「間違いだらけのネットワーク作り」は,筆者が主宰する情報化研究会のホームページに97年9月から毎週土曜日に掲載している企業ネットワーク作りに関する一連の記事のタイトルだ。縁あって本誌に同名コラムを書くことになった。ネットワーク設計の現場で起こっている意外な“間違い”や技術を離れたコメントを思いつくままに書いてみたい。「それは違う」という反論も歓迎。ぜひ,皆さんの意見を聞かせてほしい。

技術の本質は文学的に理解できる

 情報化研究会では2~3カ月に1回,オフネットの研究会を催している。ふだんは東京だが,毎年1回春に京都でやっている。これは関西在住の会員の方に参加していただくのが目的だ。大阪でなく京都なのは,筆者の好みである。今年は4月20日に大日本スクリーンさんの研修センタを会場に借りて開催した。毎回そうなのだが,東京や名古屋から参加する人が多く,32人の参加者のうち16人が東京や広島の方だった。やはり,京都の魅力だろうか?

 研究会では会員の方に講師をお願いするのだが,京都ではNTTの方と私が講演した。

 私のテーマは「最近の企業ネットワーク」という漠然としたもの。来ている方はNTTやメーカなどネットワーク技術のプロが多いので,技術的な話ではなく,“文学的”な話にしようと決めていた。講演に勝ち負けなどないのだが,“うける”講演が出来れば、それは勝ちと言えるだろう。

 商談のコンペでも,講演でも,勝つための戦略は簡単だ。それは,自分が勝てる土俵で勝負すること。技術が専門の人に技術で勝負しても勝てるわけがない。そこで,文学的な話ということだ。

 私は仕事柄,情報システム部門の役員や部長の方と会話することが多い。最近,企業の情報部門の長はシビリアン,つまりシステム部門のたたき上げではなく,純粋な経営者であることが多い。彼らはたいてい,技術がわからない。そこで私が経営者におすすめするのは「技術は文学的に理解すれば十分です」ということだ。

 文学的に理解するということは,その技術が持つ本当の意味を理解することだ。企業がその技術を採用することで何ができ,どんなメリットとデメリットがあるか,ということである。この文章を読んでいる方の中にもネットワークの専門家でない方は多いだろう。これだけ多様化しているネットワーク技術を,すべて勉強するなど不可能だ。しかし,意味さえ理解していれば,その技術を使うべきかそうでないかの判断はできる。

VoIPはコスト削減につながるか?

 さて,今回の「間違いは大きいほど気づきにくい」という話は,京都での講演の冒頭で私が技術者の方々を煙に巻いたテーマである。小さい間違いは誰でも気がつく。コンピュータやネットワークが動かないからだ。間違いは大きいほど気づきにくい。例えば,次の命題は正しいだろうか?

 命題1: 企業は通信コスト削減のためにVoIPを導入すべきだ

 命題2: 大きな企業ネットワークを作るのにルータは不可欠だ

 VoIPのことは,皆さんよくご存知だろう。電話の音声をデジタル化し,IPパケットに格納してイントラネットやインターネットでコンピュータ通信とネットワークを共有するという技術だ。「電話網を使わなくて済むので通信料が節約できるのでは?」と期待して,高価なVoIP-GW(音声をIP化するゲートウェイ)機能を持つルータを導入する企業がある。だが命題1は,90%以上の企業で正しくない。マイラインによる電話料金の大幅割引などにより,専用機器を購入してVoIPを導入してもほとんどのケースでペイラインに乗らなくなったのだ。

 それでも技術者の多くはVoIPを導入したがる。VoIP導入の目的は企業の経費削減であり,VoIPはその手段にすぎない。だが技術が好きなので,コスト削減でなくVoIP導入そのものを目的に取り違えてしまう。この「目的と手段の取り違え」が,技術者が犯しがちな大きな間違いの一つである。

 VoIPに限らず,コンピュータやネットワークの新技術,新製品を検討するときに大事なのは仕組みより,本当の意味を理解することと,目的と手段を取り違えないことだ。

ルータがなくても大規模ネットは作れる

 命題2は100%間違いだ。筆者は今年2月,コンビニ大手であるローソンさんの全社ネットワークをルータなしで完成させた。本社,コンピュータ・センタ,地区オフィスなど約150拠点を結ぶ大規模WAN(Wide Area Network)である。これを,広域イーサネットというEthernetインタフェースで使える回線サービスと,各拠点に設置したLANスイッチで構築したのだ。従来使っていたルータはすべて破棄した。ルータは破棄したが,コンピュータ側のネットワーク設定には一切手を入れていない。コンピュータ・センタや本社のサーバ,パソコンのIPアドレスなどはそのままである。

 信頼性設計に工夫はしたが、特別難しい技術は使っていない。「広域イーサネットというEthernetインタフェースの回線とルーティングのできる安価なLANスイッチを組み合わせると,高価なルータが不要になる」という簡単なアイデアを実行しただけだ。

 10メガを超える超高速回線を使おうとすると,そこに置くルータはどうしても高価なものになってしまう。多様なインタフェースを持ち,ソフトウェア処理主体のルータを高速回線で使うと高価なものになる。数百万円程度になることもめずらしくない。

 ところがLANスイッチなら20万円を切る装置でも100Mビット/秒までカバーできる。スイッチはEthernetインタフェースしかなく,シンプルなハードウェア処理主体だからだ。広域イーサネットではインタフェースはEthernetだけでよい。ATMやシリアルといった余分なインタフェースは不要なのだ。このスイッチと広域イーサネットの組み合わせがコストパフォーマンスのきわめて高いルータレス・ネットワークを可能にする。

自分の知識を捨てる勇気を持とう

 広域イーサネットとLANスイッチだけで大規模ネットワークを作るというアイデアは,ネットワーク“文学”者である筆者にはまったく違和感がない。

 だが,例えばシスコのルータ技術に精通するCCIE(Cisco Certified Internetwork Expert)資格を持っているような技術者なら,ルータを1台も使わずに大規模ネットワークを作ってみようという発想が浮かぶだろうか? おそらく10人に1人も思いつかないだろう。なぜならルータや特定の製品に精通しすぎているからだ。ルータレス・ネットワークは自分がせっかく蓄積した知識を否定することになる。自分の知識や先入観に縛られると、新しいアイデアは出てこない。

 かくいう筆者も10数年前にはX.25と呼ばれるパケット交換技術を勉強したし,7~8年前にはATMやフレームリレーを使い,その本も書いた。だが今となっては,これらの技術は設計の場面で直接役立つことはほとんどなくなった。技術知識はどんどん勉強して,数年で捨てていく。進化の激しいITの世界で生きるには当然のことだ。一つの技術や製品にしがみついていたのでは,お客さんに喜ばれる提案などできないし,何よりこの世界に生きる技術者としてつまらないではないか。

技術知識は捨てても,身についた知恵は財産に

 京都研究会の翌日曜日はあいにくの雨。でもせっかくだからと秀吉をまつっている豊国神社に立ち寄った。大河ドラマの「利家とまつ」はかかさず見ている。松島菜々子のファンなのだ。「私におまかせください」という決めせりふを聞くと,何だかホッとする。ドラマの人物では秀吉のはなばなしく,最後は悲しい人生に惹かれる。

 そこで,豊国神社にお参りしようと思い立った。ホテルから神社に向かうタクシーで,運転手が「柏庵」という有名な手作りのお菓子屋があるから是非行けという。神社の目の前にあったが一見小さな普通の民家なので発見に時間がかかった。

 誰もいないので声をかけると80歳はとうに過ぎたおじいさんが出てきた。商品ケースといったしゃれたものはなく,戸棚から試食用のお菓子を出してくれる。たしかにおいしい。干菓子なのだが,適当な湿り気があるのがおいしさの秘密らしい。聞けば自分の店を持って35年,修行時代も入れると60年以上お菓子を作っているという。

 このおせじにもキレイとは言えない店の壁には,元総理大臣,元外務大臣,延暦寺や永平寺の高僧の色紙が並んでいる。あの総理が来たんですか,と聞くと「そうです」とこともなげに答える。コツコツとおいしい菓子作りを数十年やっていると,何の宣伝もしなくても総理大臣が足を運ぶまでになるんだと感心。

 ITの仕事では,技術知識は次々捨てるしかない。だが,コツコツ仕事する中で頭に残る知恵は多いはず。「大きな間違いをしない知恵」もその一つではないだろうか。皆さんも,おじいさんが元気なうちにコツコツの知恵に接してみてはどうだろう。

(松田 次博)

松田 次博:情報化研究会主宰。1984年より,情報通信に携わる人の勉強と交流を目的とした情報化研究会(www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)を主宰。著書にVoIP構築の定番となっている技術書「企業内データ・音声統合網の構築技法」や「フレームリレー・セルリレーによる企業ネットワークの新構築技法」などがある。NTTデータ勤務。趣味は,読書(エッセイ主体)と旅行。