7月19日,NTT-ME東北の方に招かれて仙台に行ってきた。2月に幕張で開催されたNET&COM2002で私の講演を聞いた方がいて,いたく気に入って招いてくれたのだ。仙台は記憶をたどると97年以来5年ぶりだった。意外に訪れる機会がないものだ。

 はじめて秋田新幹線こまちに乗ったのだが,シートのすわりごこちがいいので感心した。在来線に乗り入れるため横4列のシート配置なのだが,東海道新幹線や山陽新幹線より少し幅が広い。シートそのものはやわらかく,背中やおしりの部分がフィットするよう凹凸があって心地よい。おかげで気持ちよく仮眠できた。

 仙台駅に着くとWさんが迎えに来てくれていた。講演までには時間があるので,どこか観光を,ということで伊達政宗の墓所である瑞凰殿を希望した。

 瑞凰殿は大樹が林立する山の,長く急な坂を登ったところにある。雨が上がったばかりで,気温は高い。みるまに汗をかいてしまった。さわやかな汗ではなく,べたべたと乾きにくい汗である。政宗の廟は黒と金色を基調にした端正なたたずまいの建物だが,残念なことにオリジナルではなく,戦災で焼失したものを再建したものだという。

 政宗は10数年前に渡辺謙が主演した大河ドラマ「独眼竜政宗」で全国区の名前になった。私もこのドラマで政宗の,そして渡辺謙のファンになった一人だ。廟を見学しながら,渡辺謙の出世作となった鮮烈な演技や,当時の自分のことなどを思い出していた。

エンジニアの価値とは何か

 会場は五橋会館というところで,180人あまりの方が来ていた。立派な横断幕に「企業ネットワークを革新する」と演題が大きく書かれている。講演者紹介の看板も大きくてビックリ。てっきり会社の会議室でも使ってやるんだろうと思っていたので,本格的なのに驚いた。仙台の人が多いのだが,遠く青森,岩手,秋田など東北各県から参加しているとのこと。講演し甲斐があるというものだ。講演というのは枕,話はじめが大事。駅から会場までのクルマの中で事務局の方から平均年齢とか,皆さんの仕事内容を聞いていたので,枕では二つのことを話そうと決めた。一つは冒頭で皆さんを笑わせるためのもの。「聞いていただく方が多いのは話甲斐があってうれしいです。でも,先月の滋賀での講演は30名しかいなかったが今日以上に張り切って話しました。何故だと思います?(5秒の間)女性がいたからですよ」。皆さんどっと笑った。なんと180人あまりの中に事務局の女性が一人いる以外,女性がいないのだ。NTTグループの会社は女性が少ないのだが,それにしてもMEさんは極端に少ない。

 二つめの枕は真面目な話で「お客様の言うとおりに提案するのはアホや」という話。上品に言うと「RFP(Request for Proposal:ユーザが業者に提示する提案条件を説明したドキュメント)どおりの提案に付加価値はない」ということになる。

 ちょっと古い,4年も前のエピソードなのだが,100ページを超えるネットワークSI(システム・インテグレーション)のRFPを貰い,3社でコンペをしたことがある。私たち以外の2社はRFPに書いてあるとおり,全国に分散処理用のサーバを配置し,平均256kビット/秒の回線でネットワークを作る,という提案をした。対して私たちは180度違う提案をした。

 回線速度はRFPに規定してある256kビット/秒の8倍の2Mビット/秒。8倍の速度にしても回線料金は2倍なので,コスト・パフォーマンスは4倍の得なのだ。ブロードバンドのネットワークにして,サーバはセンタに集中することを提案した。結果,分散だと約200台必要となるサーバの台数は半分以下になり,オペレーションのための人件費,ハードウェア・リース料と保守料,ソフトウェア・ライセンス料などのランニング・コストも大幅な減額を実現した。コンペに勝ったことは言うまでもない。

 RFPどおりに提案するのがエンジニアの価値ではない。お客様が気づかないアイデアやノウハウを盛り込んで,RFPよりすばらしい提案をするのがエンジニアの付加価値だ。お客様の本質的な目的を知り,それを実現するのにRFPが規定している方式より優れた方式があれば,たとえRFPとまったく違ったものであっても提案すべきだ。

 ところが,何でもお客様の言うとおりにするのが業者のつとめと勘違いしている人が多い。お客様の言うとおりにするなら,お客様が自分でやるのと変わるところがない。私は口が悪いので,部下には「お客さんの言うとおりにやる奴はアホや」と言うことになる。

難しい音質評価,やはりMOSが信頼できる

 技術的な話では,講演終了後の雑談の中で聞いた音質評価の話題が面白かった。VoATM(53バイト固定長のセルと呼ぶ固定パケットを使う高速伝送方式「ATM(Asynchronous Transfer Mode)」で音声を中継する技術)で苦労をした方がいて,その方のエピソードだ。今からVoATMを導入する企業はないだろうが,今流行のVoIPも音質評価という意味では同じなので参考になると思う。使ったのは某国産メーカーのATM交換機だったという。

■遅延時間
 一番苦労されたのは遅延が大きいことだという。片方向で210ミリ秒。これはVoIPなみの遅さである。驚いた。CLAD(Cell Assembly and Disassembly:データや音声を53バイトのセルというパケットに変換する装置)の性能が悪かったようだ。遅延が少なく,QoS(Quality of Service)に優れるというのがATMのウリであるはずなのに,困った製品もあったものだ。

 ちなみにITU-T(通信の国際標準を策定する国際機関)が定める音声遅延ガイドライン「G.144」では,ビジネス用途で使うには片方向150ミリ秒以内が望ましいとされている。また,2002年5月に総務省が発表したIP電話の品質クラスは,固定電話並のクラスAが100ミリ秒未満,携帯電話並のクラスBが150ミリ秒,クラスCが400ミリ秒となっている。

■MOS(Mean Opinion Score)
 MOSは,人間が実際に音声を聞いて,音質を1~5の5段階で主観評価するものだ。大変良い=5,良い=4,ふつう=3,悪い=2,大変悪い=1。50人以上に評価してもらってその平均値を取ると,90%の信頼度が得られるとのこと。MOSで注意が必要なのは,日本では1~5の5段階だが,欧米では0~4の5段階が使われていること。外国のVoIP製品のカタログを見るときは,日本での評価基準に置き換えられて表記されているのか,もとのままなのか注意が必要だ。

 さて,このATM交換機を使ったVoATMのMOSは3.9だったそうだ。これもATMを使ったにしては悪い数値である。ちなみに一般電話は4.5で,携帯電話は3.5だったという。

 この結果から面白いことがわかる。総務省は150ミリ秒以内の遅延を携帯電話並としているが,片方向210ミリ秒もかかるVoATMの方が,携帯電話よりMOSの値がかなり高いのだ。総務省は「R値」という機械的に測定する尺度と遅延時間を音質の基準にしているが,たぶんそれは人間の評価と一致しないだろう。VoATMの音質評価をした方も,R値ではないが機械的な評価も行ったとのこと。しかし,その結果はMOSでの評価とは違った結果になったそうだ。人間の感覚というのは機械でシミュレートできるほど単純ではない,ということだろう。原始的ではあるがMOSが一番確実な評価方法なのかも知れない。総務省もMOSを併用すべきではないだろうか。

マンボウは淡泊で美味

 講演終了後,小料理屋で打ち上げの席を設けていただいた。仙台名物の牛タン,ホヤまでは普通だったが,めずらしいものをごちそうになった。マンボウだ。あの,ふつうの魚体を途中で真っ二つに切ったような愛嬌のある体型の大型魚である。水族館で見たことはあったが,食べる魚とは思っていなかった。聞けば三陸沖で捕れ,食用にするとのこと。マンボウの身ではなく,腸を湯通しして酢味噌であえたものを食べたのだがコリコリと歯ざわりがよく,淡白でおいしいものだった。

 ご一緒いただいた方には50歳を超えた方が二人いた。お一人はご自分で無線LANの性能評価をしたり,自治体のパソコン教室で指導しているという。その方から,教室での思わぬトラブルの話を聞いて笑ってしまった。ホームページの内容をプリントする方法を教えていたところ,どういう手違いか,女性には決して見せられない画像が研修生全員のプリンタに出てしまったのだという。あわてて回収したが,自治体の担当者からキツイお叱りを受けたとのこと。

 もう一人の50代の方は,大手プロバイダのコールセンタの責任者。スペイン語を自由にあやつれる人を配置している,という話に「ヘエー」となった。中国人や韓国人は英語を話す人が多いが,スペイン語圏の国の人はかたくなにスペイン語しか話さないことが多いのだという。お二人とも50代であることを感じさせない好奇心の強さとエネルギーを感じさせる話しぶりで感心。杜の都での楽しい一日だった。

(松田 次博)

松田 次博:情報化研究会主宰。1984年より,情報通信に携わる人の勉強と交流を目的とした情報化研究会(www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)を主宰。著書にVoIP構築の定番となっている技術書「企業内データ・音声統合網の構築技法」や「フレームリレー・セルリレーによる企業ネットワークの新構築技法」などがある。NTTデータ勤務。趣味は,読書(エッセイ主体)と旅行。