図1●電力線モデムを使ったインターネット・サービスの構成例
 家庭のコンセントに1本のケーブルを接続するだけで,電源だけでなく通信データもやり取りできる。このような特徴を持つのが電力線モデムである(図1[拡大表示])。間近の電柱で商用電源と通信の信号を重畳することで実現している。家庭内で複数の電力線モデムをコンセントに差し込むだけで,LANを構築できる。また,下りの最高伝送速度も数十Mビット/秒とADSLをしのぐ。

 このようなメリットを持つ電力線モデムであるが,高速化の道がいったん閉ざされた。総務省の研究会が「現時点で高速モデムは実用化すべきではない」と判断したからである。

電波法の承認が必要

 すべて有線ケーブルを使う高速電力線モデムに立ちはだかったのは,なぜか無線を規制する電波法である。

 家庭に置いた電力線モデムの子機と電柱に置いた親機がやり取りする信号が,電線上などで電磁波を発生させるからだ。電磁波のレベルが大きいと他の機器への妨害ノイズとなりうる。

 今のところ,電力線モデムは10k~450kHzの帯域で利用が許されている。この周波数の範囲の信号を電線にのせていいことになっている。一方,今回実用化に向けて検討が重ねられてきたのは1M~30MHzの帯域。伝送速度を数十Mビットまで上げるには,広い周波数帯域を信号の送受信に使う必要があるからだ。

 ただし,この帯域はアマチュア無線や船舶・航空通信,短波放送やAMラジオなどが電波の送受信に使っている。電力線モデムが漏えいする電磁波が大きいと,これら電波を利用するユーザに影響を与える。

 アマチュア無線をはじめとするこの帯域を利用するユーザは,電力線モデムの電磁波影響に大きな懸念を示していた。日本のように大半の区間で電柱を使って電線を配線している環境では,周囲に漏えいする電磁波が大きくなることが予想されるからだ。日本アマチュア無線連盟は,引き込み線で漏えいする電磁波が増幅されるとも指摘している。電力線モデムの信号が使う1M~30MHz帯域の波長10~300mが引き込み線の長さに近いからだという。引込み線がアンテナの役割を果たす可能性がある。

 関係者の注目が高かったため,研究会の会合は毎回数十人の傍聴者であふれるほどであった。

図2●電力線モデムの信号による外部への電磁波影響の測定実験。
建物の周辺や電線の直下などで漏えいする電磁波の強度を測定した。群馬県にある電力中央研究所の赤城試験センターで行った

実環境で電磁波を測定

 今回の判断は,2002年4月に総務省が発足させた「電力線搬送通信設備に関する研究会」が下した。電力線モデムの実用化が可能かどうか,可能であればどの程度の基準を設けるべきかを議論するのが目的である。電波暗室だけでなく,オフィスやマンションなど,さまざまな環境において電力線モデムが漏えいする電磁波を測定した。

 なかでも2002年6月から7月にかけて取り組まれた電力中央研究所赤城試験センターにおける実験の結果が,最終的な判断に使われた(図2[拡大表示])。実験を行うため敷地に小屋や電柱を新たに敷設した。周辺には民家など建物がなく外部からのノイズ影響が少ない。電力線モデムが生成する漏えい電磁波のレベルを把握するのに適している。

 実験は,近くの電柱にモデム親機を置く((2)の電柱),遠くの電柱にモデム親機を置く((7)と(8)の電柱),宅内の電源ケーブルを使って家庭内LANを構築する三つのパターンで行った。

 電力線モデムは6種類を用意した。変調方式がOFDMのものが4台,SSとマルチキャリアのものがそれぞれ1台である。メーカ名や型番は非公開である。

無線局を上回る電磁波ノイズ

図3●電線から漏えいする電磁波の各周波数帯域における測定結果。
モデム親機を置いた近くの配電線直下から10m離れた地点で測定。上のグラフから順に電界強度の最大値,平均値,モデムをオフにした際の値を示す。微弱無線局の出力制限値を約10dBμV/m超えるレベルの電磁波が測定された

 漏えい電磁波のレベルは配電線や引き込み線,小屋の付近で測定した。

 結果としては非常に高い電磁波が漏れていることがわかった(図3[拡大表示])。配電線から10m離れた地点でおおむね45~55dBμV/mという値が観測された。

 この値を評価するうえで,研究会が一つの目安としたのは,免許が不要な無線局のなかでもっとも出力制限値が高い微弱無線局の信号レベルとの比較である。例えば,30MHzまでの周波数帯域では54dBμV/m以下の出力のものをいう。図3でわかるように,帯域によっては漏えい電磁波が10dBμV/m以上も高いところがある。10dBμV/m高いということは,ノイズ・レベルの絶対値としては10倍高い。

 研究会の構成員である電力中央研究所の富田誠悦上席研究員によると,「電磁波のレベルはどこで測っても実用化にほど遠いくらい高かった。マンションだとすべての住戸にも影響が出る」という。

許可の目安は示さず

 では,電力線モデムの出力をどの程度まで抑えればいいのだろうか。この点に関しては今回の研究会では議論されなかった。

 事務局を務める総務省は「漏えいのレベルが大きすぎたので,どのくらいであれば利用を許可するのかという議論には至らなかった。今のところ新たな研究会を発足させる計画はない」(総合通信基盤局電波部電波環境課の志賀康男課長補佐)という。

 これに対して,あるメーカの関係者は「実験ではモデムのレベルをできるだけ大きくして提供するようにいわれた。周囲の環境ノイズに埋もれないようにするためだ。ただ,そのレベルでは当然ながら微弱無線局のレベルを上回ったり,短波放送の受信に影響が出る。そもそも他の通信と共存可能なレベルがどこかを探るという当初の目的が変わっている」と不満を漏らす。

実用化は数年後に

 研究会では,「将来的に実用化を探るための検討や測定を続けるべきである」としている。対策技術はある。実験時に,あるメーカがノイズを軽減するフィルタをモデム内部に挿入したところ効果があった。漏えい電磁波のレベルを10分の1程度に抑えることができた。

 ただ,どこまでレベルを抑えればいいのだろうか。これに関しては国際電気標準会議(IEC)の国際無線障害特別委員会(CISPR)による電力線モデム規格の策定を待つ必要がありそうだ。1~2年後に決まる見込みだという。CISPRは国内の業界団体(VCCI)も参考にしているノイズ規制の国際規格である。研究会は「CISPRにおける策定に貢献すべき」としており,総務省がCISPRを重視する可能性は高い。

 測定方法や規制値が国際基準で統一されれば議論がしやすくなる。総務省は「再検討は数年後になるだろう」(志賀課長補佐)としている。

(市嶋 洋平)