伝送速度と変調方式

図13●802.11aが採用したOFDMの仕組み。
帯域を分割して複数のサブキャリアを作り,そこにデータを乗せる。特定のサブキャリアがノイズの影響を受けても,全体にはあまり影響が出ない。サブキャリアに乗せるために元のデータを分割する際,ノイズ対策として誤り訂正ビットを付加している
図14●802.11gの変調方式。
基本はOFDMで11aとほとんど同じである。2.4GHz帯を使うことと,11bの流れをくむPBCCがオプションに入っているのが大きな違い。図中の*が必須の通信モードで,それ以外はオプション
図15●802.11g仕様の構成。
オプションは2種類ある。これはそれぞれ米Intersil社(OFDM),米Texas Instruments(PBCC)の提案に基づくもの。現在はまだドラフトの段階だが,大枠ではこのまま決まると思われる
図16●現在使用可能な無線LAN向けの周波数帯。
802.11bと802.11gは2.4GHz帯,802.11aが5GHz帯である。2.4GHz帯は,国内で14のチャネルが設定されている。802.11a向けには,5.15G~5.25GHzの範囲に4つのチャネルを設定している。なお,2002年9月に802.11a準拠の無線LANを屋外で使うために,4.9~5.0GHz(4チャネル)と5.03~5.091GHz(3チャネル)の帯域が開放された

 無線LANでは,デジタル・データを電波に変換して送信する。この変換が変調である。どのように変調するかによって,伝送速度が決まる。この変調方式は物理層の仕様として定められている。

 例えば,802.11aではOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing:直交周波数分割多重)と呼ぶ変調技術を採用する。この変調技術を採用することで,802.11bと比べて最大伝送速度が約5倍になる。

 図13[拡大表示]がOFDMの流れを示したものだ。無線LAN機器の変調回路にやってきたデータは,誤り訂正用のビットを挿入したうえで,48個に分割される。次に加工されて分割されたデータ(a1~an)を,48本のサブキャリアに一つずつ対応付ける。サブキャリアに乗せるときに,図8の変調方式を使う。サブキャリアに乗せた48個のデータのかたまりを一回にまとめて送信する。

 それぞれのサブキャリアは,1回の変調当たり1~6ビットを伝えられる。こうすることで,特定の周波数にノイズが出ても,そのサブキャリアが影響を受けるだけで済む。元のデータは複数のサブキャリアに乗るように分割されており,特定のサブキャリアに問題が生じても,全体としては影響を受けないように設計されている。

 一方,802.11bではDSSS(Direct Sequence Spread Spectrum:直接拡散方式)と呼ぶ,802.11aのOFDMとは異なる変調技術を使う。DSSSではサブチャネルを用いず,広い周波数帯に信号を拡散することでノイズによるデータエラーを回避する。802.11bの場合,DSSSで信号を拡散し,BPSK,QPSK,CCKという変調方式のいずれかを使ってデータを波に乗せる。

 2.4GHz帯を使う802.11gは,いくつもの変調方式を使えるようになっている(図14[拡大表示])。ベースとなる変調方式はOFDMだが,必須仕様のOFDMとオプションのOFDMがある。もう一つのオプションとしてPBCC(Packet Binary Convolutional Coding)という変調方式も採用している。また,802.11bの変調方式も必須である。高速化と並んで,802.11bと相互接続できるようにすることも802.11gの目的とされているためだ(図15[拡大表示])。

 相互接続性について整理すると,周波数帯が5GHz帯の802.11aは802.11a同士でしか接続できない。一方の2.4GHz帯では,802.11gが802.11bの変調方式(伝送速度)もサポートしているため,802.11g対応製品と802.11b対応製品は11Mビット/秒で通信できる。

 ただ,802.11gでオプションとして定義される変調方式を使う場合は,802.11g対応製品同士しかつながらない。また,図15に示した2種類のオプション同士(OFDMとPBCC)は互換性がない。

周波数の状況と使い分け

 最後に,無線LANで利用する周波数帯についてまとめておこう。

 図16[拡大表示]に日本国内で利用が認められている無線LAN用の周波数帯域と,それぞれの周波数帯の中でどのようなチャネルを使うようになっているかを示した。

 ここで気になるのは2.4GHz帯の混雑ぶりである。もともとこの周波数帯はISMバンド(Industrial Scientific Medical Bandの略で産業科学医療用バンドとも呼ばれる)として,国際的に免許不要で利用できるように開放してある周波数帯だ。電子レンジやBluetoothなどがISMバンドを使う。アマチュア無線も,無線LAN登場以前からこの周波数帯に存在していた。このように,屋外/屋内を問わず2.4GHz帯は干渉の要因を多く持っている。さまざまな機器との干渉の影響を覚悟のうえで使う周波数帯なのである。

 また,2.4GHz帯では14のチャネルが設定されている。各チャネルは周波数をきっちり分割しているわけではなく,隣接するいくつかのチャネルと重複する帯域を持っている。このため,同一エリアで複数の無線LAN機器(802.11bや802.11g機器)を共存させるには,それぞれが全く重複しないチャネルを使うように設定する必要がある。重複しない別チャネルならば,端末の台数が増えてもスループットを落とさずに通信できる。

 一方の5GHz帯は干渉の心配が少ないきれいな周波数帯である。ただ,2.4Ghz帯が屋内でも屋外でも自由に使えるのに対し,5GHz帯の無線LANは屋外で利用できない帯域がある。5GHz帯の一部が屋外の別用途に割り当てられており,それとの干渉を避けるためだ。

 2002年8月以前,無線LANが利用可能だったのは5.15~5.25GHz(4チャネル)だった。この周波数帯域は屋内でしか利用できない。2002年9月,屋外で5GHz帯の無線LANが利用できるように電波法関連の省令が改正された。具体的には,4.9~5.0GHz(4チャネル)と5.03~5.091GHz(3チャネル)の帯域での屋外利用が認められた。このうち,4.9~5.0GHzは携帯電話事業者が基幹通信に利用しており,2007年まで全面的には開放されない。携帯電話事業者との共用になる。現在のところ,屋外で全面的に利用可能なのは5.03~5.091GHzである。ただ,2007年以降は4.9G~5GHzを開放し,屋外で使えるようにする。これと同時に,5.03~5.091GHzは利用できなくなる。

 4.9G~5GHz帯は,実は802.11a規格では規定されていない。そこでIEEE802.11作業部会では,11jという分科会で,正式に規定しようとしている。


無線LAN規格を定めるIEEE802.11の全体像

図A●広くネットワーク関連の仕様を策定する作業を進めているIEEE802グループ。
広くネットワーク関連の仕様を策定する作業を進めているIEEE802グループ。
 だれが規格を決めているのか,どうやって規格化されているのか,またどうして11aや11bという名称になるのか。IEEEにおけるLAN規格の作成プロセスを見てみよう。

LAN全体を担当するのは802委員会

 IEEEは1963年に創設された機関である。IEEE自体は放送や通信から航空宇宙,電力など幅広い分野をカバーし,各分野ごとにSocietyがある。コンピュータ分野にLANおよびMAN(Metropolitan Area Network)の委員会があり,これがIEEE802である。正確にはIEEE802 LAN/MAN Standards Committeeと呼ぶ。“標準化委員会”といったところだろうか。

 802の下にはWorking Group(作業分科会)が作られ,テーマごとに標準化作業を進めている(図A[拡大表示])。それぞれのWorking Groupが作成したものが規格となる。その中で,無線LANは802.11 Working Groupにまとめられている。802.11の「11」はWorking Groupの中で11番目に当たることを示している。

75%以上の賛成で承認

 規格化は,まずプロジェクトが発案されたところでTask Groupが新設される。802.11内では,11aのTask Groupの略称として「TGa」と表記することもある。規格の原案が参加企業から提供され,参加者の投票によりドラフトを策定する。ここで規格の大枠が決まり,これ以降は細部の検討作業になる。規格に盛り込む文章の言い回し一つに至るまでさまざまな修正を加え,再び投票で規格案にするかを決める。実際にはこの後ほぼ自動的にIEEEの承認を得て正式規格となる。

 ドラフトと規格案での投票による承認には75%以上の票が必要である。設定された期間内にドラフトや規格を決められない場合,プロジェクト自体が廃案となる。なお,実際にはTask GroupとWorking Groupについての明確な定義はなく,ドラフト作成まではTask Group,標準化作業以降はWorking Groupと呼ばれることが多い。