「伝える」テクニック

 ここまでは説得力のある提案書を作ろうとした場合の中身について述べてきた。これらの点を注意すれば,十分な説得力のある提案書を作成できるようになるはずである。

 しかし,せっかくの内容も相手に伝わらなければ意味がない。そこで「伝える」ためのテクニックについても触れておく。

目を引く図表を豊富に使う

 プレゼンには「3秒ルール」というものがある。あるページを見せたときに,3秒以内にそのページで伝えたいイメージがわかるようになっていなければならないというものだ。検案書も同様に,(1)数で比較できるものは円グラフや棒グラフなどのグラフを使う,(2)項目で比較するものは○×の表にする,(3)説明をする場合は,その説明の内容が想像できる挿絵などを入れるなどの工夫が有効である。

 このうち挿絵は,例えば「会社にとって有益なこと」を説明するのであれば「喜んでいる人」や「躍進をイメージさせるビジネスマン」を入れる。同様に,疑問を提示するページでは「大きな疑問符を入れた挿絵」を,取引先や社外に対して損害を与える危険性を説明するなら「平謝りに謝っている挿絵」を,自社に損害を与える危険性を示唆するページでは「嘆いている挿絵」を入れればよい。そのページで訴えたい要点について,内容を吟味しなくても容易に想像してもらえるようにするのが得策だ。これは,実際の内容を理解するうえで大きな助けになる。

 一般に,このような挿絵を自分で描く必要はない。ほとんどの場合,市販で入手可能ないわゆる「素材集」と呼ばれる商品に含まれている。値段も手頃なので,これらの素材集を有効に活用ればよいだろう。これらの素材の組み合わせや若干の修正などで,十分な効果を得ることができる。

ワープロは使わない

 稟議書は,ワープロ・ソフトを使い,A4サイズで1枚といのが当たり前というケースをよく見かける。すでに理解を得て,導入が決定している場合の稟議書はこのようなものでも構わないだろう。

 しかし,新しいモノを導入するための稟議書は,提案書でなければならない。できれば,ワープロを使い,長い文章で説明したものよりも,マイクロソフトのPower Pointなどのプレゼンテーション・ソフトで見栄えよく作ったものの方がよい。ワープロで作成した提案書は,ワープロの特性である「自由長の文章を書き連ねるのに便利」なことや,「焦点の定まらない書き方が許される自由度の高さ」が逆にわざわいする。

 これに対して,プレゼンテーション・ソフトは,どうしてもページ当たりの情報量が少なくなるため,焦点を定めた要点だけを記述せざるを得なくなる。また,意味のある一塊を1ページに収めるための集約的な作業を行う必要がある。結果として,ワープロよりも自然とわかりやすい資料が完成することになる可能性が高い。

文章は個条書きにする

 要点を得なかったり焦点の定まらない提案書は,見る立場からすると,どこに注目すればよいのかわかりにくい。相手を煙に巻く目的であれば,これでもよいが,新しい提案に対する理解を得ようとするなら,まずいやり方だと言わざるを得ない。

図3 提案書を作成する場合,個条書きから始めたほうがよい
 そこで,まずは文章として書きたいことを個条書きにすることから始める(図3)。しかも,個条書きで書き出す際に,段付けすることで構成を構造化する。こうすれば,大ざっぱに概略を把握したいときは5分程度,きちんと内容を理解するには10分程度,そして詳細に検討会などで説明するときには30分程度で収まるようにすることができる。この形式は,提案書を事前配布する場合でも,理解を早めるのに都合がよい。

1ページ3~5分を目安に

 人が,一つのまとまった情報について検討・理解する場合,情報量には限度がある。限度を越えると,どこか把握できない個所が出てきたり,曖昧になったりする。もしくは,そのような気がしてくるものだ。おおよそこのような境界は,口頭で説明する場合に3~5分の内容量だろう。もし,提案書の1ページ当たりの情報量が,これを超えていれば,1ページに情報が詰め込みすぎ,理解しにくくなっている可能性があると考えてよい。

 逆に,1ページを口頭で説明する場合,2分を切ってしまうような内容だと,ページの内容が十分な情報のひとまとまりになっていない可能性が高い。このようなことがないように,提案書のラフができた段階で,検討会で実際に説明しているつもりになって,ページ単位の情報量の過少をチェックしておく必要もある。

政府や同業他社の事例を 参照する

 日本人の特質として,政府の取り組みや,テレビや新聞などで紹介された事例,同業他社の事例があると,「他社や権威筋がやっているのだから」と提案を受け入れやすくなる。提案書を作成する場合は,まず最初にこのような事例や取り組みが紹介されたことがないかを十分に調査し,過去の事例との比較を織り交ぜた構成にするとよい。もし,同規模の同業他社の事例が見つからなかったり,そのような取り組みをしている同業他社が少ない場合は,自社が先駆けることによる顧客や取引先に対する営業的なメリットや,競合他社に対する事業的なアドバンテージを提案書に謳うことを検討しよう。

図4 正反対とも思えるインターネットと社内LANの特徴

具体的に何にたとえるか

 以上,一般的な考え方も含めて,提案書の書き方について説明した。

 セキュリティに関する提案を成功させることに限定すると,最も重要なキーポイントは「必要性を理解してもらう」ことである。そもそもこれを理解してもらえなければ,先へは進めない。このためには,すでに常識として定着している実社会の機構でたとえるのが一番だ。

 では,いったい何にたとえれば理解してもらえるのか。次は,これについて考えてみよう。

インフラとしての特性を考える

 IT活用は,インターネットへの接続が不可欠である。特定の取引先(または取引先グループ)とだけ専用線でつなげばよい,という考えは過去のものだ。汎用的なルートとしてインターネットというインフラを利用し,かつセキュアな環境を構築しなければ,コスト・メリットはほとんど得られない。

 そこで,まずはインターネットの特性を改めて考えてみる。これはいうまでもなく,(1)世界中とつながっている,(2)安価に接続できる,(3)自由に情報を公開し,送受信できる,ということだ。そして,このような特性を持つインターネットが,(1)アクセスできる場所が限定されている,(2)アクセスできる人間が限定されている,(3)公開できない情報が大量に存在する,などの特性を持つ社内LANと接続される(図4)。

図5 筆者はセキュリティ機構となるゲートウェイは国際空港にたとえられると考える
 大ざっぱに言えば,正反対と言ってもよい特性の差を埋めるのが,ゲートウェイと呼ばれる機能である注1)。ゲートウェイがセキュリティ対策の役目を果たす。この関係を図に示したものが図5[拡大表示]だ。筆者は,インターネットという世界への窓口として,ゲートウェイ機能は国際空港の役割を果たしていると見ることができると考えている。

たとえを検証する

 では,この国際空港のたとえが,どの程度正確なのかを検証してみよう。国際空港では安全を最優先に,(1)滑走路および発着便の運行管理,(2)渡航者の出入国管理,(3)動植物の検疫(持ち出し,持ち込みとも),(4)税関手続きなどを行っている。このうち,運行管理はゲートウェイが行う通信管理に相当し,税関手続きは現在のインターネットでは行われていない。

 残る2項目は,まさしくセキュリティそのもので,その内容は(1)出国者が正しくその出国者であることを確認,(2)入国者が正しくその出国元から来たことを確認,(3)入国者が正しく入国するための許可がなされていることを確認,(4)入国者の身元が正しいことを確認,(5)銃器や爆発物などの危険物が入出国しないように監視,(6)モノが正しく入出国してよいものであることを確認,(7)人やモノの入出国に際して危険な疫病に汚染されていないことを確認することである。

 国際空港の人をWebアクセスやFTPファイル転送,モノをメールやダウンロード/アップロードするファイルなどの情報,危険物を不正アクセス行為,疫病をウイルスに置き換えると,そのまま立派に「IT活用としてのセキュリティ対策」として必要不可欠な項目に変身する。見あたらないのは盗聴に対する配慮ぐらいだが,これは税関手続きや検疫時に開封されたり,運送中に第三者にのぞかれる恐れのある国際郵便などを考えれば,起き得る事象や危険度が似ているだろう。

たとえを応用する

 このように考えると,国際空港業務の様々な事象は,かなりITセキュリティと類似している。空港業務がITセキュリティで何に該当しているのかを考えてみるのは,提案をスムーズに行うためのよい練習になるはずだ。海外渡航経験があれば,すぐに色々なアイデアが浮かんでくるに違いない。セキュリティ・ゲートやX線手荷物検査,入国手続きの際の入国目的審査やビザのチェック,そして怪しげなおみやげなど,あれこれと考えながら提案書の骨子を作ると,実に楽しい作業になるはずである。

たとえの限界を知る

 しかし,たとえはあくまでもたとえである。それゆえ,限界もある。

 例えば,航空機は定刻に到着し,定刻に離陸する。事前通告なしに時間外に離着陸が行われることはない。したがって,空港業務もこれに呼応して同様の状況になる。

 また,国際空港は1国にたかだか数カ所しかない。このため,専任の担当者を抱え,各担当者が協力して業務を維持・管理できる。

 ところが,ITセキュリティは24時間365日,不定期に事前通告もなく危機状態がやってくる。これは非常に大きな違いだ。しかも,専任の担当者を置くなどが可能なのは,集約的な効果を望める大企業だけである。中小企業では,セキュリティ専任者はおろか,兼任者を用意することもままならない。

 このような違いは,違いとしてきちんと提案にも盛り込み,どのように対処したらよいかについても提案するべきである。

根津 研介
筆者はファムに勤務。オープンソース・ソフトウェア活用セミナの企画運営を担当しながら,ネットワーク運用管理やサーバ管理を兼任する。ベクトル型スーパーコンピュータのOS開発,国際フレームリレー網によるエクストラネット構築,フリーソフトの移植・配布サービスの提供を経て,1999年から現職。オープンソースSambaの普及啓蒙を目的とする日本Sambaユーザー会のスタッフでもある。情報処理学会会員,情報処理技術者試験テクニカルエンジニア(ネットワーク)。