Linuxのネットワーク機能の開発責任者(メンテナ)であるDavid S.Miller氏。腕利き揃いのLinuxカーネル・ハッカーの間でも,Miller氏の技術力に対する評価はひときわ高い。そのMiller氏が来日し,Linux Kernel Conference 2004で講演した。講演では,ネットワーク機能の改善に関する高度な技術的解説が行われたが,既存の特許をクリアするための苦労も語られた。Miller氏に,特許がLinuxの開発に及ぼしている影響などを聞いた。(聞き手はIT Pro編集 高橋信頼)

――特許はLinuxの開発にどのように影響していますか。

David S.Miller氏
 現在Linuxの著作権に関する紛争(編注:米SCO Groupによる訴訟)が発生していますが,特許は,さらに広い範囲をカバーします。著作権は表現だけを保護しますが,特許はアイデアを保護するためです。著作権に比べ,影響は大きくなります。

 また,オープンソース・ソフトウエアでは特許侵害が発見しやすい。バイナリだけで配布されているコードは,ある特許を使っているかどうか判定することは難しい。しかし,ソースコード公開の義務があるGPLのプログラムであれば,容易に判明します。

 ただ,オープンソースのソフトウエアに使う場合であれば,使用を許可する特許権保持者もいます。IBMは,マルチプロセッサでのロックの特許を,GPLコードに使用することを許可してくれました。このロック手法はRCU,Read Copy Updateと呼ばれるもので,この技術を使わずに目的を実現するのは非常に難しい,という特許です。

――Linuxのネットワーク機能の改善で必要になった,最長一致検索アルゴリズムに関して,米Cisco Systemsに,アルゴリズム特許の使用許可を得ることを試みたとのことですが。

 そうです。Ciscoが特許を取得している,ツリー・ビットマップと呼ばれる手法は最も優れたアルゴリズムのひとつであり,実際に,Ciscoの担当者に接触し,GPLコードに使用させてもらうよう,交渉しました。アルゴリズムの開発者は同意してくれたのですが,経営層と弁護士にあたったところ,拒否されました。

 他のアルゴリズムとしては,ハッシュ・テーブル上のバイナリ・サーチと呼ぶ手法は特許保持者である米Washington大学と交渉中です。こちらは許諾が得られる見込みです。また,Robert Olsson氏が開発したLPC-Trieと呼ぶアルゴリズムは完全に自由に使用できる許可が得られました。

 今後,これらのアルゴリズムのベンチマークやテスト,最適化を行います。しかし,アルゴリズムのリサーチは今後も継続し,もしも必要があれば,独自のアルゴリズムを開発するかもしれません。

――そのほかに,これまで特許が問題になったことはありますか。

 私が開発している範囲ではありません。自由に使えるアルゴリズムを採用するか,特許権者に許可を得るようにしています。

――他のLinuxのメンテナも,あなたのように特許を意識して開発しているのでしょうか。

 Linux Torvaldsが私に言ったことがあります。彼の基本的な方針は,「more research,more trouble(調べれば調べるほどトラブルが増える)」です。トラブルになるのは,特許が取得されているテクニックを知ってしまってそれを使った場合です。しかし,自分で考えた方法ならトラブルはありません。だから,積極的に特許を調査することはありません(笑)。

――特許を巡る現状をどう見ていますか。

 I/Oやメモリー管理などでも問題になる可能性はありますが,とりわけネットワークは,様々なネットワーク専用デバイスが競合するため,多くの会社の特許が問題になります。そういった会社は,専門の知財担当部署を持っています。他社から特許侵害で訴えられれば,多額の賠償金を払わねばならないためです。これらの会社にとっても,知財担当部署はコストになっています。

 興味深いのは,最近,Ciscoと交渉していてわかったことですが,彼らも,互いに特許がなければ,問題は簡単になるのに,と感じているのです。

 コンピュータの特許に関する訴訟にどれだけ時間を費やしても,それが実際にお金を生むことは稀です。多くの場合は,互いに特許の利用を認めるクロスライセンスで決着します。

 特許が,お金のかわりに交換される,コンピュータ産業でビジネスを行うためのコストになっています。

 特許という概念が破綻しているというわけではありません。というより,人間が,特許システムを今日のこのような形で使われるようにさせている。問題は使われ方だと思います。

(高橋 信頼=IT Pro)