オープンソース・ソフトウエアを導入する自治体が増えている。インターネットの情報提供やファイル共有だけでなく,電子決済などのシステムにも及ぶ。ライセンスが無償であるためコストが削減できるだけではない。「小規模な企業の参入が容易なため,地元の企業を育成できる」ことからオープンソースを選んだ自治体もある。

写真1●鹿児島県天城島町の特産品などを販売するECサイト
「ゆいしょっぷ」(http://www.e-yuishop.com/)。オープンソースのECサイト構築パッケージosCommerceを採用している
写真2●宮城県名取市役所の水道部門会計システム
オープンソースのJava APサーバーJBossやPostgreSQLを採用したパッケージ「NJS公営企業会計システム」を導入
表1●オープンソース・ソフトウエアを採用した自治体の例
 鹿児島県奄美諸島のひとつ,徳之島の3つの町,徳之島町,天城町,伊仙町はいずれも,庁舎内のイントラネットとインターネットの情報発信に,Linuxを採用している。Webサーバーのほかメール・サーバーやDNSサーバー,ファイル・サーバーやプロキシ・サーバーなど,数台のLinuxサーバーを使用している。

 3町が採用したWebコンテンツ管理システム「らくらくシステム」は,RDBMのPostgreSQLやWebアプリケーション開発言語のPHP,グループウエアのSkyBoardと,すべてオープンソース・ソフトウエアを利用して開発されている。沖縄市の国際システムが,徳之島で最初にLinuxを導入した天城町の要望を取り入れ開発したパッケージだ。

 天城町では,地元の特産品を販売するECサイト「ゆいしょっぷ」も,Linux上にオープンソースのECサイト構築ソフトウエアosCommerceを利用して構築している(写真1)。osCommerceはPHPとオープンソースDBMSのMySQLで構成されているソフトウエアだ。

コストでオープンソースを選ぶ

 オープンソース・ソフトウエアを採用した最大の理由はコストだ。3町とも,Windowsをサーバーとした企業の提案と比較したが,徳之島町,伊仙町は入札の結果,Linuxを提案した国際システムの入札価格が最も低かった。

 天城町の場合,初期費用ではLinuxサーバーより低い提案もあったが「オープンソース・ソフトウエアは,クライアントが増えても追加のライセンス料金が発生せず,特に長い目で見て経済的」(総務部 電算係長の基田雅美氏)と評価した。

 宮城県 名取市では,水道部門の会計システムに,オープンソースのJavaアプリケーション・サーバーJBossとPostgreSQLを採用した会計パッケージ「NJS公営企業会計システム」を導入している(写真2)。入札の結果,最も安価だったためだ。水道部門には特にコンピュータの専門家がいるわけではないが,2003年4月に導入して以来,特に障害は発生していないという。

地元IT企業を育成できる

 長崎県は,大規模に自県での開発を進めている例だ。2003年6月にWebベースの文書管理システムおよび電子決裁システムを完成させ,2003年12月,休暇届けシステムが稼働した。2004年4月には電子申請システム,地図システム,2004年7月に経路検索システムが稼働予定する予定だ。

 2004年1月時点でサーバー全体の6割以上,40台近くがLinuxになっているという。MySQL,PHPといずれもオープンソース・ソフトウエアを使用している。

 長崎県でのオープンソース・ソフトウエア導入は,日本総合研究所出身の島村秀世 総務部参事監 情報政策担当が中心になって推し進めている。オープンソース・ソフトウエアを採用する理由はコストだけではない。「地元のIT企業を育成する」(島村氏)ことにある。

 「商用ソフトウエアは,技術者に講習や資格試験を受けさせるために初期投資が必要で,どうしても大手企業が有利になる」(同)。実際に,従来長崎県のシステム調達はほとんど中央の大手企業が受注していたが,15~16社の地元企業が新たに参入でき,中には従業員10人の企業もあった。現在は地元企業が半数を占める。

そのほかにも,埼玉県さいたま市が粗大ごみの戸別収集受付システムのDBサーバーにLinuxを採用したり,東京都目黒区がLinuxサーバー8台を,ファイル・サーバーおよびメール・サーバーとして導入したりするなど,オープンソース・ソフトウエアは着実に広がっている(表1[拡大表示])。

 兵庫県淡路島の洲本市は,申請や手続きなど600種以上の窓口業務システムをオープンソース・ソフトウエアを利用して開発中だ。2005年1月の完成を目指している。

 地方自治体の広域ネットワークLGWANにも,多数のLinuxサーバーが使われている。ホライズン・デジタル・エンタープライズ(HDE)は,LGWANのゲートウエイに,同社の運用管理ツールHDE Controller LG Editionを2003年末までに751本出荷した。「通常1自治体で1本導入するため,751自治体がLGWANにLinuxを導入したと考えられる」(HDE 取締役副社長 永留義己氏)。

 外郭団体では,沖縄県の沖縄観光コンベンションビューローが,インターネットで観光情報の収集や発信を行う「観光情報共通プラットフォーム」を2004年3月中に開発する予定だ。オープンソース・ソフトウエアを活用するだけでなく,開発したシステム自体をオープンソース・ソフトウエアとして公開する方針である。

 ベンチャー企業育成を行っている岐阜県の外郭団体ソフトピアジャパンは,オープンソース・ソフトウエア開発環境の提供などを行っているオープンソース推進協議会を2003年7月に設立している。

Linuxだけでは安くならない

 とはいえ,自治体でのオープンソース・ソフトウエア利用には課題や注意点も多い。オープンソース・ソフトウエアを採用しさえすれば,必ずコスト削減や地元企業の育成ができるわけではない。

 OSDLジャパンが,2003年10月に公開した「自治体システムへのオープンソース適用性に関する調査報告書」によれば,自治体の担当者は,LinuxはWindowsに比べ初期導入コストは低いものの,システム開発コストは高いと評価している。

 しかし,冒頭に挙げたように,コストが決め手になり導入されたケースも多い。ポイントになるのは,商用ではライセンス料の高いDBMSや開発ツールなど,ミドルウエアやアプリケーションでオープンソース・ソフトウエアを活用,およびそれらを使用したパッケージ・ソフトウエアの利用だ。

 また,小企業が受注できるようにするためには,発注者側でシステムを小規模に切り分け,仕様書を作成する能力が求められる。長崎県では実際に県がシステムを切り分け,仕様書を作成した。長崎県の島村氏は「地元企業育成には『自治体が汗をかく』必要がある」と指摘している。

(高橋 信頼 IT Pro編集)