図1●HD-PLCの利用イメージ
家中の各部屋にあるコンセントにモデムを挿して,電力線を使って通信する。モデムは通信機能のみを備えているので,別途電源用にコンセントが必要。モデムは無線インタフェースを備えたもの,Ethernetインタフェースを備えたものなどがある。
図2●HD-PLCの高速化の仕組み
HD-PLCでは,符号化方式をフーリエ変換からWavelet変換に変えた。こうして(1)データを多く詰め込める,(2)サブキャリアをソフトウェアでカットしたときにエネルギが残らない,ようにできた。また,QoSの仕組みも採り入れ,確実に送りたいデータについては時間を予約して送信権を割り当てるようにした。
図3●これまでの経緯と今後の予定
現在はモデムの漏洩電磁波を低減するための実証実験ができるようになった段階。今後,モデムメーカーが任意でデータを総務省に提出して,再び話し合いの場を設けると見られている。

 電柱や屋内に張り巡らされている電力線を使って通信する技術「電力線通信(Power Line Communication, PLC)」に,新たな動きが出てきた。松下電器産業は2004年1月9日,HD-PLC(High Definition ready High Speed Power Line Communication)と呼ぶ高速PLC技術を発表。2M~30MHz帯域を使い,最大190Mビット/秒で通信できる。

 PLCの適用場面としては,電柱と家屋を結ぶ引き込み線部分と屋内の電源コンセント間の両方が検討されているが,HD-PLCは後者のみの適用を想定したもの。インターネットと家屋はADSLや光ファイバで接続することになる(図1[拡大表示])。

 日本においてPLCが使える帯域は10k~450kHz。PLCモデムメーカーは2M~30MHzの帯域を使えるよう希望している。帯域を広げられれば,インターネット・アクセスに適するくらいに高速化できるからだ。松下電器産業は,この2M~30MHz帯域を使う前提で符号化方式を工夫し,高速化を実現した。

データを多く詰め込み効率化

 高速化できたポイントは,データの変調技術としてOFDM(直交波周波数分割多重)を用いたことと,データを符号化してフレームを生成する際の実現手法に「Wavelet変換」を用いたことである。符号化の実現手法としては,これまでフーリエ変換を採用するケースが多かった。フーリエ変換を用いると,一つのデータフレーム中に占める「ガード・インターバル」という冗長データの割合が通常3割に達する。Wavelet変換を使えばガード・インターバルをなくすることができるので,フレーム生成時のオーバヘッドを削減できる。これにより,実効速度の大幅向上が見込める(図2-1[拡大表示])。

 Wavelet変換はノイズ対策でも有効だ。OFDMは多数のサブキャリアでデータを送る技術であるが,サブキャリアの生成をソフトウェアで制御することで,使わない帯域に生じるノイズを減らしている。フィルタ利用時より22dB低減できる(図2-2[拡大表示])。

 加えてHD-PLCは,安定的にデータ伝送するための仕組みである「QoS(Quality of Service)」機構も備えている。これは,ストリーミング・データのように,一定の速度で連続伝送するアプリケーションに向く通信機能である。

 仕組みはこうだ。HD-PLCでは,Beacon信号を合図に送信サイクルを区切っているが,Beacon信号間の時間を予約されたデータを流す時間帯と通常のデータ通信の時間帯に分け,前半は送信権を持つ機器が優先的にデータを送れるようにした(図2-3[拡大表示])。

 まず親モデム(スケジュール・コントローラ)がBeaconを各機器にブロードキャストすると,優先的にデータを送信したい機器は親モデムにデータ送信のリクエスト(データの種類と伝送速度および伝送時間の情報)を送る。親モデムは,既に予約されている時間を考慮し,この要求を満たせると判断した場合のみ送信権と伝送するタイミングを返信する。「このQoSを採り入れたことが,業界団体で作るPLCの次世代規格『HomePlug AV』のベース技術として採用される決め手の一つになった」(松下電器産業ネットワーク開発本部ブロードバンドコミュニケーション開発センターの有高明敏所長)。

実験は許可,だが壁はまだ高い

 PLCは米国やスペイン,韓国などで実用化されているが,日本では実用化のメドが立っていない。PLCは有線の通信だが,電力線からの漏洩電磁波が他の無線通信に干渉を及ぼすという問題があるためだ。

 モデムメーカーは漏洩電磁波を低減するための研究開発を進めている。「各社で数値は異なるが,数dBから数10dBの抑圧効果が電波暗室等で確認されている」(日本の業界団体である高速電力線通信推進協議会,PLC-J)。だが,これまで電波暗室での実験はできているもののフィールド実験ができなかった。電波法が障壁となっていたためだ。

 2004年1月,総務省はモデムの漏洩電磁波の低減技術を検証するための実証実験を許可すると発表した。これを受けて,PLC-Jでは,まずは屋内(宅内系や集合住宅)での調査から始めるという。総務省にデータを提出し,もう一度検討の場を設ける考えだ(図3[拡大表示])。

 データが揃えば,漏洩電磁波の低減レベルの検討に入れる。だが,その要求水準はかなり高い。「家庭内の電力線は分岐の数や,距離がまちまちで数種類の家電が接続されている。膨大な数の組み合わせで実験しデータを揃える必要がある」(総務省総合通信基盤局電波部電波環境課の志賀康男課長補佐)ためだ。「今は漏洩電磁波が限りなくゼロに近い数値を希望する」(志賀課長補佐)という段階にある。

(堀内 かほり)