3月24日,欧州連合(EU)の独占禁止法に違反したとして,約6億300万ドルの制裁金支払いを命じられてしまった米Microsoftだが,その前週,米国で同社にまつわる奇妙なニュースが流れた。同社が米America Online(AOL)を買収することで,米Time Warnerと協議中というニュースである(関連記事)。

 報じたのは米大衆紙のNew York Post。同紙が独自に入手した情報によると,Time Warner社とMicrosoft社の幹部は,ここ数カ月,この件に関して幾度か話し合いを持ったという。同紙はその2日前にも,Time Warner社がAOLの売却先あるいはスピンオフを検討中であると報じていた(New York Post紙の掲載記事)。

 もし,Microsoft社がAOLを買収したら,それこそ独禁法に大きく抵触する可能性がある。Time Warner社も「そんな事実はない」ときっぱりと否定している(米Infoworldの掲載記事)。しかしこうしたAOLの売却話については,かねてからウワサが流れていたのも事実。そして,その最大の要因はAOLの業績不振にある。とりわけ業績を支える会員数の減少が今,深刻化しているのだ。今回はAOLが直面している問題についてレポートする。

■1年以上も減少がとまらない

 Time Warner社は,2003年通期の決算で,純利益26億3900万ドルを計上し,黒字転換を果たした。これは,AOL事業以外のすべての事業が成長したことが要因である(関連記事)。今やAOLはTime Warner社にとって唯一の“汚点”ともささやかれる存在となった。このことを象徴するのが,昨年9月の社名変更である。社名から「AOL」の文字をとり,ティッカー・シンボル(証券取引所の銘柄コード)も「AOL」から「TWX」に変更した。

 その最大の要因がAOLサービスの会員数減少だ。ほぼ1年前,本コラムで「AOLの会員数が初めて減少に転じた」と伝えたが,会員数の減少はその後も止まっていない。AOLの米国における会員数は,2002年9月末の2670万人をピークに,その後のすべての四半期で減少を報告。2003年の12月末では2430万人となり,ピーク時から240万人も減少してしまった(グラフ1)。

  グラフ1●AOLの米国会員数の推移 出典:Time Warner

■「ダイアルアップ会員の減少をブロードバンドで補う」

 3月17日に米Washington Postに掲載された記事によると,AOLは当初,2007年までに米国の会員数を3300万人に増やすという計画を立てていたが,その後下方修正し,3000万人とした。しかしこれでも,「あまりにも楽観的だ」とし,懐疑的にみるアナリストが多いという(掲載記事)。

 AOLの戦略は,減少するダイアルアップの会員数を,ブロードバンド・サービス会員の増加で補うというもの。しかしTime Warner社の決算報告によると,2003年の12月末における会員の減少数(前期比)は83万人。これに対し増加数は43万人にとどまっている。計画が予定通りに進んでいないことがよく分かる(発表資料)。

 AOLのサービスは,ダイアルアップ接続のユーザーを対象にした「AOL Dial-Up Service」とブロードバンド接続ユーザーを対象とした「AOL for Broadband」がある。前者の月額料金は,23.90ドルで,時間課金なしのサービス。米国の市内通話は,日本のように時間による課金がない。つまり会員は23.90ドルを払いさえすれば使い放題でAOLのサービスが楽しめるというわけだ。

 一方のAOL for Broadbandには2つのサービスがある。月額料金が24.95ドルで,ブロードバンドとダイアルアップのいずれもが使い放題のサービスと,月額14.95ドルでブロードバンドのみが使い放題(ダイアルアップは5時間分付く)のサービスがある(AOLの資料)。

 しかし,この2つはどちらも「Bring Your Own Access」と呼ばれるサービスで,ユーザーが自分でDSL,あるいはCATV回線を別途用意しなければならない。米国の平均的なDSLサービスの月額料金は,30~40ドル,CATV回線は45ドル(掲載記事)。つまり,AOLのブロードバンド向けサービスを楽しむためには,少なくとも44.95ドルかかることになる。

■Covadとの提携でブロードバンド戦略を見直し

 AOLはこれまで,ブロードバンド回線接続(DSLやCATV)とオンライン・サービスをセットにしたサービスを月額54.95ドルで提供していたが,つい最近になってやめてしまった。これは米Time Warner Cableや地域DSL事業者と組んで提供していたバンドル・サービスだった(掲載記事)。

 バンドル・サービスをやめた代わりに打ち出したのが,3月11日に発表した米Covad Communications Groupとの提携である。月額34.95ドルというCovad社のDSLサービスとAOLのブロードバンド・サービスを組み合わせて提供することで会員数を増やすというのが狙いである(関連記事)。

 Covad社は,全米の96都市でDSL接続サービスを提供している会社。Time Warner Cable社などと組んで提供していたこれまでのバンドル・サービスは特定の地域に限られていたが,Covad社との提携により,AOL for Broadbandを全米規模で大々的にプロモートできるようになるというわけだ。

■ブロードバンド会員増やすと売り上げが減る

 実は,AOL社がこうした展開に出たのには致し方ない事情がある。まず,AOLの全会員数に占めるブロードバンド向けサービスの会員数はわずか12%にとどまっているという事実がある。

 そこで,前述した通り,AOLは月額料金がダイアルアップよりわすか1.05ドル高いだけの24.95ドルで,ブロードバンドとダイアルアップの両方が無制限に使えるサービスを用意している。これは現在のダイアルアップ会員をブロードバンドに乗り換えさせるためのプランである。ほぼ同じ料金でこれまでのようにダイアルアップが使えるし,別途DSLサービスを契約すればブロードバンドのサービスも利用できるようになる。

 しかしこれには大きな誤算があった。24.95ドル払ってさらにDSLを別途契約するという人があまりいなかったのだ。AOL for Broadbandの会員のうち,大半が14.95ドルの安い方の会員という結果になった。わずか1ドルの差という微妙なさじ加減で会員をブロードバンドへ移行させるという計画は無残にも失敗に終わったというわけだ。

 残されたのは,14.95ドルの安い方のサービスを前面に打ち出していくこと。しかしAOLとしては,現在毎月23.90ドルを払ってくれる88%の会員を,14.95ドルの会員にしたくはないという悩みもある。2000万人強もの会員からの売り上げが毎月それぞれ9ドル減ることの影響は大きい。現状でも業績不振の状態の上,売り上げがさらに縮小することになる。かといって,現状を放置していれば顧客はどんどん他社サービスに移行していく。背に腹は代えられない。一刻も早く何らかの手を打つ。AOLは今,こうした窮地に追い込まれているという状況なのである。

■なんとなく説得力を持つNew York Post紙の報道

 最後に今回のNew York Post紙の記事について少し考えてみたい。この記事ではいくつか興味深いことを挙げ,Microsoft社によるAOL買収の可能性について説明している。

 例えば,「Time Warner社とMicrosoft社は,AOLの負債をMicrosoft社が引き受けることについて話しているが,それと同時に,Microsoft社によるTime Warner Cable社への出資についても協議している」。また「Microsoft社は,旧AOLと旧Time Warnerが合併する数年前から,AOLを欲しがっていた」ともある(掲載ページ)。

 なるほど。Microsoft社は,先ごろ米Walt Disneyの買収提案を行ったCATV最大手,米Comcastに10億ドルを出資しており,Comcast社の7%の株式を保有している。ちなみにMicrosoft社によるこの出資は1997年のことだった。Comcast社はその後勢いがつき,2001年にTime Warner社(当時はAOL Time Warner)に競り勝ち,米AT&TのCATV部門を買収,業界トップに躍り出た。

 そのTime Warner社CEOのDick Parsons氏は最近,CATV事業の拡大計画を公表している。このTime Warner Cable社は現在,Comcast社に次ぐ米国2位のCATV事業者である。このことと,Time Warner社の業績が,AOLの不振をCATV事業などの部門が相殺する形になっているという事実を考えると,なんとなく記事の説得力が増してくるような気もする。ちなみにMicrosoft社のMSNサービス会員数は900万人。これにAOLの会員数を足すと3330万人になる。さて,読者のみなさんはいかがお考えだろうか。

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