ADSLサービスにおけるISP選択,ユーザ認証の技術としてPPPoE(PPP over Ethernet)が定着してきた。PPPoEとはその名の通り,ダイヤルアップによるインターネット接続など,WANで広く利用されているPPPをイーサネットLAN上で使うための規定である。PPPoEは,ADSLだけでなくFTTHサービスにも適用され始めている。ここではPPPoEの仕組みと活用方法について解説する。 (本誌)

図1●主なPPPoEクライアント。
NTT地域会社のフレッツ接続ツール(左)とWindows XPに標準装備のPPPoEクライアントの画面
 ブロードバンドを利用するとき,PPPoE(PPP over Ethernet:ピーピーピー・オー・イーと読む)というソフトウェアを目にすることがある。

 例えば,NTT地域会社のフレッツ・ADSLを契約するとモデムとともに送られて来る「フレッツ接続ツール」は,PPPoEのクライアント・ソフトだし(図1[拡大表示]左),Windows XPはPPPoEのクライアントを標準装備した(図1右)。

 ブロードバンドを利用しようとするユーザは,「フレッツ接続ツール」,つまりPPPoEのソフトをパソコンにインストールし,起動させた認証ダイヤログでユーザ名とパスワードを入力するだけでいい。契約しているISPに接続して,インターネットを利用できる。PPPoEが使われるのはADSLサービスだけではない。例えばNTT地域会社のBフレッツのようにFTTHサービスでも利用されている。

 ここでは,PPPoEの具体的な仕組みを説明するが,その前に歴史について見ておきたい。PPPoEの誕生はインターネットとADSLに大きな影響を受けている。

ATM網でADSLが始まる

 1990年代前半,米国では1984年のAT&T分割の際に発足した地域電話会社RBOC(Regional Bell Operating Company)がATM(Asynchronous Transfer Mode:非同期転送モード)ネットワークの構築に多大な投資を行った。音声,動画,データなどあらゆる通信サービスに対応できる大容量のネットワークを構築しようという試みだった。

 しかし,この構想はあまりうまく働かずATMネットワークの利用率は非常に低かった。1990年代の半ばに,それまで主に学術研究用に利用されていたインターネットが一般の利用者の間で急速に広がり,マルチメディアのデータもインターネットで送受信するのが一般的になったからだ。米国では市内通話が固定料金であるため,時間を気にせずに利用できるインターネットのユーザは増え続けた。普及率の高いCATVのユーザに,CATVインターネットというブロードバンド・アクセスも提供されていた。

 この状況にRBOCは危機感を抱いた。ATMへの投資が回収できないだけでなく,ダイヤルアップによるデータ・トラフィックで地域電話網は圧迫され,一方ではブロードバンド・サービスでCATVに後れを取ってしまった。そこで米Bell South社などRBOCの4社は,既存のATM網を利用し高速なインターネット接続サービスができるシステムを複数の通信機器ベンダに提案させた。この結果,ATMのインタフェースを持つDSLAM(Digital Subscriber Line Access Multiplexer:ディースラムと読む)が採用され,現在あるADSLサービスの普及に至るのである。

 このような経緯で,最初のADSLサービスは1997年に米Ameritech社が開始し,以降,米国の大手電話会社が次々とADSLのサービスを展開していった。また,1996年の通信改革法以降に生まれた新興通信事業者もDSLサービスにこの頃から参入した。

RFCによるPPPoEの標準化

 こうして誕生したADSLサービスだが,ユーザの使い勝手が悪かった。ADSLはATMネットワークの利用を前提に開発された。そのためパソコンにATMのネットワーク・アダプタを装着してIPアドレスの設定を行うなど,一般のユーザが導入するにはコストや手間の面でハードルが高かった。一方,サービスを提供する通信事業者の側からも,加入者の管理を従来のダイヤルアップ接続と同じようにしたいという要望が挙がった。これに対応する技術として開発されたのがPPPoEである。PPPoEは,文字通りPPP(Point-to-Point Protocol)の機能をイーサネットのLAN上で利用するためのもので,PPPは,専用線やダイヤルアップ接続で2地点間の通信に利用するWAN用のプロトコルだ。ユーザ認証やIPアドレス取得などの機能を備えている。

 PPPoEはIETF(Internet Engineering Task Force:インターネット関連技術の標準化団体)にInternet Draftとして提出され,通信機器ベンダの米Redback Networks社とISPの米UUNET,そしてソフトウェア・ベンダの米RouterWare社(米Wind River Systems社が1999年に買収)の3社が中心となって標準化に取り組み,1999年2月にRFC2516「A Method for Transmitting PPP Over Ethernet(PPPoE)」として制定された。

PPPoEの接続形態

図2●PPPoEを利用したADSLサービスのネットワーク構成。
PPPoEクライアントは各パソコンもしくはルータで設定する

 それでは,実際にADSLユーザがPPPoEを使ってインターネットに接続する仕組みについて見ていこう。

 PPPoEはクライアント・サーバ・モデルで構成する。図2[拡大表示]は一般的なネットワーク構成の例である。一つはパソコンにPPPoEクライアントのソフトウェアをインストールする方法(図2上)で,図1のようなユーティリティを使う。

 もう一つはPPPoEのクライアント機能を搭載したルータを使う形態。図2の下のようにハブやスイッチング・ハブにイーサネットで複数台のパソコンを接続できる。パソコンを起動した時点でインターネットが利用できる,会社のLANと同じような環境だ。最近はADSLモデムとルータを統合したタイプだけでなく,複数のイーサネット・ポートを備えハブとしても機能するタイプもある。

 いずれの場合もPPPoEやPPPのセッションは,ISP側に設置したPPPoEサーバと,PPPoEクライアントをインストールした機器の間で張る。クライアントから送られてきたPPPフレームを受け取ったPPPoEサーバは,PPPでカプセル化されたデータのヘッダ部を取り外しIPパケットとして認識する。これを「PPPを終端する」という。この先のインターネットへは,ATMやイーサネットなどのネットワーク上でIPパケットを送る。

 図2に挙げた二つの接続構成の違いは,PPPoEのサーバがグローバルIPアドレスをどこに送るかという点にある。上段ではPPPoEクライアントがパソコンにあるのでパソコンに送り,下段ではルータに送る。上段の例ではPPPoEのソフトウェアをインストールしたパソコンを追加することも可能である。ブロードバンドを利用する上では,特別な設定を必要としないこのような形態が簡単である。ただしISPがユーザに対して付与するIPアドレス数の制限から,1台だけで接続して使うケースが多い。

 1本のADSL回線に複数のパソコンを接続する場合は,下段のような構成が一般的である。ルータがIPマスカレードの機能をサポートしていれば,パソコンがそれぞれグローバルIPアドレスを持っていなくても,インターネットを経由した対戦ゲームなどを利用できる。ここでIPマスカレードとは主にルータに実装しているアドレス変換方式である。複数端末からインターネットに接続する場合でも,グローバルIPアドレスは一つでいい。


安田 佳世子

レッドバックネットワークス マーケティングマネージャー。米国機器ベンダの日本法人でDECnetやFDDI製品から始まりEthernetを扱ってきた。