インターネット・アクセスのための新しい無線通信サービスが実現に向けて動き出した。このサービスでは,無線部分にTD-CDMA(Time Divison-Code Division Multiple Access)と呼ぶ技術を使う。通信系ベンチャーであるアイピーモバイルが実験を始めたほか,ソフトバンクやイー・アクセスも実験局免許を申請するなど事業化に意欲を見せている。

図1●TD-CDMA方式の今後の展開
これまでの第3世代携帯電話は,審議会の答申後1年ほどで事業者がサービスを始めている。作業班は2003年12月22日からTD-CDMA方式の技術調査を始める。2004年春に結果が出る予定。議論の進み方次第だが,最短なら2004年以内に技術要件や周波数の割り当てなどの実施方針が決まる。
図2●FDD(周波数分割複信)とTDD(時分割複信)のイメージ
FDDは上り用と下り用の二つの周波数帯を使って通信するが,TDDは上りと下りを一つの周波数帯で時間を区切って交互に通信する。
図3●アイピーモバイルの実験内容
今は上野と平河町にある基地局とアンテナ,制御装置を使って実験している。部屋の中,人がパソコンを持って歩く,車で移動するといった形態を想定して,速度やストリーミングの再生状態を調べている。
 NTTドコモのFOMA,KDDIのCDMA2000 1xといった第3世代携帯電話。高速のデータ通信速度が話題を集めている。そんな中,聞きなれない技術を使う携帯電話の技術調査が始まった。TD-CDMAと呼ぶ無線技術を使う携帯電話システムである。総務省は2003年10月29日,第3世代携帯電話の高度化技術について検討を始めると発表。この中で,TD-CDMA方式の技術調査を実施する。委員会の作業班では2004年春までに技術調査を終える予定。これを受けて,サービス提供に向けた技術基準の作成作業が始まる見込みである。

 制度の改正や審査基準の作成では,広く意見を募るパブリック・コメントを実施しなければならない。それぞれ1カ月以上かかるが,順調に進めば2004年中に制度・基準が整う。サービス開始は2005年になりそうだ。

有線はADSL,無線ならTD-CDMA

 TD-CDMAが注目される理由は,IPネットワークにアクセスするための無線インフラとして使いやすいことにある。携帯電話やPHSのシステムは,あくまでも携帯電話として使うことを前提としていたため,端末から基地局までの無線部分と,基地局から後ろのコア・ネットワーク部分をセットで設計する手法が採られていた。しかし,TD-CDMAの事業化にあたって総務省は,無線部分だけを取り出して事業化することを認めている。「特定のコア・ネットワークとの組み合わせで使うのではなく,無線部分だけを独立に使えるようにする考え」(総合通信基盤局電波部移動通信課の松井俊弘課長補佐)。つまり,IPネットワーク(例えばインターネット)への無線アクセス・サービスとしてTD-CDMA技術を使うことができる。

 結果としてTD-CDMAは,有線におけるADSLとほぼ同等のアクセス技術として活用できることになる。事実,ADSL事業者は「ADSLの高速化はほぼ打ち止め。新しい事業を開拓する必要があるが,TD-CDMAはいくつかある候補のうちの一つ」と見ている。あるADSL事業者の幹部は,「なかでもTD-CDMAはかなり実現性が高い。今後は日本メーカーでの端末開発が始まる」と期待を寄せる。

非対称なのでデータ通信に向く

 TD-CDMAの一番の特徴は,同じ周波数帯を使って上りと下りの通信をすることである。細かく時間を区切って上りと下りのデータを交互に送る。これはPHSと同じ方式で,TDD(Time Division Duplex,時分割複信)方式と呼ばれている。これに対し,NTTドコモのFOMAが採用する「W-CDMA」と,KDDIやボーダフォンが採用する「CDMA2000」は,上りと下りの周波数帯を分けるFDD(Frequency Division Duplex,周波数分割複信)方式である。

 TDD方式のメリットは大きく三つある。

 一つ目は上りと下りの速度を変えて非対称にできること。ADSL同様,下り速度を高速化したいインターネット・アクセスに向いた技術といえる。TD-CDMAで送るデータの1フレームは15のスロットに区切られている。下りの速度を高速化したいときは,下り向けに割り当てるスロットの数を増やせばいい(図2[拡大表示])。

 二つ目が上りと下りの通信感度が同じであるため,送信パワーをコントロールしやすいこと。現在の携帯電話では端末と基地局の距離に応じて送信パワーを調節するため,基地局から電力制御信号を送っている。TD-CDMAは,下りの通信状況を見て端末側が送信パワーを調整でき,制御信号のやり取りを省ける。

 三つ目が干渉キャンセラ技術を取り入れやすいこと。ユーザー同士の干渉を防いで特定のユーザーの信号を取り出す。TD-CDMAはスロットごとにノイズを取り除くため,FDD方式では実現が難しい技術も取り入れることができるという。

 一方で,TD-CDMAはFDD方式では不要だった技術的な調整が必要になる。隣接する基地局間で上りと下りのスロット割り当てを変えた場合,ある基地局で上りの通信をしているときに隣の基地局の下りの通信に干渉をおよぼす恐れがあるのだ。このため,隣り合う基地局間で上りと下りの同期を取らねばならない。

サービス用の帯域は割り当て済み

 最近になって騒がれだしたTD-CDMAだが,新しい技術というわけではない。

 TD-CDMAの誕生は1991年。慶應義塾大学の中川教授とEsmailzadeh助教授が考案し,論文を発表した。「PHSで使われているTDD方式と携帯電話で使われているCDMAを組み合わせた。こうすると携帯電話システムがシンプルになる」(慶應義塾大学理工学部情報工学科の中川正雄教授)。

 実際,IMT-2000を実現する方式としても採用されており,帯域(2010M~2025MHzの15MHz)も割り当てられている。ただし,全世界的にFDD方式の導入が盛んになったため,先送りされた格好になっていた。1999年に実施された第3世代携帯電話技術に関する議論では,「今後の国際標準化の動向によっては他方式の導入の可能性も含めて再度検討」とされていた。

 TD-CDMAが表舞台に浮上したのは,2003年4月,アイピーモバイル(通信関係のベンチャーであるマルチメディア総合研究所の100%出資子会社)が実験局免許を取得して実験を始めたからだ。同年10月には基地局と移動機を増やして再度実験局免許を取得。10月29日には,NTTコミュニケーションズ,大井電気,慶應義塾大学と共同で実験すると発表した(図3[拡大表示])。「1ユーザーが通信している状態で,下り1.2Mビット/秒,上り500kバイト/秒ほどが出ている。サービス時の速度としては,ストリーミングを見られるくらいの500kビット/秒であればよいと考えている。通話とデータ通信を定額で提供したい」(マルチメディア総合研究所の信國謙司取締役)。

 アイピーモバイルがテストしている基地局と端末は,米国ベンチャーのIPWirelessの製品である。PCMCIAタイプのカード型モデムやUSBで接続するタイプのモデムがある。「FDD方式ではできない干渉キャンセラ技術も端末に搭載されているようだ」(慶應義塾大学の中川教授)。IPWirelessは,5MHz幅で1ユーザーが通信した場合(下りに)最大3.1Mビット/秒,平均で1.6Mビット/秒というデータを公表している。

 実験では,遠隔地にあるサーバーとのやり取りやインターネットを介した通信,端末同士の通信時の通信速度を計測している。やり取りするデータには音声通話用のパケットやストリーミング・データも含まれている。今後は,基地局がつながる制御装置をまたぐような移動(ハンドオーバー)をする場合の通信状態も調べるという。SIPを使ったIP携帯電話の通話実験も予定している。この実験では,NTTコミュニケーションズのSIPサーバーを利用する予定という。

 もっとも,当のNTTコミュニケーションズは音声通話に懐疑的な意見を述べている。「TD-CDMAは,無線LANによるホットスポット・サービスを補完する用途での適用を考えている。非対称通信での運用が予想されるので,データ通信には向くが,通話は厳しいのではないだろうか」(ユーザアクセス部の舩橋哲也担当部長)。

周波数をいかに使うかが焦点に

 今後の事業化に目を向けると,事業者の数が気になる。必要なだけ銅線を敷設してもらえるADSL事業と違い,TD-CDMAは15MHzしかない帯域を分け合って使うことになるからだ。帯域幅は速度と密接な関係にあり,帯域幅が狭ければ最大速度は遅くなる。しかも,複数の事業者がそれぞれ鉄塔を立てて事業を展開すれば,ガードバンドと呼ぶ緩衝用の帯域を設ける必要が出てくる。

 今のところ総務省は需給調整はしない考えだ。「需要に応じて事業者数を調整するといった需給調整はしない。ただし限りある周波数なので,多数の事業者が手を上げるならば,比較審査することになるだろう」(松井課長補佐)という。

 TD-CDMAの生みの親である中川教授は「一つの鉄塔で,15MHz幅を目一杯使うのが一番いい」と助言する。帯域の効率利用を考えるなら,事業者ごとに帯域を割り当てずに,一つの共同事業体を作って帯域を漏れなく使った方がいい。だが,事業運営を考えると現実的でないことも明らかだ。TD-CDMAが新しい通信サービスとして開花するかどうかは,技術開発だけでなく,制度・政策の進め方にもかかっている。

(堀内 かほり)