図1●パソコン関連の主な技術のロードマップ
2003年後半から,セキュリティ搭載のCPU,PCI Express対応チップセットと,基盤技術の変革が相次ぐ。
 2004年のパソコンを占う鍵は,2003年第4四半期の登場が見込まれる次期Pentium 4「Prescott」(開発コード名)だ(図1[拡大表示])。Prescootの動作周波数は2004年に5GHzに迫る。この熱にいかにうまく対処するかが一つのポイントだ。もう一つは新しい動作モード「LaGrande」(開発コード名」。重要なデータを保存する“金庫”をパソコン内部に設けるための動作モードだ。

4G~5GHz動作時代の到来

 Prescottの動作周波数は当初こそ,Pentium 4と同じ3.2GHzになると見られるが,2004年内に4G~5GHzの動作周波数に達する。発熱量の目安となる熱設計電力(TDP)はついに100Wを超える見通しだ。当初のTDPこそ,製造プロセス・ルールの微細化(0.18μmから90nm)により現行Pentium 4(3.2GHz)の82Wより下がるが,パソコン・メーカーは2004年内にも100W級の発熱に対処する必要に迫られる。

 増加する熱をいかに外に出すか。そのための方法は大きく三つ。(1)CPUの熱を受けて空気中に拡散させる放熱板(ヒートシンク)の素材を銅に変える,(2)ヒートシンクの熱を筐体の外に排出する冷却ファンの風量を増やす,(3)空気の代わりに冷却液を使う,だ。

 (1)の銅は,従来のアルミニウムに比べて加工がしにくく,コストがかさむため,大手メーカー製のパソコンのヒートシンクにはあまり使われていない。多くのメーカーは(2)の冷却ファンの風量を増やすことで発熱量の増加に対処している。しかしそれも限界にきている。風量はファンの厚みと口径,回転数に比例する。直径が12cm大口径のファンが利用できるミニタワー型はともかく,省スペース型の筐体では回転数の増加に頼らざるを得ない。回転数が上がるとファンの騒音が問題になる。

デスクトップ用液冷装置が普及

 空冷を使う限り,5GHzに迫るPrescottの熱に対処するには,コストがかかっても銅製のヒートシンクを採用せざるを得ない。ヒートシンクの性能を上げたとしても,熱を排出する空冷ファンの騒音問題がついて回る。

 これまで以上に冷却にコストをかけるのであれば,稼働音の静かさで特徴を打ち出す方が得策と見るメーカーは(3)の液冷システムを採用する。NECは,3GHzのPentium 4を搭載する同社のデスクトップ・パソコン「VALUESTAR TX」に液冷システムを採用した。日立製作所が2002年2月に発表した液冷システムのライセンスを受けたものだ。

 液冷システムでは,パイプに充填された冷却液をポンプで循環させながら熱を運ぶ。パイプの途中に部品から熱を受け取る受熱部(日立の液冷システムでは水冷ジャケットと呼んでいる)を配置する。受熱部で受けた熱は,筐体の背面に設けたラジエータを通過する際に筐体外に排出される。つまり液冷とは,液体によって部品を冷やすのではなく,筐体内の温度を上げずに熱をラジエータまで運べることに最大のメリットがある。パイプによって移動させた熱を大気中に放出するラジエータの冷却性能を上げれば,ラジエータを冷却するファンの回転数を下げるかファンレスにして静音化が図れる。

写真1●日立電線が開発した液冷システムで使う冷却液補充タンク一体型ラジエータ

 2004年にはNECに続き,いくつかのメーカーから液冷パソコンが登場する見込みだ。日立製作所の技術供与を受け,日立電線は2003年6月に液冷システムの外販を始めた。「2003年9月以降に製品を出荷できる体制を整えている。引き合いは多い」(日立電線伸銅事業本部製品企画開発室の香川學室長)。

 日立電線の液冷システムは,空冷システムとのコスト差を縮めるために部品を一体化しているのが特徴だ。ラジエータと冷却液の補充に使うタンクを一つの部品にまとめている(写真1[拡大表示])。部品点数を減らすことで,空冷ファンとヒートシンクの部品代程度で済む空冷と,受熱部とポンプ,配管にラジエータと部品点数が多い液冷とのコスト差を縮めるのが目的だ。

 空冷にかかるコストは銅製のヒートシンクを使う場合で3000円前後。対する液冷では「月に数千台という生産量では,1万円を切るのは難しい」(香川室長)とコストの面で空冷にはかなわない。もっとも液冷でなければファンの回転数を上げざるを得ないようなパソコンは,30万円を超える最上位機に限られる。日立電線は「冷却性能の高さを前面に出す」(日立電線伸銅事業本部製品企画開発室の北嶋寛規氏)ことで,ハイエンドのデスクトップ・パソコンやサーバーへの採用を見込む。

ノート向け液冷の課題は厚み

 液冷システムは,ノートパソコンでも採用が始まっている。2kgを超えるようなノートパソコンでは,モバイル向けのPentium 4-MやPentium Mと比べて割安なデスクトップ向けのPentium 4を搭載する製品が多い。複数のファンや風量の稼げる大口径ファンを組み込めるため,発熱による性能低下を何とかしのげるからだ。難点は高負荷時の騒音である。デスクトップ・パソコンに比べユーザーとの距離が近い分,ノートパソコンの方が悩みは深刻だ。そこで2002年7月に,日立製作所が液冷ノートパソコンを投入。また東芝も液冷モジュールを組み込んだノートパソコンを2002年10月の展示会「WPC EXPO 2002」で参考出展した。

写真2●NECが試作したノートパソコン向け液冷モジュール
図2●NECが開発したピエゾポンプの動作
図3●米Microsoft社が提唱するセキュリティ機構「Next Generation Secure Computing Base」(NGSCB)
2005年の出荷が見込まれる次期Windows「Longhorn」(開発コード名)で実装する予定。従来のメモリー空間とは別のメモリー空間を用意する「Nexusモード」を用意する。
 2004年には液冷システムを組み込んだノートパソコンが増える。日立,東芝に続いてNECが名乗りを上げた。2003年6月30日に液冷システムを組み込んだノートパソコンの試作機を公開した。今後2年以内に製品化する。TDPが70WのモバイルPentium 4(3.06GHz)を搭載した同社製ノートパソコン「LaVie C」の筐体に組み込んだ。ハイエンドのデスクトップ・パソコンと変わらないCPUを搭載しながら,空冷による冷却システムと同程度の容積に液冷システムを収めて,動作音を28dB(ささやき声程度)に抑えている。

 特徴は冷却液を循環させるポンプとパイプおよび放熱板を,アルミニウム製の板状に一体成形したこと(写真2[拡大表示])。2.3mmの放熱板の中を冷却液が循環する。(1)電圧をかけると伸び縮みするピエゾ素子を使って冷却液を吸引/排出する高性能ポンプ(ピエゾポンプ)の採用と,(2)冷却液を補充するタンクの小型化により薄型化を実現した。

 (1)のピエゾポンプは,一般的な遠心ポンプに比べて圧力が高いことから,冷却液の通り道を細くしても必要な流速を確保できる(図2[拡大表示])。ただピエゾ素子の駆動に100V前後の高電圧が必要なことから,ノートパソコンへの搭載は難しかった。NECはノートパソコンで使われる一般的な電源電圧である5Vで駆動するピエゾ素子を開発することでこの問題を解決した。

 (2)のタンクの小型化は,冷却液が蒸発する個所を減らしたことによる。NECが今回試作した液冷システムでは,ポンプとパイプ,放熱板といった冷却液の流路がアルミニウムの一体成形によって作られている。冷却液が蒸発するのは,主として水の分子が通り抜けてしまう樹脂製の部品を通過するとき。例えば,日立製作所がすでに自社製のノートパソコンで採用している液冷システムでは,放熱板を配置する液晶パネル側に冷却液を流すために,本体と液晶パネルをつなぐヒンジの部分に樹脂製のチューブを使う。ポンプとタンクも樹脂製である。これら樹脂製の部品を通過する際にわずかに蒸発する冷却液を補充するために,比較的大きなタンクが必要になる。

CPUとOSを核にセキュア化

 Prescottがもたらす変化は,冷却面だけではない。IntelはPrescottに従来のOSおよびアプリケーションからはアクセスできない動作モードを追加する。同社が「LaGrande」と呼ぶセキュリティ機構だ。

 現在のところ,米Microsoft社がこの動作モードを使ったセキュリティ機構「Next-Generation Secure Computing Base」(NGSCB)の開発を進めている。MicrosoftはPrescottに加わる新しい動作モードを「Nexusモード」と呼ぶ(図3[拡大表示])。Nexusモードは,従来の通常モード(スタンダード・モード)とは分離されており,Nexusモードで動作するプログラムしかアクセスできないメモリー空間を持つ。通常モードのプログラムからは,Nexusモードのメモリー空間に直接アクセスできない。デスクトップやアプリケーションは通常モードで動作させ,クレジット・カードの番号や銀行の口座番号といった守るべきデータをNexusモードで動作するプログラムで扱う。

 通常モードのプログラムからNexusモードのプログラムまたはデータにアクセスするには,パソコンのマザーボードに実装されるセキュリティ・チップ「Security Support Component (SSC)」の暗号鍵が必要となる。そのため,OSのセキュリティ・ホールによってNexusモードのプログラムに不正アクセスを受けてデータが流出しても,他のパソコンではNexusモードのデータを復号できない。

 Microsoftは2003年10月の開発者会議「Professional Developers Conference (PDC)」で「Developer Preview(Pre-beta)」の提供を始める。次期Windows(開発コード名Longhorn)のベータ・テストと併行して,NGSCBの開発環境のベータ版を配布する。Prescottに組み込まれた機能が有効になるのは,2005年のLonghornを待つことになる。

(高橋 秀和)