10月7日,マクロメディアから一風変わったメールが送られてきた。表題に「【重要】」と付いたメールで,内容は「将来のInternet Explorer(IE)の仕様変更がMacromedia FlashおよびShockwaveを使用したサイトに与える影響と対策について」というものだ。このメールを受け取った読者も少なからずいるだろう。

 実はこれ,同社のメール配信サービスに登録しているユーザーに向けて送られたもの。日本時間の同日に米MicrosoftがIEの仕様変更に関する発表を行い(関連記事),それとほぼ同時に配信された。

 この仕様変更は,米Eolas TechnologiesがMicrosoft社を訴えていた裁判の結果によるものだ。陪審員が「Microsoft社はEolas社のWebブラウザ関連特許を侵害している」と評決,これを受け,Microsoft社は特許技術を回避する策としてIEの仕様を一部変更しようとしている。しかしこれにより,Macromedia社のプラグイン技術を利用している多くのWebサイトでタグの書き換えが必要となってくる。そこでMacromedia社は緊急に対策を立て,急きょユーザーに告知したというわけだ。

■ダイアログ・ボックスで「自動化」を回避?

 IEの仕様変更は,ActiveXコントロールの処理方法を変更するというもので,ページ内に埋め込まれたアクティブ・コンテンツに影響を及ぼすことになる。

 つまり,Macromedia社の「Flash」「Shockwave」だけでなく,Javaアプレット,QuickTime,RealAudio,RealVideoなどを利用しているサイトにも影響する。これは単なる2社の争いごとではなく,全世界のWeb関係者,IE利用者に影響を与えることになる。

 具体的にはどう変わるのか? Microsoft社は来年のはじめに一般リリースするIEで,ページ内に埋め込まれたアクティブ・コンテンツを表示する際,「Press OK to continue loading the content of this page」というダイアログ・ボックス()を出し,ユーザーに「OK」ボタンを押してもらうようにする。このボタンを押すと,これまで通りコンテンツは表示される。

図●Microsoft社が配布を始めた次期IEのテスト版で表示されるダイアログ・ボックス
Microsoft社が配布を始めた次期IEのテスト版で表示されるダイアログ・ボックス

 なぜわざわざこのダイアログ・ボックスを出すかというと,これによりEolas社の特許を回避できると考えているからである。

 Eolas社の問題の特許(米国特許番号「5,838,906」。申請は1994年10月,成立は1998年11月)は,「ハイパー・メディア・ドキュメント内で,外部コンテンツを自動的に呼び出し,埋め込みオブジェクトとして表示し,(ハイパー・メディア・ドキュメントとの)相互作用を提供する方法」というもの(米国特許商標局に掲載の資料)。

 つまりMicrosoft社は,ダイアログを出し,いったんユーザーの手動操作を加えることで,「自動的に呼び出す」ことを避ける。これにより特許に抵触しない状況を作るというわけだ。すでに「ソフトの都合の無意味なダイアログ」「野暮なダイアログ」などとささやかれているが,これがMicrosoft社が真剣にやろうとしていることなのだ。

 ただし,これだと当然,ユーザーに従来通りのWeb体験を提供できなくなる。広告入りのサイトなどで,Flashが呼び出されるたびに逐一「OK」を押さなくてはならないからだ。そこで同社はMacromedia社などと連携して,次のような方法を推奨している。

■ダイアログ・ボックスの回避策も用意

 新たなIEでは,HTML内で<object>,<embed>,<applet> といったタグを使うと前述のダイアログ・ボックスを表示することになる。ダイアログ・ボックスなしに,こうしたタグを使って外部のコンテンツを自動的に呼び出し,Webページに表示することはEolas社の特許に抵触するからだ。

 そこで,Macromedia社では外部JavaScriptを利用する方法を提案している。例えばユーザーが表示しているWebページのHTML内で<object>タグを記述しておくのではなく,外部にJavaScriptファイルを作成し,ここでJavaScriptの「document.write」を使う。このスクリプトで埋め込みタグをHTMLに動的に書き出すのだ。ここで書き出す内容は従来通りの<object>タグの文字列ということになる。

 つまり,<object>タグをあらかじめHTML内に書いておくのではなく,まったく同じものを外部JavaScriptを使って動的に生成,従来と同じことを実行するというだけの話である。なんともおかしな回避策と思われる向きも多いことだろう。筆者もそう思う。

 しかしこれにより,特許に抵触することなく,ダイアログ・ボックスも回避できるというわけだ。ただし,これだとブラウザの設定で,JavaScript機能をオフにしている場合,コンテンツは表示されないことになる。

 なお,Macromedia社はHTML内に直接コンテンツをバイナリ形式で記述するという方法も検討しているようだ。こうすれば,「外部コンテンツを呼び出す」ことにはならないので,特許に触れないというわけだ。

 Macromedia社では,こうした対処策に関する情報を提供するWebサイト「Active Content Developer Center」を開設した。このようなタグの書き換えなどを行う「HTML自動変換ツール」も提供する予定という。

■Eolas社とは何者?

 Microsoft社が計画通りIEの仕様を変更し,サイト管理者がこうした修正を行わなかった場合,ユーザーはしばしば前述のダイアログ・ボックスに遭遇することになるが,そもそもこの訴訟,もっと賢い解決策はなかったのだろうか? そんな疑問が残る。そこで今回の訴訟について簡単に振り返ってみよう。

 問題となっている特許はもともとはカリフォルニア州立大学で開発された。Mike Doyle氏という人物が同大学で開発し,その後,同氏が1994年にEolas社を設立,同大学からライセンス供与を受け,同特許の唯一のサブライセンサーとなっている。従業員はこのDoyle氏1人ということだ。社名のEolasとは「Embedded Objects Linked Across Systems」の頭文字をとったもので,ゲール語では「知識」という意味らしい。

 同社が今回の訴訟を起こしたのは1999年。そして今年の8月,陪審員がMicrosoft社の特許侵害を評決し,Microsoft社に約5億2100万ドルの支払いを言い渡した(関連記事)。Microsoft社はこの評決を不服とし,支払い命令の取り消しと,再審理の要請を行ったが,同時にIEの仕様変更という回避策も考えた。

■MicrosoftはなぜIEを変更するのか?

 Eolas社の主張に真っ向から反対し,今後も全面的に戦っていくMicrosoft社が,なぜIEを変更する必要があるのだろうか? その答えが,米InfoWorldの記事に出ているMicrosoft社の発言からうかがえる(掲載記事)。それを要約すると,もし,このままIEを配布し続けると,最終的に敗訴になった場合,8月時点での約5億2100万ドルに上乗せして,敗訴までに年1億5000万~2億ドルの支払いが発生してしまう。また特許侵害という評決を無視して配布を続けていると,別の罪に問われかねない,ということになる。

 なるほど,このまま主張だけ続けて,万が一最終的に負けた場合,同社の支払う賠償金が増えてしまう。IEを変更しながらも戦っていくというのが最善の策というわけである。しかし同社のこの行動については非難の声も多い。Microsoft社はEolas社にさっさとお金を払って,この問題を決着するべきという意見である。例えば次のようなものがある。

 「そもそもこの賠償金はMicrosoft社が支払うべきもの。IEの変更自体は小さなものだが全世界の数億というWebページを変更しなければならないというのは大変な労力。自分はお金を出さず,Web開発者にそれを強いるというのは,Eolas社の訴訟にかかる費用をWeb開発者に押しつけているのと同じ」(InfoWorldの掲載記事

■Eolas社の狙いは即時的な金銭?

 一方,Microsoft社のとった一連の行動はEolas社が当初想定していたものでなかったらしい。Microsoft社が徹底抗戦の構えを示したことで,Eolas社は歩み寄りともいえる態度を示している。

 それは,「Microsoft社が陪審員の出した賠償金とその利息を支払えば,Microsoft社にpaid-up(払い込み済み)ライセンスを供与し,和解する」というもの。同社はこのオファーは無期限ではないとし,Microsoft社に早い決断を迫っている(掲載記事)。

 なお,Microsoft社がIEの変更を発表したと同じ日,Eolas社はIEの配布差し止め命令を裁判所に要請している。この問題まだまだ決着はつかないようである。

 米メディアを見ていると,普段は各種のコミュニティから非難されることが多いMicrosoft社が,突如として登場した敵によって,同社への支持を取り付けているという報道もある(掲載記事)。

 また今回の訴訟を,「小さな企業でもMicrosoft社という巨人を動かすことができる事例」と見る業界関係者もいる。今後同様の訴訟が増えていくのだという。今回のようなケースから,企業にとって,知的財産権の重要性が増していき,そのことで今後もっと大きな訴訟問題が起こりうるという(掲載記事)。

 確かに小さな会社にもチャンスがあるのはよいことだが,それにより世界中の開発者・ユーザーを困惑させるというのはいかがなものだろうか。読者のみなさんは今回のEolas社問題について,いかがお考えだろうか?

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