オープンソース・ソフトウエアを支える重要な要素として「コミュニティ」が挙げられる。しかし,コミュニティというと,ともすると限定的な人たちの閉鎖的なグループととらえられがちで,近寄りがたい雰囲気を感じるという声も耳にする。

 これまで本コラムではコミュニティ活動の重要性や,活動報告などを行ってきたが,今回はコミュニティ活動の裏側(?)について少しご紹介したい。コミュニティは閉鎖的なサークルではない。むしろビジネス感覚を磨くのにもってこいの場なのだ。

コミュニティを会社組織に例えると

 コミュニティはこうあるべきだ,というルールがあるわけではなく,その形態も多種多様だが,例えて言うならばコミュニティというの一種の会社組織であると考えると分かりやすい。オープンソース・ソフトウエアが発展するには,開発が進展することと,普及し利用が広がることの二つの面が必要となるが,まだ新しい,小さいコミュニティの場合には開発者が普及促進者を兼ねるケースが多く,ちょうど創業したばかりの小さな会社といった趣きだ。そしてソフトウエアが普及し,徐々に利用者の広がりができるにつれ,開発と普及促進の役割は別個に活動する必要が生じてくる。ちょうど車の両輪といったところだろう。

 オープンソース・ソフトウエアのコミュニティは開発コミュニティであり,日本には開発者が足りない,という議論が常にある。これは確かにその通りであるし,開発者が不足しているのも事実だが,そもそも開発者が少ないのはオープンソースの領域だけではなく,現在のIT業界全体が抱える大きな課題だろう。この課題の解消にはある程度時間がかかると思われるので,コミュニティのもう一方の側面である普及促進の活動について考えてみよう。

普及促進で行うべきこととは?

 ソフトウエアの普及促進とは,会社組織のモデルでいえばマーケティングであり,セールスである。オープンソース・ソフトウエアをより容易に,効果的に利用するためのマニュアルやFAQなどの付加情報を作成して提供することなどがその一例だが,これもまた一種の開発作業とも言える。

 そして,これらの情報を広めるためにWebサーバーやメーリングリストサーバーの構築や運用を行い,さらには生の情報を伝えるために会場を借りてセミナーや勉強会を開催するなどがコミュニティ主体で行われている。

 これらは企業がビジネスを行う上で採用するオーソドックスな手法と大きく変わるところがない。違うのは,その活動がボランティアだったり,ビジネスに間接的にしか結びついていないという点だろう。なぜ,直接的な利益に結びつかないこれらの活動を行う人々がいるのか,コミュニティの外側から見るとなかなか理解できないのではないだろうか。これは,コミュニティ活動がもたらす目に見えにくメリットを考えることで理解できると思う。

擬似的な企業活動による経験のもたらすもの

 筆者が本コラムで再三コミュニティ活動に参加して勉強しよう,スキルを磨こうと言っているのは,このようなコミュニティ活動が擬似的な企業の活動として捉えることができるからだと考えている。筆者が見聞きしている範囲では,技術者は業務の内容が単純作業だったり,非効率的なやり方を押しつけられている(少なくとも本人はそう感じてる)ことに不満を感じていることが多いようだ。言われた通りに仕事をしなければならず,やりたいことができなかったり,思うようなスキルアップが望めないことで将来に対する不安を持つ技術者もいる。

 一方で,オープンソースコミュニティでは,誰かが指示をしてくれるわけではないが,自分で必要だと思ったことは,やり通す意志と力さえあれば,実行することができる自由がある。会社が技術者を育ててくれるというような悠長な時代は残念ながら終わってしまっている。もし仕事でスキルアップしていくことに不安があるのであれば,どんどん外の自由な世界に飛び込んでいくべきだ。もちろん,コミュニティ活動は本業ではないのだから,多くの時間を割くことは困難だろうが,若くて時間があるうちに自分の時間をつぶしてでも自分で何かを考えて実行するという経験を買って出ることが,近い将来,本当に自分がやりたいことが見つかった時の財産になることは間違いない,と強く言っておきたい。

例えばセミナーを企画してみると

 具体的な活動を例に,どのようなことをやっているのか見てみよう。筆者の場合,セミナーを企画開催することが多い。そのプロセスを紹介しよう。

 セミナー開催は生きた情報を提供したい時に行うので,定期的な開催の他,ソフトウエアのバージョンアップなどに合わせて行うことが多い。例えば7月30日に開催した「PHPカンファレンス2005」は毎年夏に開催しているセミナーだが,今回はPHP5への移行というテーマを決めて企画を行っている。

 このようなテーマやセミナー内での講演内容については,有志が呼びかけで集まって企画会議を行って決める。合わせて日程や会場,想定する参加者数なども決め,会場確保をすることになる。この辺りの企画立案のプロセスは,企業内で行われていることと本質的に変わりはない。

 並行して講演者の選定や交渉を行うが,これらの作業は担当を割り振って行うことが多い。日程や講演の内容,場合によっては交通費や講師謝礼の調整も必要となる。こんなところで,ちょっとした交渉力が磨かれるのだろう。

ボランティアでもビジネス感覚を

 ボランティアであるため,できるだけ低コストで開催を行うといっても会場費などの費用が発生するので,関連企業に対して協賛を依頼する場合も多い。地域のお祭りで寄付金を集めるような感じだが,当然営利企業に対して依頼するわけであるから,協力に対してのメリットも必要となる。ただし,宣伝色が強くなってしまうと参加者に違和感を感じさせてしまうことになるので,調整が必要となる。このあたりのやり取りはなかなか経験できるものではなく,ビジネス的なバランス感覚が大いに養えるところだと筆者は考えている。

 他にも告知の作成や参加登録受付,当日のセミナー運営と,日常的な業務ではなかなか経験できないことも多い。特に技術者にとっては営業的なビジネス・スキルを伸ばす機会がふんだんにあると言ってよく,貴重な経験となること請け合いである。

どうやって活動に参加するか?

 このような活動に興味を持ったならば,まずはセミナーや勉強会に参加して,運営をしている人に活動に興味があることを伝えてみよう。間違いなく歓迎されるはずだ。きっと次に何か集まりがある時には声がかかるだろうから,それらの集まりに参加するところから始めてみよう。どのようなコミュニティがあるのか知りたいのであれば,9月17日(土)にオープンソースコミュニティが多数集まるイベント「オープンソースカンファレンス」が東京で開催されるので,足を運んでみてほしい(開催の詳細は次回お伝えする)。

 コミュニティではやるべきことは沢山あるから,その中から自分にできそうなことを引き受けてみる。もちろん,自由になる時間や自分のスキルと相談しながら。そうやって少しずつ,自分の中で本業とはまた別の,新しい世界やスキルを築いていってほしい。以前にも書いたが,オープンソースコミュニティは一種の学校であり,多くのことを教えてくれる。自分が勉強をしながら,かつ多くの人に対する貢献ができるのがコミュニティの魅力であり,是非楽しみながら活動してくれる人が一人でも多くなることを期待したい。

宮原 徹(Toru Miyahara)
■著者紹介

宮原 徹(みやはら・とおる)氏

株式会社びぎねっと 代表取締役社長/CEO。1994年~99年,日本オラクル株式会社でデータベース製品およびインターネット製品マーケティングに従事。特に,日本オラクルのWebサイト立ち上げ,および「Oracle 8 for Linux」のマーケティング活動にて活躍。2000年,株式会社デジタルデザイン東京支社支社長兼株式会社アクアリウムコンピューター代表取締役社長に就任。2001年,株式会社びぎねっとを設立し,現在に至る。1972年,神奈川県生まれ。中央大学法学部法律学科卒。Linuxやオープンソース・ソフトウエアのビジネス利用を目指したProject BLUEの設立をはじめ、様々なオープンソース・コミュニティの活動に従事している(宮原氏インタビュー「会社に閉じこもらず交流しよう」)。