VA Linux Systemsジャパンが開催したLinux Kernel Conference2003の講演者として来日した,次期安定版Linuxカーネル2.6のメンテナ(管理責任者)Andrew Morton氏と,最も有力なカーネル開発者の1人であるPaul 'Rusty' Russell氏に話を聞いた。

 両氏はスケーラビリティやパフォーマンスが向上したと,新カーネルの仕上がりに自信をみせる。また,SCO訴訟問題(関連記事一覧)については権利侵害の可能性を調査したが発見できなかった,裁判などで問題個所が明らかになれば数分で,遅くとも数日で除去または修正できると述べた(聞き手は日経Linux編集 麻生二郎,日経システム構築 副編集長 高橋信頼)

--- カーネル2.6の最も重要な新機能は何でしょうか。

 
  Andrew Morton氏
Morton氏:最も期待しているのは,サーバーに関してはスケーラビリティです。カーネル2.4は4~8プロセッサのSMP(対称型マルチプロセサ)をターゲットとしていました。カーネル2.6のターゲットは16から32プロセサです。

 デスクトップ用途では,ユーザー・インタフェースの反応が向上したことが感じられるはずです。プロセス・スケジューラを改良したためです。

 組み込み向け用途では,MMU(メモリー管理ユニット)がない組み込み用途向けCPUで動作させることができるようになりました。

 Oracleなどに有用なデータベース向けの機能として,Direct I/Oと呼ぶ機能(RAWデバイスに似た機能)を備えました。

 ディスク性能も向上しています。ext2ファイル・システムの場合,2倍くらい速くなりました。ext3ファイル・システムでは10倍速くなりました。Anticipatory(予測)I/O SchedulerというI/Oスケジューラを使うことで,場合によって100倍速くなるケースもあります。

--- カーネル2.6の正式なリリースはいつになるでしょうか。

Morton氏:はっきりとは言えませんが...今年末ごろではないかと考えています。

--- 今,2.6.0-test7という段階ですが(インタビュー時点。10月17日にtest8がリリースされた),完成度はどのくらいですか。

Morton氏:2.4.15や2.4.16と同程度だと思います。1年前から自分のマシンで2.6を使用していますが,問題なく使用できています。

 もっとも,テストをパスできず2.6に間に合わない機能もあります。例えばAIO(非同期I/O)やクラッシュ・ダンプの機能などです。これを今後の2.6のリリースに統合するかどうかは,まだ分かりません。

--- 2.6に入らないおもな機能はどんなものですか。

Morton氏:ほとんどはまだ決まっていませんが,メモリーのホット・プラグ(稼動中の交換)は入らないことが決定しています。あまりに複雑すぎるためです。

--- Linus Torvalds氏が2003年7月,米TransmetaからOSDL(Open Source Development Lab)に移籍しました(関連記事)。Morton氏もOSDLに出向していますが,一緒に働いているのですか。

Morton氏:Torvalds氏はサンノゼに,私はパロアルトと離れているため,数カ月に1週間集まって仕事をするといった状況です。ただし,昔から大量のメールをやり取りしています。

--- Torvalds氏がOSDLに移籍したことで,どのような影響がありましたか。

 
Paul Russell氏  
Morton氏:Torvalds氏はTransmeta社にいたころから,自由にLinuxの開発をしていたので,実質的な変化はないですね。

Russell氏:初めてLinuxの会社のために働いているという,精神的な意味での変化はあると思います。

--- 日本の開発者に対する印象は。

Morton氏:おとなし過ぎますね。もっとKernelメーリング・リストなどで発言してほしい。カーネル開発に参加している日本人がどのくらいいるのかも分かりません。日本に来ると,技術を持ち,面白いことをやっている人がいることが分かりますが,普段は,それが伝わってこない。

 日本での活動で思う浮かぶのは,IPv6モジュールを開発しているUSAGI Projectと,PlayStationへの移植SHプロセサへの移植です。

 それから,私は(日本で開発されたメール・クライアントの)Sylpheedを使っていますよ。

--- VA Linux Systemsジャパンの高橋浩和氏が行なった,NFS(ファイル・サーバー機能)の性能を向上させる修正がカーネルに取り入れられています。

Russell氏:私自身はコードを見ていませんが,NFSのメンテナであるDavid Miller氏は非常に厳しいので,取り入れられられたことは素晴らしく思います。

--- -英語が下手でも参加して大丈夫ですか。

Morton氏:もちろん。開発に参加している人の半分は,英語が母国語ではない人たちです。

 Kernelメーリング・リストは投稿数が多いので,返答がないこともあると思いますが,その場合直接メールを送ってください。

--- SCO Groupが同社の知的所有権を持つコードがLinuxに流用されたとしてIBMを訴えています(関連記事一覧)。この件をどう見ていますか。

Russell氏:私は訴訟当事者のIBMに勤務しているため,SCO訴訟問題についてはコメントできません。

Morton氏:2~3カ月前に,他のカーネル開発者と,カーネルのコードを調査してみました。コードがどこから来たものか調べ,企業などから寄贈されたコードは,寄贈元に出してよいコードだったのか確認したりして,数週間調べてみましたが,問題があると思われるコードは発見できませんでした。

 裁判にはかなり時間がかかるでしょうが,裁判で問題ある場所が明らかになれば,数分で削除できます。中核の深い部分にあったとしても,数日あれば書き直すことができます。

--- おふたりは企業に所属しながらフルタイムでLinuxの開発をなさっています。雇用している企業にとってはどのようなメリットがあるのでしょうか。

Morton氏:私は米Digeoという企業に所属し,OSDLに出向しています。DigeoはLinuxを使った製品を出しており,製品開発やサポートで役に立っています。

Russell氏:私は,オーストラリアIBMの研究所に所属しています。IBMはLinux対応のミドルウエアとサーバーをビジネスにしています。Linuxの機能が向上することは,IBMのビジネスにプラスになっています。


【追記 2003-10-22】
Russell氏の「私は訴訟当事者のIBMに勤務しているため,SCO訴訟問題についてはコメントできません。」という発言を追記いたしました。