6月に入って,米国の企業向けソフトウエア業界に異変が起こっている。米PeopleSoftと米J.D. Edwardsとの買収合意に端を発する,PeopleSoft社と米Oracleの買収攻防戦である。
この騒動,当初は単に,Oracle社の会長であるLarry Ellison氏が,PeopleSoft社の社長兼CEO,Craig Conway氏を傷つけることだけが目的と言われていたので,早期に決着するものと思っていた。しかし1カ月がたとうとしている今になってもその兆しは全く現れない。それどころか争いはますます激化し,今や,株主,州政府,ユーザー・グループをも巻き込んだ大騒動になっている。
これには何か特別な背景があるのだろうか,今後どのように展開していくのだろうか。これまでの経緯を振り返りながら,少し探ってみよう。
■1カ月の攻防戦を振り返る
■Oracle,PeopleSoft,J.D. Edwardsの攻防戦
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発端は米国時間6月2日の月曜日だった(右のカレンダー参照)。この日,PeopleSoft社とJ.D. Edwards社が,PeopleSoft社によるJ.D. Edwards社の買収について,合意に達したと発表した。その合意内容とは,「買収は株式交換方式で行い,J.D. Edwards社の株式1株に対し,PeopleSoft社の株式0.860株を割り当てる。前週金曜日の株価で計算し,買収総額は約17億ドル相当になる」というものだった。
世間をもっと驚かせたのは,4日後の金曜日。Oracle社が,そのPeopleSoft社を買収すると発表したのだ。企業買収で株式公開買付けを行う際,対象企業の経営陣の同意を得て行う場合と,経営陣の反対を押し切って行う場合がある。前者はPeopleSoft社とJ.D. Edwards社が今回採った方法。後者はいわゆる敵対的買収(hostile takeover),あるいは俗に「乗っ取り」と言われるが,Oracle社が採ったのはこの後者だった。
Oracle社の敵対的買収に対して,当然ながらCraig Conway氏をはじめとするPeopleSoft社の経営陣は猛反発した。同氏はOracle社の行為を「極悪非道」(atrociously bad behavior)と非難し,提訴の用意があることをOracle社に告げた。PeopleSoft社はその後,提訴の計画をいったん取り下げたものの,12日,取締役会でOracle社の買収提案を拒否することを決議し,その翌日に買収計画の仮停止処分を求めてOracle社を訴えた。この間に,J.D. Edwards社もOracle社を提訴している。J.D. Edwards社は,Oracle社によるPeopleSoft社買収計画の中断と損害賠償金17億ドルを求めた。この17億ドルは,PeopleSoft社によるJ.D. Edwards社の買収総額とちょうど同じ金額である。
その後,PeopleSoft社は,J.D. Edwards社の買収条件を修正,それまでの株式交換方式一辺倒から,株式と現金による買付に切り替えた。取り引きを迅速に遂行するためだ。これに対し,Oracle社は次の行動に出た。2日後の18日,PeopleSoft株の買付金額を1株当たり19ドル50セントに引き上げたのだ。これにより,Oracle社によるPeopleSoft社の買収総額は約63億ドルとなった。またこの日,Oracle社は,PeopleSoft社とその取締役会,そしてJ.D. Edwards社をデラウェア州で提訴した。
翌日の19日,PeopleSoft社は,J.D. Edwards株の公開買付を開始,20日には,PeopleSoft社の取締役会が,Oracle社の再提示した買付条件を正式に拒否した。
■Ellison氏とConway氏は犬猿の仲
ざっと見ても,3社による攻防戦が短期間で目まぐるしく動いたのが分かる。その背景には何があったのだろうか。今回登場する主要人物は,Oracle社のLarry Ellison会長兼CEOと,PeopleSoft社のCraig Conway社長兼CEOの2人である。実は,Conway氏は元Oracle社の重役で,かつてEllison氏の部下だった人物。一方のEllison氏は,好戦的な戦術家(あるいは策略家)などと称される人物。同氏はConway氏に相当の敵がい心を持っているようで,長年にわたり同氏を激しく「口撃」してきたという(掲載記事)。
この2人については,有名なエピソードがある。約1年前,Conway氏が,業績が芳しくないOracle社のERP事業を買収したいと提案したのだ。このときEllison氏は,Conway氏に激怒し,即座に提案を断ったという。その一方でEllison氏は,自社ERP事業の巻き返しも考えていた。まもなくして,J.D. Edwards社に買収話を持ちかけたのだ。ところが,J.D. Edwards社はこれをあっさりと拒否してしまった。つまり,今回のPeopleSoft社によるJ.D. Edwards社の買収をEllison氏の立場から見れば,振られた相手と憎きライバルが結婚しようとしている状況なのかもしれない。
Oracle社が当初提示した買収条件は,PeopleSoft株1株当たり16ドルというものだった。これは,前日のPeopleSoft株の終値に対してわずか6%のプレミアムを付けたに過ぎない。IT業界では,30%程度のプレミアムを付けるのが普通とのことから,「Ellison氏は本気でPeopleSoft社を買収しようと思ってない」などと憶測された。また,同氏は買収後のPeopleSoft製品について,販売を継続しないことを示唆していた。こうしたことから,単にConway氏を痛めつけるための「侮辱的な買収」などとも言われた。
■それぞれの主張と立場
ところが,Oracle社の態度はその後変化する。前述のように6月18日に買収提示価格を「19ドル50セント/1株」に引き上げたのだ。これは,6月6日のPeopleSoft社買収発表直前の株価に対し29%のプレミアムを付けたというもので,これでようやく「まともな」値になった。そしてOracle社はこのとき同時に,10年間にわたるPeopleSoft社製品のサポートも表明した。このことで,「どうやらEllison氏は本気で買収を考えている」ことが分かってきたのだ。
米AMR Researchによると,業務アプリーション市場の首位ベンダーはドイツのSAPで,その年間売上高は74億ドルだ。Oracle社はこれに次ぐベンダーだが,その売上高は26億ドルとSAP社に遠く及ばない(掲載記事)。しかも,PeopleSoft社とJ.D. Edwards社が合併した場合,その売上高は28億ドルとなり,Oracle社は2位の地位を奪われることになる(掲載記事)。ここはどうしてもPeopleSoft社を買収して,そのような事態だけは避けたいと考えたのだろうか。さらにOracle社がPeopleSoft社の買収に成功した場合,Oracle社はPeopleSoft社の5100社の顧客を獲得することになる。これにより,Ellison氏はSAP社と互角に張り合える地位を築けると考えたという(掲載記事)。
Ellison氏の怒りの矛先はPeopleSoft社の経営陣に向いている。その内容は「PeopleSoft社の経営陣は株主の利益を優先して考慮することを怠った」というもの。この攻撃ポイントは当を得ているだろう。当然のことだが,企業は経営陣のものではなく,株主のものである。経営陣の利益だけで案件を決裁してはならないし,経営陣は株主利益を考慮して,決断を下す義務を負っている。
一方のPeopleSoft社経営陣もそれは理解しているようで,これまで2度あったOracle社の提示について,「それぞれ株主利益を考慮した結果,最終決断に達した」と説明している。しかしその決定事項は,あくまでもOracle社による敵対買収を阻止するというもの。その理由は,(1)Oracle社の提示額が安すぎる,(2)独占禁止法の疑いで長期にわたる調査を受けることになり,当局からの承認を得られない可能性が高い,(3)Oracle社がPeopleSoft社製品の販売を継続しないことを示唆している,である。このことで,株主,顧客,社員が犠牲になると説明している。
■全く読めない今後の展開
ますます激化する攻防戦だが,今後どのような展開が考えられるのだろうか。正直言って何とも言えない状況,と筆者は思っている。例えば少し前までは,「PeopleSoft社にとって,J.D. Edwards社の買収こそが,Oracle社から身を守る最大の抑止力」などと言われていた。Oracle社にとって,J.D. Edwards付きのPeopleSoftは,高い買い物になってしまう。速やかにJ.D. Edwards社と合併することで,Oracle社に計画を断念させられるという考えである(掲載記事)。
しかし米国時間6月25日になって,Oracle社は,PeopleSoft社とJ.D. Edwards社の両方を買収する用意があると報じられている(掲載記事)。PeopleSoft社とJ.D. Edwards社が合併しても,Oracle社は一向に構わないというわけだ。また,Oracle社取締役副社長Chuck Phillips氏は,「両社を買収しても我が社には,まだSAP社やMicrosoft社という強力なライバルがいる。(我が社が)市場を支配することにはならない」とし,Oracle社が独禁法に抵触しないことを強調している。
また,Oracle社のPeopleSoft社買収は条件付きで許可される,という見方もある。その条件とは,関連するソフトウエア事業の売却である。Oracle社は少なくとも1つの事業の売却を余儀なくされるのではないかというのだ(掲載記事)。
州政府も動き出している。すでにコネチカット州がOracle社を提訴している。6月24日には,マサチューセッツ州やカリフォルニア州をはじめとする十数州の司法長官が電話会議を開催している。Oracle社の買収計画の是非について討議するためだ(掲載記事)。
一方のPeopleSoft社はどうだろう。New York Timesのオンライン版によれば,同社は現在,少なくとも10の訴訟を抱えているという。いずれもPeopleSoft社の株主によって起こされた訴訟だ。これにはOracle支持派による訴訟も含まれる。PeopleSoft社が,Oracle社の買収を阻止する行為を止めるよう求めていたり,PeopleSoft社のJ. D. Edwards買収を止めるよう求めるものもあるという(掲載記事,閲覧には無料の登録が必要)。
24日にSiliconValley.comに掲載された記事によると,「提示額をさらに引き上げる可能性はあるのか?」という質問に対しEllison氏は,「完全にありえないとは断言しない」と答えたという(掲載記事)。果たしてEllison氏はどこまでの金額を考えているのか? また,Conway氏はEllison氏に屈しなければならないのか。現時点では全く先が読めない。
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