再び動き出す電力線搬送技術,
気になる“許容ノイズ”の目安

日経バイト 2003年8月号,18ページより

図1●電力線搬送通信の実証実験を許可するための法改正が進む
総務省では2003年度中には電波法施行規則の改正することを検討している。
図2●電力線通信では二つの方式がある
電柱からの引き込み線を使う方式と,宅内の電力配線を使う方式がある。
図3●電力線通信を検討する研究会での測定値と自然界の雑音レベル
ITU-R勧告の雑音レベルについては,日本アマチュア無線連盟がITU-R勧告P.372-6[4]に基づいて,アマチュア無線で使う標準的なアンテナ(半波長ダイポール)と帯域幅(3[kHz])で計算したグラフ。雑音レベルのグラフの出典は日本アマチュア無線連盟電磁環境委員会が作成した電力線搬送通信(PLC)ARIB/JARL合同実験報告書。
図4●OFDMで特定のキャリアを消す方法
狭い帯域のキャリアを多数使ってデータを送信するOFDMではキャリアを制御できる。
 電柱や屋内に張り巡らされた電力線を使って通信する「電力線搬送通信(PLC,Power Line Communication)」。総務省が設置した電力線通信技術の研究会では,2002年8月に「現時点ではまだ技術が成熟していない」として実用化の判断を先送りした。

 研究会から一年経ち,総務省は再び実用化検討に向けて動き出した(図1[拡大表示])。電波法を改正し,実証実験を解禁する意向である。

無線通信への影響が大きい

 PLCは,専用モデムで信号を変調し既存の電力線に信号を乗せて通信する技術である。

 PLCモデムは使う場面によって二つのタイプがある(図2[拡大表示])。いずれのタイプも,国内では10k~450kHzの帯域しか使えない。電波法の規制があるためだ。高速化するには帯域を広げる必要がある。そこで昨年4月,総務省は「電力線搬送通信設備に関する研究会」を設置して,2M~30MHzを追加する検討を始めた。帯域を広げると,最大200Mビット/秒程度にまで高速化できる可能性が出てくる。研究会では,フィールド実験を実施し,2M~30MHz帯域を使う無線通信を妨害する漏洩電磁波を測定した。

 だが,結果は芳しくなかった。漏洩電磁波のレベルが高すぎたのだ。無免許で使える微弱無線局(トランシーバーやコードレスマイク,コードレス電話機など)の制限値を越えるケースさえあった(図3[拡大表示])。この結果を受け,研究会では周波数帯域を拡大するのは時期尚早と結論付けたのである。

技術的な解決策を待つ

 もっとも総務省はPLC技術の実用化をあきらめたわけではない。研究会の報告書にしても,「技術的な進展が期待されるため研究開発を継続することが必要」,と将来性に対する期待感はある。

 実際,漏洩電磁波を減らすための技術開発は着実に進んでいる。電力線は二本の対線でできており,その二本の抵抗値の違い(平衡度)が大きいと漏れる電磁波が大きくなる。そのため,平衡度を上げることが有効だという。また,信号の変調方式についても特徴に応じた使い分けが検討されている。

 変調方式の改良も進む。広い帯域を使うPLC通信では,多数のキャリア(データを送る搬送波)を使ってデータを送るOFDM(直交周波数分割多重)と呼ばれる変調技術が用いられる。このOFDMを改良し,伝送路のノイズレベルに応じて,動的に適切なキャリアを送り出す技術が実用化されている(図4[拡大表示])。これはAdaptive OFDMと呼ばれており,例えば特定の帯域には一切キャリアを流さないといった使い方もできる。

 ただしこの技術がノイズ問題を一掃してくれる保証はない。「特定のキャリアを使わないとしても,エネルギーが残ってしまうので30dB程度しか電磁波を低減できないのではないか」(日本アマチュア無線連盟技術研究所技術課の近藤俊幸課長)。このため,特定の周波数をカットするノッチフィルタを入れるといった工夫も求められる。

 そもそもAdaptive OFDMが,本当に適切なキャリアを送り出せるのかという疑問もある。モデムが観測した伝送路ノイズに基づいて出力レベルを制御するので,微弱な電波の受信専用機が近くにあるような場合は,その存在を発見できない。微弱信号と微弱でない信号をセットで使用する無線設備などもある。いずれの場合も,制御にもう一段の工夫が必要となる。

まずは実験でデータを出すべき

 では,モデムにノイズ対策を施すと,漏洩電磁波のレベルはどの程度まで低減できるのだろうか。実は,この実証データが一切ないのが実状だ。電波法で規制されているため,フィールド実験が実施できないのだ。

 フィールドにおける実験データが必要という点に関しては,モデムメーカーも,影響を受けるとされる無線通信側の関係者も賛意を示す。総務省も「当初の実験は漏洩電磁波の対策がされていなかったモデムが対象だった。この1年の間に対策がなされてきたこともあり,フィールド・テストをする段階にある」との認識を深め,今回の電波法改正手続きに着手となった。

 ただし,PLC実現のハードルは高い。「電力線通信で漏れる電磁波は単なるノイズである。周波数が割り当てられている他の無線通信とは立場が違う。2M~30MHzの周波数帯域はすべて割り当てられて詰まっているので,特定の周波数をカットするのでなく,すべての帯域で漏洩電磁波のレベルが低くなくてはならない」(総務省総合通信基盤局電波部電波環境課の志賀康男課長補佐)。このスタンスを厳密に守るなら,“許容ノイズ”の目安はかなり厳しいものにならざるを得ない。他のすべての無線通信を妨害しないレベルが期待されるので,原則的には自然界と同等の雑音レベルが要求される。微弱無線局の制限値の電力レベルでも距離が近ければ被干渉側では非常に高いレベルの電磁波となるからだ。

 ともあれ,実証データを蓄積しなければ議論は進まない。多くの実験を繰り返し,誰もが納得できる許容ノイズのレベルを見つけることが,PLC実用化の第一歩である。

(堀内 かほり)