2003年2月,インクジェット・プリンタやプリンタ複合機の新製品が相次いで登場した。単機能のプリンタは,年賀状需要を想定した年末商戦の本道的な製品構成とは一味違うアプローチを採るものが出てきた。また各社がプリンタ,スキャナ,コピーなどの機能を一体化した複合機を投入した。

顔料インクで普通紙印刷を美しく

 セイコーエプソンの目玉は,すべての色に顔料インクを採用したプリンタ「PX-V700」である。価格は2万6800円。同社は2002年3月に,顔料インクを採用した「PM-4000PX」という製品を出しているが,こちらはA3ノビサイズ対応。A4判の用紙に印刷する,一般家庭向けの機種に顔料インクを全面採用するのは初めてだ。

 顔料インクは,多くのインクジェット・プリンタが使用する染料インクとは性質が違う。染料インクは,色材が水溶性の溶液に溶けている。紙に吹き付けられると,色材も紙に吸収される。一方顔料インクは,色材が溶液に溶けていない。顔料の粒が紙の表面に付着して色を付ける。この性質は,染料インクに比べて大きく二つの利点を持つ。

写真1●顔料と染料の印刷結果の違い
同じデータ(左)を同じ普通紙に印刷しても,顔料(右)は染料(中央)に比べてくっきり印刷できる。

 一つは,紙の種類が変わっても印刷結果がそれほど変わらないことだ。染料は,あまりインクを吸い込めない普通紙ではきれいに印刷しにくい。余ったインクが横の繊維にも広がって他の色と混じり,にじんでしまう。また,紙の表面にインクが残りにくく,発色が悪くなる。裏写りもしやすい。顔料は,紙の表面に残るためにじみが少なく,くっきりと印刷できる(写真1[拡大表示])。

 もう一つは,印刷結果が劣化しにくいこと。染料インクは水に濡れるとにじんでしまうが,元々水に溶けない顔料にはその心配はない。また染料は溶液に溶け出した個々の分子が,光や大気中のガスに長期間さらされると反応し,色があせてしまう。顔料は粒の形で残っているため,粒の外側がたい色しても内側には色材が残るのだ。

 このように利点の多い顔料インクだが,プリンタに使うのは難しい面がある。(1)写真印刷に向かない,(2)紙にうまく色材が乗らない,(3)ノズルが目詰まりしやすい,という性質があるのだ。

図●セイコーエプソンが開発した顔料インク
普通紙は,耐水性を高めるために製造工程でサイズ剤という物質が使われる。一方顔料の周りには,溶液となじみやすくするために親水性の成分が使われている。これをそのまま普通紙に落としてもうまく乗らない。このため疎水性の成分の量を増やし,普通紙になじむインクを開発した。

 PX-V700はまず,写真印刷をあきらめた。顔料インクで印刷した写真は,平板な印象を与える。写真の持つ光沢感を再現できないのだ。写真印刷に使う光沢紙は表面が平らなので,光が全反射して光沢感が出る。顔料インクを使うと表面に残った色材によって微少な凹凸ができ,光が乱反射する。このため,光沢感が出にくい。実際,写真画質をうたうPM-4000PXでさえ,光沢紙印刷には対応していない。今回のPX-V700も,普通紙印刷を目的としている。

 (2)は,普通紙にサイズ剤という疎水性の物質が使われているのが原因だ。顔料は,インクの中でなじむように粒の周囲を親水性の物質が覆っている。このため紙が粒をはじいてしまう。セイコーエプソンは顔料の粒の周囲の疎水性の成分を強くして,紙にくっつきやすいインクを開発した([拡大表示])。

 (3)は,溶液に溶けずに残っている粒子がノズルにたまりやすいために起こる。この問題は,「インクを噴出するよりも弱い力で細かくノズルを振動させ,顔料を拡散した。これで,染料と同程度に目詰まりしにくくなった」(セイコーエプソン情報画像事業本部情報機器企画設計部の倉島憲彦課長)。

小ささを追求したキヤノン

 一方,小型化に力を注いだのがキヤノンの「PIXUS 50i」だ(写真2[拡大表示])。同社は以前から小型のプリンタを発売していたが,「今回は中身を一から設計し直した」(キヤノンiプリンタ開発センターiプリンタ第三設計部iプリンタ31設計室の井上博行室長)。

 PIXUS 50iは,既存の「BJ S330」を小型化したものだ。小型化のポイントとなったのは,印刷ヘッドの高さ。特にその大部分を占める「インクが流れる経路を短縮し,インクを蓄えるカートリッジの構造を効率的なものにした」(井上氏)ことによる効果が大きい。結果として,従来の1/3のサイズのカートリッジに,従来の7割の量のインクを入れることができたという(写真3)。

写真2●PIXUS 50i
外形寸法は幅310×奥行き174×高さ51.8mm。価格は4万4800円。B5サイズのノートパソコンと並べても大きさはそれほど変わらない。バッテリ駆動も可能(バッテリ,充電器はオプション)。
 
写真3●PIXUS 50iとBJ S330の印刷ヘッド
50iのヘッド(右)は,S330(左)に比べて1/3~1/4に小型化できた。ここに,S330の70%の量のインクが詰めこまれている。

各社が力を入れる複合機

 これら2機種以外では,プリンタ複合機の新製品が続いた([拡大表示])。インクジェット・プリンタ市場における複合機のニーズは高まりつつある。その理由の一端は,パソコン・ユーザー層が拡大し,プリンタやスキャナをより手軽に使いたいユーザーが増えてきたことにあるだろう。これまで複合機は多機能で高額なものが多かった。今回の新製品では,安価で身近なものが出てきた。

 小型化し,低価格化を図った日本ヒューレット・パッカードの「hp psc 1210」がその一つだ(写真4)。外形寸法は,幅426×奥行き259×高さ170mm。同社によれば,複合機としては世界最小だという。スキャナ部のセンサーにはCIS(Contact Image Sensor)を採用した。CCDに比べて必要な部品が少ないため,低価格化,小型化に貢献した。

表●2003年2月に発表されたプリンタ複合機
低価格で小型なものから高機能なものまで,選択の幅が広がった。顔料インクを使うものやCD-R印刷機能を持つものなど,さまざまな特徴を持つ。
 
写真4●hp psc 1210
CISを搭載し,プリンタのエンジンも小型なものを採用することで筐体を小型化した。

(八木 玲子)