった。「100Gbpsiを実現しようとすると粒径9.5nm,膜厚10nmまで小型化する必要がある」(日立製作所の森部氏)という(図6[拡大表示])。

図5●メディア上の記録ビットの模式図
記録ビットは磁化された数百の磁性体粒子の集まりである。きれいな形にはならないため,入り組んだ部分がノイズ源になりやすい(磁化転移点ノイズ)。隣接する磁性体からの影響(反磁界の影響)も読み取りにくさにつながる
 
図6●磁性体粒子の大きさはナノ単位
高密度化するほど,ノイズによるエラーを避けるために磁性体粒子のサイズを小さくする必要がある。すでにナノメートルの世界に入っており,100Gbpsiを実現するには10nm以下の結晶を作る必要がある。
(仙石 誠)