Linuxをはじめとするオープンソース・ソフトウエアが普及し,様々な局面で使用されるようになってきた。そのことは,コストの削減やベンダー・ロックインからの回避,システムからのブラックボックスの排除など,さまざまなメリットをもたらしている。

 しかし,一部ではオープンソースに適合できないための問題も発生している。筆者は最も適応できていないのは,実は技術者なのではないかと考えている。

 これまでオープンソースに関係する技術者というと,趣味が高じて,あるいはビジネスニーズを感じて自分からオープンソースの世界に入って来たというパターンがほとんどだった。しかし最近は,オープンソースの採用の拡大にともない,業務上必要になったのでオープンソースエンジニアになる,というケースが目立つようになってきた。

 私の会社が開催しているオープンソース関連のセミナーやトレーニングに参加される方に参加理由を聞いてみると,「今までWindowsをやっていたのだが,今後Linuxが必要になったので」という理由がかなり増えてきているのだ。

オープンソースへスキル転換するための時間と教育が与えられない技術者

 このようなケースはシステム構築コスト,特にソフトウエアのライセンス費用の都合からオープンソースを採用することになったため,急遽技術者がスキル転換をしななければならなくなったところから始まっている。ほとんどの場合,技術者はWindowsで構築したシステムの運用管理が今までの主な仕事で,システム構築の経験は少なく,しかも新規案件の納期期限は迫っている,といったところだろうか。

 実際,これは最悪か,悪夢のようなシナリオだ(どちらにも大きな違いはない)。私はよくWindowsをオートマ車に,Linuxやオープンソース・ソフトウエアをマニュアル車に喩える。オートマ限定免許で教習を受けてオートマ車しか運転したことがないドライバーが,いきなり同じ車だからとマニュアル車を運転しなければならなくなったことを想像してもらえば,大体のイメージはつかんでもらえるだろう。こんなことは実際の生活の中ではまずあり得ないことだろうが,現在のシステム構築の現場ではよくあることになりつつあるのが怖いところだ。

 残念ながら,この問題に対する特効薬はない。Windowsからオープンソースへスキル転換するための時間と教育が必要でしょう,という真っ当な処方箋しかない。しかし,時間も与えられず教育も受けられない技術者は,様々な悲劇を巻き起こすことになる。

 例えばインターネットサーバーならば,設定が甘くセキュリティの問題を残したままサービスを開始することになる。既にポートスキャンされることなどごく普通のこととなっているだけに,狼の群れの中に羊を投げ込んだようなものだ。クラッカーは巧妙に侵入した痕跡を隠すから,管理者はサーバーが既に乗っ取られていることに気づく由も無く,さらに他のマシンを攻撃する踏み台にされているというわけだ。

 また特に多いのが,メーリングリスト上での問題だ。

 オープンソース・ソフトウエアでは,メーリングリストによるユーザー間での相互支援が有効な問題解決の手段となっている。前述したとおり,最近は業務上差し迫ったオープンソース初心者が,メーリングリストで質問をするケースが増えている。ほとんどの場合,「初心者です」「業務上必要になって」「ご回答よろしくお願いいたします」などといった文言が並ぶことになる。それに対して,「初心者ということを免罪符にして調べもせずに質問するのはやめましょう」「メーリングリストは技術サポートではありません。業務上必要なら,しかるべきところとサポート契約を結びましょう」「ご回答する義務などありません」などといった返答が返る。

 そのようなやり取りを目の当たりにした初心者は萎縮して質問はしにくくなるし,場合によっては「そんなことを言われる筋合いはない。メーリングリストから抜けて,もう2度と来ません」などということになることもある。答えるつもりがないならわざわざそんなことを言わずに無視しておけばいいのにと思うのだが。

 最近はこの手のトラブル,軋轢がやたらあちこちで目に付くようになった気がする。

情報は「組織」ではなく「個人」に蓄積される

 なぜこんなことになってしまったのだろうか。理由は色々と考えられるが,最大の理由はシステムのオープン化に伴って「情報」の流れ方が変わったことにあるのではないか。クローズドなシステムであればそれらの情報はすべてベンダーから提供されるものだが,オープンなシステムになっても同様の要求をしていないだろうか。

 「情報」は「ノウハウ」と言い換えてもいい。簡単なところでいえば,あるソフトウエアがあるハードウエアで正しく動作するかといった動作保証の問題から,オープンシステムの特徴でもあるいくつかのコンポーネントが接続され,連動して動くかという点まで,システム構築には様々なノウハウが要求される。

 オープンソースソフトウエアはその普及の経緯から,職人的なシステム技術者が自分たちの「道具」として使ってきた。だからノウハウは「会社」という組織ではなく,それらの「個人」に蓄積されているといえる。これらは隠れていてなかなか見えないが,例えばメーリングリストで問題を解決するために披露されたり,ユーザー会などの集まり(ほとんどの場合は単なる飲み会だったりする)で酒の肴になったりする。そのような「活きた情報」があるのだから,積極的にそのような「場」に出てくることをおすすめしたい。

 もし,何か興味があるオープンソースソフトウエアがあれば,その活動に参加してみてはどうだろうか。どのグループも常に活動メンバーを募集しているし,人手は圧倒的に足りない。

 もしかするとそのような活動は特別な能力を持った人だけができることであって,自分にはできないと思っているかもしれない。だが実際にはほとんどの人がある意味で「単なる普通の人」だ。システム技術者であることが多いが,まったく関係ない仕事をしている場合もある。活動も,もちろん技術的なことは多いが,業務ではなかなか経験できないサーバー運用などにかかわれるのは大きなメリットだろう。メールで何かできることはないか聞いてみてもいい。他にも技術的ではないことや雑用など,できることは沢山ある。

 活動グループの雰囲気を見てみたい方は,9月4日(土)に東京で開催される「オープンソースカンファレンス2004」に是非足を運んでみてほしい。主立ったオープンソースのグループが,展示やセミナー,パネルディスカッションなどを行う予定だ。きっと現状から脱却するための,何かのきっかけになるのではないだろうか。


■著者紹介
宮原 徹(みやはら・とおる)氏
株式会社びぎねっと 代表取締役社長/CEO。1994年~99年,日本オラクル株式会社でデータベース製品およびインターネット製品マーケティングに従事。特に,日本オラクルのWebサイト立ち上げ,および「Oracle 8 for Linux」のマーケティング活動にて活躍。2000年,株式会社デジタルデザイン東京支社支社長兼株式会社アクアリウムコンピューター代表取締役社長に就任。2001年,株式会社びぎねっとを設立し,現在に至る。1972年,神奈川県生まれ。中央大学法学部法律学科卒。Linuxやオープンソース・ソフトウエアのビジネス利用を目指したProject BLUEの設立をはじめ、様々なオープンソース・コミュニティの活動に従事している(関連記事)。