2002年6月,ADSL事業者各社から新サービスの発表が相次いだ。各社が発表した新サービスの特徴は現行の最大伝送速度8Mビット/秒を超える「高速化」と,線路長の長いユーザでもADSLサービスを受けられるようにする「長距離化」である。

12Mビット/秒が秋に一斉登場

 アッカ・ネットワークスは7月24日から,既存ユーザを最大10Mビット/秒にするサービスを開始した。既存のモデムのファームウェアをアップグレードするだけで利用できるようになる。ファームウェアは無償で配布する。

 秋には,高速化/長距離化の特徴を持つ新サービスも始める。こちらは新型モデムを使い,既存のサービスとは別のサービス・プランとして用意する。速度は最大12Mビット/秒で,従来よりもサービス可能範囲を2km程度延長できるという。

 ヤフーとビー・ビー・テクノロジーはYahoo! BBに,8月から「Yahoo! BB 12M」と呼ぶ高速/長距離サービスを現行のサービスに加えて投入する。最大速度は12Mビット/秒。利用料金は現行の8Mサービスより月額400円高い,3543円を予定している。

 イー・アクセスは10月に高速/長距離の「ADSLプラス」サービスを開始する。現行のサービスとは別プランで提供される。価格は未定。また,2002年12月以降に最大20Mビット/秒のサービスを投入する予定である。

 ちなみにNTT東西地域会社は高速/長距離サービスを発表していない。「2002年秋ごろに伝送速度を速めたサービスを提供したいと思っているが,詳細は未定」(NTT東日本広報)という。

複数の技術の組み合で高性能化

表1●ADSL事業者の高速化,長距離化サービス

 今回各社が発表した新サービスは,最大8Mビット/秒サービスにはない新しい技術をADSLモデムに採用することで実現した。具体的には,(1)S=1/2,(2)周波数オーバラップ方式,(3)トレリス符号,(4)パイロット信号の多重化,といった技術である。各事業者のサービスは,これら四つの技術をすべて採用しているわけではない。表1[拡大表示]のように,いくつかの技術を組み合わせて長距離/高速化を実現している。

 まずは(1)のS=1/2から説明する。ADSL事業者が8Mビット/秒サービスで採用しているADSLモデムはすべてITU-T(国際電気通信連合電気通信標準化部門)のG.992.1規格に沿ったものである。

 実は,G.992.1では物理部分の伝送速度の限界は13.4Mビット/秒である。正確には,訂正ビットなど1割程度あるので13.4×0.9≒12Mビット/秒が理想状態での最高速度となる。

 なぜ現行の最高速度が8Mビット/秒に制限されているかというと,内部処理に使うフレームの伝送容量が8Mビット/秒だからである。G.992.1では250マイクロ秒のフレームに,255バイトのデータを載せて送ることになっている。250マイクロ秒のフレームは1秒間に4000個流れる。つまり,伝送速度は4000(個/秒)×255(バイト)×8(ビット/バイト)≒8Mビット/秒に制限される。

図1●S=1/2方式の概略。高速化に寄与する

 そこで考えられたのが,フレームの伝送容量を2倍する方法である。こうすれば,処理部分のボトルネックがなくなり,伝送部分の限界である13.4Mビット/秒で通信できるようになる。具体的には,250マイクロ秒のフレームに255バイトのデータを二つ載せるようにする(図1[拡大表示])。フレームに載せるデータを倍にすると,変調処理の効率を示すSというパラメータの値が,S=1から1/2になる。そこで各社はこの高速モード方式を「S=1/2」と呼んでいる。

 ただし,S=1/2の恩恵を受けられるのは現在8Mビット/秒でサービスを利用できている一部のユーザだけ。8Mビット/秒以下のユーザの速度向上や長距離化には寄与しない。伝送路のノイズや減衰が大きいため,処理部分が高速化しても,通信部分で8Mビット/秒以下だからである。

上り帯域を使うオーバラップ方式

図2●周波数オーバラップ方式。長距離化と高速化に寄与する

 (2)の周波数オーバラップ方式では,下り信号の送信に上り専用の帯域も利用して通信する。これにより,長距離化と高速化を達成する(図2[拡大表示])。

 G.992.1では,138kHzを境に周波数の低いところを上り専用,周波数の高いところを下り専用で利用することになっている。

 信号は周波数が高いほど距離による減衰が激しい。減衰が起こると信号の振幅が小さくなり,信号の変化を識別しにくくなる。このため,高い周波数で通信している下りの速度は線路長が長いほど遅くなる。上りの帯域は距離による影響を受けにくい。

 オーバラップ方式では下りの通信に,上りの周波数も使うので距離が伸びる。さらに,上りの周波数分だけ利用する帯域が広いので高速化する。

回線の問題を解消する技術

 (3)のトレリス符号と,(4)のパイロット信号の多重化は,S=1/2やオーバラップ方式のように,仕様上のボトルネックを解消するものではない。回線上のノイズの問題を緩和する技術である。

 トレリス符号は,現行の8Mサービスで利用されている誤り訂正方式であるリード-ソロモンよりもノイズに強い方式である。激しいノイズ環境下でのデータ転送速度低下を緩和できる。つまり,線路長全般に渡る高速化と長距離化に寄与する。

 (4)のパイロット信号の多重化は,いくつかの周波数帯でパイロット信号を流せるようにする。特定周波数のノイズによりパイロット信号が捉えられず,つながらない場合に効果がある。「回線全体の状況をみれば,通信できる環境だが,パイロット信号がうまく捉えられないために通信不能になっているケースは少なくない。多重化すればこれを救える」(イー・アクセス,技術企画部アシスタントマネージャーの渡辺芳治氏)という。これも,長距離化を実現するための一つの技術である。

(中道 理)