図●水分を減らしてにじみを抑える
染料インクは,色材が紙にしみこんで発色するのでにじみやすい。色材が粒で存在する顔料はにじみにくいが,溶媒の定着に時間がかかると色材が不規則に散らばってしまう。リコーのインクは通常の顔料インクよりも水分が少ないので,紙に着くとすぐに蒸発する。残ったインクはゲル状になり,広がりを抑える。色材が紙の奥に入り込んだり,隣のインクと混じってにじむ現象を防げる。
 オフィス用のプリンタには,大きく二つの要件が求められる。普通紙にきれいに印刷できることと,高速なことだ。どちらも,レーザー・プリンタが得意としてきた。これらをインクジェット・プリンタで可能にするためリコーはインクの改良に取り組み,2003年11月19日に発表した「IPSiO G707」で実現した。

にじみを抑える高粘度のインク

 普通紙にくっきり印刷するには,インクのにじみをなくさなければならない。このために,リコーは色材に顔料を採用した。顔料は色材が溶媒に溶けず,粒の状態で存在する。粒が紙の表面に貼り付いて発色する。色材が溶媒に溶けており,紙にしみこんで発色する染料に比べてにじみにくい(図左[拡大表示])。

 ただ顔料でも,インクが紙にしみこんで乾くまでに時間がかかると,溶媒が紙に浸透するのに合わせて一緒に散らばってしまう(図中[拡大表示])。この結果隣のインクと不規則に混じってにじんだり,色の濃さにばらつきが出る。

 リコーはインク中の水分を減らし,顔料の濃度を高くすることでこの問題を解決した。インクが紙に着くと,水分が少ないのですぐに蒸発する。元々高いインクの粘度がさらに上がり,ゲル状になる(図右[拡大表示])。「色材が広がらないので,にじみが少ない。水と一緒に吸収される色材がほとんどなく,紙の上部に残るため,裏写りも減る」(リコーαタスクフォースIS開発室の永井希世文室長)。

固いピエゾで吐出力を確保

 インクに合わせて,ヘッドも新たに開発した。インクの粘度が高いので,これまでよりも強い力で押し出す必要があるからだ。リコーは固いピエゾ素子を使うことで,吐出力の高いヘッドを実現した。

 ピエゾ素子は,電圧を加えると変形する。これを利用してインクを打ち出す方式はセイコーエプソンなど他メーカーも採用しているが,柔らかいピエゾを使うのが一般的である。変形量が大きいのでピエゾを細かく制御できる。

 しかし,柔らかいため強く押し出そうとしても戻りが発生する。インクの吐出力を高くできない。「粘度の低いインクなら,それほど強い力でなくても押し出せる。しかし今回のように粘度の高いインクを打つには不足」(リコーαタスクフォース商品開発室の太田善久副室長)。変形量よりも吐出力の強さを重視し,固いピエゾを採用した。

 強い吐出力は,インクの目詰まりを防ぐ効果も持っている。ノズル口にインクの残りがたまっても,インク吐出時に一緒に押し出せるからだ。

複数のインク滴を空中で混ぜる

 ただ固いピエゾでは,オフィス向けに必須なもう一つの条件,すなわち高速化を実現するのが難しい。インク滴の大きさを自由に変えられないため,適当な精細さを満たしたうえで高速化しにくい。

 印刷は,基本的に大きなインク滴を使う方が高速になる。特に同じ色目が続く部分は大きいインクで印刷すれば,それだけ効率化できる。ピエゾをたくさん変形させてインクを引き込み,ゆっくり打ち出せば大きなインク滴が作れる。

 しかし今回採用したピエゾは変形量が少ないため,こうした制御は難しい。そこでリコーは,続けて吐出する複数の小さなインク滴を混合する方法を採った。紙に届く前に空中で混ぜ合わせ,大きなインク滴を作る。最初に打ったインクより,後から打つインクの飛翔速度を上げることで実現した。こうして,5~36ピコリットルの6種類のインク滴を使い分ける。ヘッドの幅を広くするなどの工夫もし,毎分8.5枚の印刷速度を実現した。

(八木 玲子)