5月15日,米Dell Computerが好調な2003年2~4月期決算を発表した。売上高は前年同期比18%増,最終利益は31%増という勢いである(関連記事)。Dell社のこうした好調ぶりはパソコン市場全体を反映したものではない。

 先月,米Gartnerが発表した今年第1四半期の世界パソコン出荷台数では,Dell社が,米HP(Hewlett-Packard)を追い抜きトップの座に着いた。Dell社製パソコン出荷台数は前年同期から24.4%も伸びて,シェアは16.9%となった。これに対し,HP社のパソコン出荷台数は,前年同期のそれ(HP社とCompaq社を合わせた出荷台数)から5.7%落ち込んだ。シェアとしては15.6%になり2位に落ちた(関連記事)。HP社は昨年5月に米Compaq Computerとの合併作業を完了し,パソコン出荷台数を一気に増やしたのだが,その効果は1年を経たずして薄れつつある。

 Dell社だけが,なかなか回復の糸口が見いだせない市場で,一人勝ち続けているのだ。今回は,米メディアの各種情報を拾いながら,こうしたDell社の強さ,これに対抗する大手ハードウエア・メーカーの動きなどについて見てみたい。

■目標はさらに高く,売上高600億ドルを目指す

 今回の業績結果が大変よかったDell社だが,同社は現状に留まるつもりはないようである。米メディアが最近報じたところによると,同社は,今四半期,売上高がさらに15%増加すると見込んでいる。パソコンの出荷台数は前年同期に比べ25%増になる見通し。市場全体の同時期の出荷台数伸び率が3%と言われるなか,実に景気のよい話である(掲載記事)。また,Dell社は今年度600億ドルの売上高を達成するという目標も立てている。これはDell社の前年度実績のほぼ2倍にあたる金額だ(掲載記事)。

 これを実現するためには,パソコンのシェアを30%以上にしなければならないとも言われているが,Dell社にはパソコン以外の事業もいろいろある。例えば急成長しているサーバー事業に加え,1998年に市場参入した外部ストレージ装置,2001年に市場参入したネットワーク・スイッチがある。昨年の11月には,PDA(携帯情報端末)の販売を開始し(関連記事),今年はプリンタ市場にも参入した。

 こうしたDell社の積極的事業展開を支えるのが,いわゆる“デル・モデル”と呼ばれる非常に効率のよいビジネス手法と言われている。これにより同社は,製品の開発から製造,販売のすべての局面において徹底的なコスト削減を図り,価格競争力を高めている。そして,このデル・モデルは,HP社や米IBM,米Sun Microsystemsといった大手ハードウエア・メーカーには真似ができにくいと言われている。それはなぜか? これについて分かりやすく説明している記事があるので,以下で紹介しよう。

■先端技術を追わないDell

 米CIO Insight誌に掲載された,米Upside誌の元編集長Eric Nee氏の記事「Dell and the Deep Blue Sea」がそれである(掲載記事)。

 記事によると,Dell社はパソコン製造で築き上げたデル・モデルを,新規展開するパソコン以外の製品に適用することでビジネスを成功させている企業なのだという。

 同社はSun社やIBM社のように,研究開発費をかけて新しい技術を開発しようとはしない。市場が十分に大きくなるのを待って,技術の規格が定まって落ち着いてきたころ,動き出す。同社がひとたび市場参入の価値を見いだすと,そこにデル・モデルを適用する。つまり同社はIT関連企業の範疇には入るものの,決してテクノロジのパイオニア企業ではないのだ。またあえてそうしないのがデル・モデルのようだ。それを端的に示すのが,同社の売上高に占める研究開発費の割合。わずか1%におさまっている。これに対し例えばSun社では16%になっているという。


■「ハードウエア業界の状況は航空業界に似ている」

 Nee氏は,コンピュータ・ハードウエア市場の変動を航空業界のそれと比較して説明している。例えば,United Airlines, American Airlines,Delta Air Linesといった“レガシーな航空会社”は,さまざまな種類のサービスを用意し,比較的高い運賃でサービスを提供している。これがHP社やSun社,IBM社に相当するというわけだ。

 これに対し,Southwest Airlinesは廉価運賃のビジネス・モデルを構築している。これがDell社である。Southwestは価格を大手航空会社よりも低く抑えながら,到着時間が正確な運行サービスを提供している。リッチな旅が求められ,価格が今ほどシビアでなかった時代はSouthwestのようなサービスはあまり注目されなかった。しかし,景気低迷が始まり,9・11テロが航空業界にとどめを刺した後,Southwestのようなサービスが脚光を浴びている。

 こうした状態を打破しようとレガシーな航空会社は今,Southwestのようなビジネス・モデルを模索している(ちなみに,United Airlinesは昨年12月に米連邦破産法第11条の適用を申請した)。そしてNee氏は,IT業界で今これと同じことが起こっていると説明している。

■IBMは事業をシフト,HPは真っ向から勝負

 同氏によると,新たなモデルを見いだし,それにいち早く着手し,成功しているのがIBM社だという。IBM社は,自社の強みが生かせる分野に焦点を絞っている。ハードウエアであればサーバーやノート・パソコン,さらにここ最近はソフトウエアとサービス事業に注力している。同社の売上高全体に占めるソフトウエア/サービス事業売上高の割合は60%となっており,この割合は老舗ハードウエア・メーカーの中で最も高いという。先ごろの米PwC ConsultingやRational Softwareの買収は,今後もIBM社のソフトウエア/サービス事業の比率をますます高めるという(関連記事1関連記事2)。

 一方HP社は,Dell社に真っ向勝負を挑んでいる。まず,同社が最初に行ったのはパソコンのBTO(受注生産)と直販である。しかしHP社はすべての製品でBTOを実施しているわけではなく,また流通業者との関係も保っている。研究開発費の削減もDell社のようなレベルでは行っていない。

 次にHP社が行ったことは,米Compaq Computerの買収である。しかしこれはAmerican Airlinesがやったことに似ているとNee氏は指摘する。Americanは2001年にTrans World Airlinesを買収したが,これは,「Americanを“世界最大の航空会社”として威張れるようにはしたものの,Southwestに対抗するという点ではあまり役に立たなかった」(同氏)。HP社の場合もこれと同様の状況にあるというわけである。HP社は,Americanと同じようにコスト構造改革を迫られてもいる。

 まとめると,IBM社は最先端企業として技術開発を行い,その技術を生かしたハードウエア事業に注力。同時にソフトウエアやサービス事業への転換も図っている。一方のHP社は,今ひとつDell社になりきれない。老舗ハードウエア・メーカーとしての体制を保ちつつ模索しているが,いまだ答えを見いだせてない。こんなところだろうか。

■プリンタでもHPを脅かすDell

 Dell社が新たに始めたプリンタ事業は,今後HP社の脅威になるとも言われている。Dell社のプリンタは,「Dell Ink Management System」「Dell Toner Management System」と呼ぶ機能を搭載している。これは次のようなもである。

 「印刷時にインク・カートリッジの残量が少なくなると,取り替えカートリッジの注文を促すメッセージが表示される。これをマウスでクリックすると同社のオンライン・ストアに導かれる。リンク先では,ユーザーのプリンタ・モデルが認識され,適切なインク/トナー・カートリッジが選ばれる。これにより,ユーザーは間違ったカートリッジを購入しなくてすむ。またカートリッジは最短で,翌営業日に届けられる」(関連記事

 なるほど,と唸ってしまう。これこそデル・モデルの真骨頂なのか。Dell社はプリンタ事業に乗り出すことで,利益率の高いインク/トナー・カートリッジの市場を狙っているのだ。なお,インク/トナー・カートリッジが利益率が高く,おいしい商売ということはよく言われていること(掲載記事)。メーカーが,サード・パーティ製の「再生カートリッジ」(使用済みカートリッジにトナーを詰めたもの)を排除しようとして,訴訟問題にも発展している(関連記事)。

■HP-Compaqの合併効果を脅かすDell

 この原稿を執筆中の今週火曜日にHP社が決算を発表したので,最後にこれについて触れて締めくくりたい。HP社の2003会計年度第2四半期(2003年2~4月期)の売上高は180億ドルとなり,前年同期の106億ドルから約70%増加した。最終利益は6億5900万ドルで,前年同期の2億5200万ドルの約2.6倍に増えた(関連記事)。

 これだけ見ると大変好調に思えるのだが,実はこれら前年同期の数字には,Compaq社の業績が含まれていない。両社が合併手続きを完了したのが昨年の5月3日だからだ。そしてHP社は今回,Compaq社の昨年の業績を含めた数値を公表していない。

 そこで,当時のCompaq社の売上高を調べてみたら77億ドルということが分かった(分かったのは2002年1~3月期の売上高なのでHP社の決算時期とは1カ月のずれがあるのだが・・・)。これを今回HP社が発表した前年同期の売上高106億ドルに足してみると答えは183億ドルになる。新生HPの売り上げ約70%増を手放しでは喜べない状況なのである。

 この売上高に限って見れば,合併の効果は単に両社を合わせただけのものに留まっている。「1+1=2」以上の相乗効果を求めた合併のはずだったが,それはまだ実現していない。その要因の1つがDell社であることは間違いないようだ。

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