米国時間2月17日,ついに米AT&T Wirelessの売却先が明らかになった。米Cingular Wirelessが総額410億ドルの現金で買収するのだ(関連記事)。Cingular社は,2400万人の加入者を持つ米国第2位の携帯電話事業者。AT&T Wireless社は米国第3位で,その加入者数は2200万人。今後,規制当局の調査が入るが,承認されれば今年末ごろに,首位の米Verizon Wireless(3750万人)をしのぐ,巨大携帯電話会社が誕生することになる。

 Cingular社は,地域電話事業者の米SBC Communicationsと米BellSouthがそれぞれ60%と40%を出資して,2000年に設立した会社。一方のAT&T Wireless社は2001年に長距離通信の米AT&Tからスピンオフして設立された。2001年にNTTドコモが98億ドルを出資し,株式の16%を持っているが,この買収が成立したらすべてをCingular社に売却する予定である。

 そして,現在首位に立つVerizon Wireless社は,米国の地域電話最大手である米Verizon Communicationsと,今回の買収に競り負けた英Vodafoneが2000年8月に共同で設立した会社だ。これだけ見ても,米国の携帯電話市場は実に複雑。今回はこれらを整理するとともに,今後の米国携帯電話市場について考えてみたい。

■米国市場を構成する6社

 米国の携帯電話市場は現在,前述したVerizon Wireless社,Cingular社,AT&T Wireless社の3社の後を,米Sprint PCS,米T-Mobile USA,米Nextel Communicationsの3社が追っているという構図になっている(表1)。

 4位のSprint PCS社は,米国第3位の長距離通信事業者Sprint社の子会社。5位のT-Mobile USA社はドイツT-Mobile Internationalの米国法人。T-Mobile International社は,Deutsche Telekom(ドイツ・テレコム)社の子会社である。6位のNextel社は,米Motorolaが開発した「iDEN」(integrated digital enhanced network)方式のサービスを提供している会社である。

表1●米国の携帯電話会社

順位 社名 加入者数 通信方式 関連(出資)会社
1位 Verizon Wireless 3750万人 cdmaOne Verizon Communications
英Vodafone
2位 Cingular Wireless 2400万人 GSM SBC Communications
BellSouth
3位 AT&T Wireless 2200万人 GSM NTTドコモ
4位 Sprint PCS 1590万人 cdmaOne 米Sprint
5位 T-Mobile USA 1300万人 GSM 独T-Mobile International
独Deutsche Telekom
6位 Nextel Communications 1230万人 iDEN

■世界統一ままならないVodafone

 今回の買収により,主要プレーヤは6社から5社に減ることになる。一見,競争が緩和され,業界はいくらかでも落ち着くような気もするが,実はその正反対の状況になるというのが米メディアの観測である。なかでも注目されるのがVodafone社の動きだ。Vodafone社は世界市場で首位を誇る携帯電話事業者。世界で統一したブランド戦略を展開しているが,米国市場だけはままならない状況になっている。

 Vodafone社が45%の株式を持つVerizon Wireless社は,Verizon Communications社の前身である米Bell Atlanticの携帯電話子会社と,Vodafone社が1999年に買収した米AirTouch Communicationsを統合して設立した会社。その通信方式はVodafone社の「GSM」ではなく,「cdmaOne」を採用している。このことから第3世代(3G)携帯電話も,Vodafone社の進める「W-CDMA」ではなく「CDMA2000」を採用している。

 このCDMA2000は,米QUALCOMM社がcdmaOneの技術を基に利用周波数帯域を広げた方式なので,現在cdmaOneを採用しているVerizon Wireless社が,CDMA2000に移行するのは当然な流れだ(同様にして,現在GSMを採用していれば,W-CDMAを選択するのが自然な流れとなる)。Verizon Wireless社はすでにCDMA2000の1仕様である「CDMA2000 1x」を拡張したデータ・サービス「CDMA2000 1x EV-DO」を展開している(発表資料用語解説記事)。

■もしVodafoneが競り勝っていたら

 もし今回,Vodafone社がCingular社に競り勝っていたら,Vodafone社には技術開発や電話機の仕入れなどでメリットが得られた。AT&T Wireless社の通信方式はVodafone社と同じGSMで,3GはW-CDMA方式を採用することが決まっているからだ。もちろん現在,Verison Wireless社では実現できていない,「Vodafone全世界統一ブランド戦略」も米国展開できたはずだ。

 ただし,その場合は,Vodafone社が持つVerison Wireless社の株式をすべてVerison Communications社に売却するという条件があった。つまり米国で第3位の携帯電話会社を独占できる代わりに,首位の共同会社を手放すということになっていた。3位ではありながら,完全支配子会社を米国に持つことができるわけで,Vodafone社のメリットは大きかっただろう。

 そしてVerison Communications社もそれを望んでいたと米メディアは報じている(掲載記事)。この米Washingtonpost.comの記事によると,Verison Communications社のCEOであるIvan G. Seidenberg氏は,同社がVodafone社の持つVerison Wireless社株を買いとることに興味があると繰り返し述べてきたという。

■Vodafoneの次なる戦略は?

 Cingular社のAT&T Wireless社買収が成立するには,これから当局による承認を受けなければならないが,これには一定の条件が付けられる可能性がある。両社を合わせたシェアが30%弱になるためだ。もし,Cingular社でなく,Vodafone社だったら,米国における勢力図としてはこれまでと変化がないため,スムーズに承認されたはず,という見方が多い。

 しかしそれも時すでに遅し。今回,自社ブランドの米国進出を断念せざるを得なかったVodafone社は,今,米国戦略を立て直す必要に迫られている。そして,買収による進出を図るとすれば,そのターゲットはおのずと決まってくると言われている。それは,T-Mobile USA社。Cingular社とAT&T Wireless社を除けば,同じGSMを採用しているのはT-Mobile USA社しかないからだ。皮肉にも,T-Mobile USA社の親会社は,世界携帯電話市場で2位で,Vodafone社のライバルであるT-Mobile Internationalである。

 また今回の買収で,首位の座を明け渡すことになるVerison Wireless社が買収に動くとも考えられる。そして,その場合もターゲットは1社しかない。同じcdmaOneを採用するのはSprint PCS社の1社だけだからである。各3G技術間の違いは,2Gに比べれば少ない。将来的には相手選びに関するこうした制約は今よりぐっと減るかもしれない。しかし3Gの導入が遅れている米国においては,当面こうした制約が生じてくる,というのが米メディアの見方なのである(掲載記事)。  

■「Cingular社の経営は行き詰まる」と業界関係

 今回,Vodafone社がAT&T Wireless社を断念した理由は,Cingular社が積み上げた提示額だ。410億ドルを上回る金額では,AT&T Wireless社が手に入ったとしても投資回収は難しい。それよりも現在のVerison Wireless社を維持していた方が,株主利益が高いと判断したのだ。

 このCingular社の出した410億ドルという金額は,今後の経営を危うくするほど膨大な金額である。これにより,親会社であるSBC Communications社とBellSouth社が膨大な借金をすることになり,新生Cingular社の経営が行き詰まると見る関係者も多い。例えば,前出の米Washingtonpost.comの記事の中で,American Technology ResearchアナリストのAlbert Lin氏は「あまりにも高すぎる。400億ドルという現金で何ができるかを考えた方がよい。おそらく無線通信のネットワークをもう1つ,まるごと作れる」と述べている。

 米国の携帯電話市場はし烈な競争を繰り広げている。番号ポータビリティ制度も導入され,値下げ合戦で利益も圧縮されている。「(こうした状況で)投資家にも顧客にも人気のないAT&T Wireless社にこれほどの金額を出すとは」と揶揄(やゆ)する意見も出ている(掲載記事)。

■独自路線で成長してきたNextelだが・・・

 競争激化や淘汰が進む米国の携帯電話市場だが,その中で独自路線で事業展開している企業がある。業界6位のNextel社である。同社が提供するiDEN方式のサービスでは,携帯電話端末にトランシーバ機能を備えており,会話する際,ダイヤルすることなく特定の相手につながる。当初は工事現場での需要が多かったが,やがて一般にも広がり,常に顧客や職場のスタッフと連絡をとっている必要がある現場で利用されている。

 同社の顧客のうち90%が企業ユーザー。また付加価値があるサービスのため,他社のような価格競争も免れている。そのため,1ユーザー当たりの売上高が最も高く,解約率は最も低いという(掲載記事)。なお,同社は米国企業の競争力ランキングでも上位に挙げられている企業である(関連記事)。

 しかし,そんなNextel社といえども安閑とはしていられない状況になってきた。昨年になって,Verison Wireless社やSprint PCS社もトランシーバ・サービスを開始したのだ(関連記事)。Nextel社の市場を奪うべく巨大企業が動き出した。競争力を失った企業はやがて自滅するか,他社に飲み込まれるかのどちらかだ。再び大きく動き出した米国の携帯電話市場。Nextel社がいつターゲットになってもおかしくない状況になってきた。

◎用語解説
3G時代に入った携帯電話,あふれる技術用語を読み解く

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