2003年も残すところ数日となった。思えば今年の初め,IT業界について大きな懸念があった。イラク戦争やSARSの影響から,業界の景気回復などは当分見込めないと言われていたからだ。しかし,イラク戦争はまもなくしてブッシュ大統領が戦闘終結を宣言,年末にはフセイン元大統領の拘束という局面に至った。SARSも一時のパニック状態から脱し,当初懸念されていたような大打撃はなかった。

 そればかりか,最近の記事では,IT業界の本格的な回復を予見させるものが増えてきた。半導体市場の盛り返し(関連記事),パソコン出荷台数の上方修正(関連記事),ハイテク株の上昇(掲載記事)などである。

 感謝祭からクリスマスにかけてのホリデー・シーズンの消費動向が,今年の景気回復を見極める最終的な判断材料と言われ注目されていたが,これについてもまずまずの好結果が報告されている(関連記事)。

 ようやく歯車が好転し始めた米国だが,そうした中,今の米国経済には1つだけ大きなウイーク・ポイントがあると言われている。IT関連の雇用が海外へ流出し,いっこうに止まらないという問題である。

■米国ではITの貿易赤字が慢性化

 米CNET.News.comの報道によると,米商務省が12月16日に出した調査報告「Digital Economy 2003」では,米国のIT業界は再び米国経済成長のけん引役になるという。これら企業がもたらす今年の生産高は,前年に比べ6.4%増大し,1兆2400億ドルに達する。業界の昨年の成長率は1.6%,2001年は0.9%だった。また米国経済全体の今年の成長率は2.9%なので,IT業界がいかに回復を遂げているかがよく分かるという(掲載記事)。

 しかしその一方で,IT業界の雇用については深刻な問題がある。2000年から2002年にかけて,業界全体で従業員数は11.2%減り,480万人となった。同期間における全産業従業員数の減少率は2%なので,IT業界のそれは突出している。また2002年における,全産業のIT職従業員数は590万人。こちらは同期間で8%減っている。

 最大の要因は,今盛んに行われている業務の海外移転である。米国では「オフショア・アウトソーシング」や「オフショアリング」と言われ,メディアで頻繁に取りあげられるようになった。これは中国,インド,ロシアといった国々のしっかりした教育制度と経済グローバル化の動きが結びついた結果もたらされたという。

 米国を代表するIT企業の多くは多国籍企業であり,全世界で生産と販売を拡大している。海外の優秀な労働力を使って,米国も含めた世界市場で販売する製品を開発・生産している。前述の商務省の調査では,企業がこうして,活動をグローバル化しているため,米国におけるIT製品の貿易赤字が慢性化していると報告している。

■インド産の米国特許が続々登場へ

 こうした業務の海外移転は,かつてのような単純労働だけに限らない。海外移転先の代表格であるインドでの例を挙げると,米Cisco Systems,米IBM,米Intel,米Motorola,米Texas Instruments,米General ElectricといったIT関連企業が,インドに開発拠点を構えている。ここで最新の携帯電話技術,ブロードバンド技術,次世代マイクロ・プロセサの開発などを行っている。

 その最大のメリットは人件費だ。米New York Timesの記事によれば,1人のプログラマの年俸は米国では8万ドル,これがインドでは2万ドル以下になるという(掲載記事)。

 また同紙の別の記事によれば,これら企業のインド拠点で開発された技術が今盛んに米国特許商標局に申請されており,その数はすでに1000件を超えている。早いものは1990年代初頭に申請されたが,大半はこの1~2年に申請され,今,承認を待っている段階。今後インド産の米国特許が続々登場してくるという。

 こうしたIT企業は年々,インドをはじめとした海外への依存度を高めている。例えばTexas Instruments社は現地の従業員数を2005年には2500人にまで増やす予定。Intel社も2004年に,42エーカー(約16万8000平方メートル)の施設に移転する。その費用は4100万ドルかかるが,米国の半分以下に抑えられるという。また現地従業員数はこれまでの2倍以上の3000人に増やす予定だ。Cisco社とMotorola社のインド研究施設は,両社の米国内のものを除けば,最大規模という(掲載記事)。

■計画は秘密裏に?

 これらの企業以外にも,業務を海外移転してコスト削減を図りたい企業はまだまだあるらしいが,彼らはあからさまに公表したがらないという。米国では今,失業問題に悩まされており,職の海外流出がセンシティブな問題となっているからだ(関連記事)。

 英Reutersの記事によれば,あるインドのITサービス大手が最近,米Walt Disney,米Time Warner,米CNNなどからの契約を取り付けた。しかしいずれも一般への公表を嫌ったという。Infosys Technologies社,Wipro社,Satyam Computer Services社といった米国で営業活動しているインドのITサービス大手は,今や新規取引相手の名を公表しなくなった。また最近,米IBMの技術職をインドなどの海外へ移転するという計画が報じられたが,その詳細は,IBM社が公表したものではなく,米Wall Street Journalが内部情報を入手し,報じたものだった(掲載記事)。

■「米国は常に食物連鎖の頂点目指す」

 この状況はどこまで続くのだろうか? 米Morgan Stanleyの予測によれば,今後3年間で米国の15万の雇用がインドに流れるという。これは現在の2倍の数だ。また同社は2014年までに,プログラマやソフトウエア・エンジニアといったホワイト・カラーの200万の雇用が米国外に流出するとも予測している。

 この状況について,New York Timesの記事では,米IntelのCEO,Craig R. Barrett氏の言葉を引用しつつ,次のように述べている。

 「この傾向は現実であり,もはや後戻りはできない。いくらかの技術職を国外に出すことは,これまで米国が経験してきた変化にも合致している。

 『米国は,競争力を高めるためにも,今の生活水準を保つためにも,食物連鎖の高いところに移動しなければならない』(Barrett氏)

 1980年代に日本のチップ・メーカーが,米国の半導体業界を震え上がらせたとき,Intel社も大きな痛手を受けた。このとき,Intel社は社運を賭けた決断をした。メモリー事業から撤退し,マイクロ・プロセサ事業に注力した」(掲載記事

 つまり,今,海外で安価に開発・生産できるものは,もはや米国でやるべきではない。海外に出すことで,米国内では,より付加価値の高い製品に注力できるようになる。これが自分たちを食物連鎖の高いところに移動させること,Barrett氏はそう言っているのだ。

 この意見は,米国至上主義が感じられるし,すでに食物連鎖の高いところに到達した人だからこそ言えること,という気もする。しかし,いずれにせよ今後米国では多くのIT職が,失業や転職を余儀なくされることになりそうだ。Barrett氏の考えた通りならば,今,海外で安価にできることと同じことをやっている人が真っ先にその対象になる。

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 米国のGDP(国内総生産)は,今後4%程度の成長を続けると予測されている。しかし,ブッシュ大統領の再選は,成長率がこの4%を確実に超えないと厳しいと言われている。米国のGDPは個人消費が70%を占める。このまま国内雇用を創出できないままだとブッシュ大統領は目的を達成できない。イラク戦争はIT業界にそれほどの打撃を与えなかったが,IT業界がブッシュ大統領に大打撃を与えるのかもしれない。

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