6月14日,情報化研究会の会員からの依頼で滋賀の篠原というところへ講演に行った。

 篠原は琵琶湖東岸の小さな町で,京都から電車で40分ほどかかる。講演は午後2時からなので,10時ののぞみに乗るつもりで浦安の自宅を9時に出た。東京駅につくと,日の丸を背中に巻いた若者がいる。これはまずいとやっと気づいたが,後の祭り。

 W杯の日本vsチュニジア戦が大阪であるとは知っていたが,そのせいで自分がのぞみに乗れなくなるとは想像もしなかった。ふだんなら,中途半端な時間帯である10時くらいの新幹線は予約なしで平気なのだが──。結局,のぞみを2本むなしく見送り,10時26分のひかりのグリーンに乗車。好んでグリーンにしたわけではない。グリーンしか空いていなかったのだ。しかし,たまにはグリーンもいい。ゆったり本を読んだりMDを聞くことが出来,旅行気分を楽しめた。

 京都駅についたのは午後1時。2時の講演開始に間に合うにはぎりぎりのタイミングである。ところが,天気が良すぎて真夏のように暑い琵琶湖線のホームに上がって発車案内を見ると1時間以上前の時刻が表示されている。駅員に聞くと,事故で大幅遅れとのこと。やれやれ,今日はついてないと取り合えず事務局に状況を連絡。待つこと約20分,新快速に乗車。篠原駅には止まらないのだが,次の電車が何時になるかわからないのだからしょうがない。篠原の一つ手前の野洲で降り,タクシーで講演会場へ。

 滋賀は意外に平野部が多い。広い広い田んぼの中をどんどん走っていくタクシーで,景気良く上がっていくメーターを見ているとその広さが一層強く感じられた。

 しかし,コストをかければそれに見合ったメリットもあるものだ。ちょうど2時に会場である「ポリテクカレッジ滋賀」に着いた。ポリテクカレッジというのは厚生労働省の外郭団体である雇用・能力開発機構が,技術・技能を習得する事を目的に全国各地で運営する職業教育訓練施設である。田んぼの中に立派な校舎が建っていた。

自分に求められているものは何だろう

 講演の主催者は社団法人滋賀工業会情報システム研究会。滋賀県内の企業で情報システム部門の企画・管理を担当する方々が30人ほど集まっていた。このくらいの人数だと講演と座談の中間くらいの感じで話が出来る。コツは誰を相手に話をするか。2,3人のターゲットを決め,その人の反応を見ながら話を進める。

 100人を超えるような講演ではなかなかターゲットを決めるのは難しく,全体の雰囲気をつかみながら話すのだが,数十人程度だと全員の顔が見えるためターゲットを見つけやすい。要は顔を上げて面白そうに聞いている人がターゲットだ。今回は紅一点の若い女性をメインターゲットに決め,あとは前のほうに陣取っている管理職とおぼしき男性に狙いをさだめた。若い女性が特に面白そうに聞いていたかというと,そんなこともないのだが,結構笑ってくれた。要は唯一の女性だからターゲットにしたのだ。

 話の枕として用意していたのが,今回のテーマ「はみ出している」ことの価値である。ネットワーク技術やサービスの多様化が激しいため,ネットワーク構築を発注する前にコンサルティングを依頼する企業が多い。もちろん有償のコンサルティングを依頼するくらいだから大企業である。数人のコンサルティング・チームを組んでことにあたるのだが,そのメンバーからこんなことを聞かれたことがある。

 「今度のクライアントにはネットワーク専任の社員が20人以上います。うちより技術知識もノウハウも多いのにコンサルティングなんて出来るんですか?」。私はイラストのような簡単な図を書いてこう言った。「たしかにクライアントの持っている知識やノウハウの総量(円の大きさ)は我々より多いに違いない。しかし,問題は円の大きさでなく,我々の円がクライアントの円からはみ出しているかどうかだ。コンサルティング・チームの円がすっぽりクライアントの円に包含されていたら,確かに我々のコンサルティングに価値はない。クライアントが我々に求めているのは,我々がはみ出している部分だ。例えば,技術やサービスのトレンドの見方,設計の考え方,VoIPや広域イーサネットの設計ノウハウ──。はみ出している部分はいくらでもある。心配するな」。

 コンサルティングほど楽しい仕事はない。クライアントの役に立てるというだけでなく,点線の円のようにコンサルティングを終わった時点で我々の円はコンサルティング開始時点よりはるかに大きくなっている。クライアントに教えて貰うこともたくさんあるし,必要があって我々が調べたり,勉強することも多い。それは目の前のクライアントの仕事に役立つだけでなく,メンバー全員のノウハウとなって新たな仕事を獲得する武器になる。

 この文章を読みながら,「コンサルティングなんて自分には関係ない」と思いながら読んでいる読者がいたら,失礼ながら想像力が乏しいと言わざるを得ない。クライアントを「相手」,コンサルティング・チームを「自分」と置きかえると,これはすべてのビジネスマンにあてはまる。あなたには必ず仕事の対象となる上司や同僚やユーザがいる。その対象の持つ円とあなたの円の関係はどうなっているのだろう? ひょっとして左のように包含されていないだろうか。もし,包含されていたら上司やユーザはあなたを高く評価しないだろう。

 ITに限らず,ビジネスに携わるものの価値は対象から「はみ出している」部分の多寡で決まると私は思っている。あなたも対象となる組織や人の円とあなたの円に持っているノウハウや能力を羅列し,はみ出している部分が何か,棚卸してチェックしてはどうだろう。

新しいものが古いものより優れているとは限らない

 講演の途中,どんな通信サービスを自社の企業ネットワークに使っているかを聞いてみた。地方の企業ユーザがどんな通信サービスを使っているのかが気になっていたからだ。

 ここ数年で,企業ネットワークを支える通信サービスの種類は大きく変わった。かつては専用線と呼ばれる拠点間を直接結ぶ回線サービスが主流だったが,その後フレームリレーやATMといった高速データ通信サービスが広く使われるようになる。3~5年前のことだ。

 今のブームは,広域イーサネットやIP-VPNと呼ばれる通信サービスを使うこと。前回紹介したローソンのネットワークはその好例で,広域イーサネットを全面採用した。

 まず,それぞれの携わる企業ネットの規模を聞いてみた。10拠点未満のところもちらほらある。50拠点超のところもあったが,大半は50拠点以下の小~中規模なものだという。では,IP-VPNや広域イーサネットはどうか。IP-VPNを使っているところが3~4社あったが,広域イーサネットを使っているところはゼロだった。

 広域イーサネットを導入していない理由は何だろう。理由は二つ考えられる。一つは,128kビット/秒以下の低速回線を主体とする小規模ネットワークが大半だったこと。こうした低速回線を使う場合,料金はIP-VPNの方が広域イーサネットより安い。

 もう一つの理由は,広域イーサネットのセールスが来ないこと。どうやら,こちらの要因の方が大きいらしい。IP-VPNは大手キャリアが力を入れているが,広域イーサネットを推すのは主に新興キャリアである。結局,セールスマンの数の差がそのまま現れているわけだ。

 最も多くの会社が採用していたのはフレームリレーだった。堅実でいいな,と思った。フレームリレーはけっして広域イーサネットやIP-VPNに劣るサービスではない。その特徴は,回線の物理的な速度でなく,保証速度で料金が変わることだ。たとえば128kビット/秒の回線で保証速度を16kビット/秒で契約すると,IP-VPNの128kビット/秒よりはるかに安い。しかもネットワークが空いている時は,保証速度を超えて128kビット/秒まで使える。

 新しいサービスは既存のサービスにない特徴を持つが,あらゆるユーザに適しているわけではない。広域イーサネットよりも,IP-VPNよりも,フレームリレーの方が適しているというユーザはいくらでもいる。フレームリレーを使っている方が多いのを目の当たりにして,あらためてそう思った。古い,新しい,ということより自社の使い方にあっているかどうかが大切ということだ。

近江商人の子孫は真面目

 講演は2時から4時までの2時間である。技術の話というより,それぞれの会社でシステム企画を担当している皆さんを刺激する話に1時間近くを使った。日本vsチュニジアのキックオフは3時30分。4時ちょうどに講演を終わり,視聴覚室のテレビで応援しましょう,と皆さんに声をかけたのだが,5時までは研究会をするという。近江商人の子孫は真面目だなあ,とがっかり。

 帰り道,京都駅につくと日本が2−0でチュニジアを破ったことがわかった。中高生も,中高年の婦人のグループも,その話題で持ちきりなのだ。老若男女,日本人が一体になっている感じで気持ちが良かった。

(松田 次博)

松田 次博:情報化研究会主宰。1984年より,情報通信に携わる人の勉強と交流を目的とした情報化研究会(www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)を主宰。著書にVoIP構築の定番となっている技術書「企業内データ・音声統合網の構築技法」や「フレームリレー・セルリレーによる企業ネットワークの新構築技法」などがある。NTTデータ勤務。趣味は,読書(エッセイ主体)と旅行。