米Intelが先ごろ市場投入した「Centrino」は本国の米国でも大きく報じられているが,その論調にはあまりポジティブなものがない。例えば,「Intel,無線LAN市場に本格参入も前途は多難」「当面はライバル各社の方が有利」といった具合。

 「Intel社は,ハイテク企業がひしめき合う最もホットな市場に強引に割って入って来た」や「Intel社の市場参入の時期は遅すぎた」といったアナリストのコメントも散見する(掲載記事)。これらをまとめると,大方が「Intel社製無線LAN製品の将来については,今のところ特に明るい要素はない」と見ているようである。

 ところが当のIntel社はというと,これまでになかった複合的なブランド戦略を展開し,そのマーケティングには巨額を投じている。ベンチャー支援や無線LANの基盤事業にも積極的に取り組むなど意気揚々である。Intel社の資料に目を通してみると,同社がCentrinoで描く構想は,米メディアが多く報じているような,単なる無線LANのコンポーネント市場への参入だけに留まらないことがことが分かる。

 どうやらIntel社の狙いと,アナリストらの見解には大きな隔たりがあるようだ。そこで,今回はこれらを見比べながらCentrinoを取り巻く状況やIntel社の戦略についてレポートしたいと思う。

■Intel社の新ブランド戦略

 まずは,Centrinoについて簡単におさらいしよう。Centrinoとは,「ノート・パソコン向けの新技術体系」と説明されることが多いのだが,これをもう少しかみ砕いて言えば,「モバイル用途を重視したノート・パソコン用の新たなコンポーネントのセット」と言える。具体的には,同社初のノート・パソコン専用プロセサ「Pentium M」(開発コード名:「Banias」)と,その対応チップセット「855」,そして無線LAN機能を持つMiniPCIカード「PRO/Wireless 2100」の3つのコンポーネントで構成する。

 無線LAN機能を標準装備するとともに,1台で3つのIntel社製コンポーネントを揃えることで,ノート・パソコンの低消費電力化や高性能化が図れるというわけだ(関連記事)。

 CentrinoはIntel社の新しいブランドである。Intel社では,この3つを一緒に採用したノート・パソコンにCentrinoの認定ロゴを与えている。これは同社製プロセサ搭載製品に与える「Intel Inside」と同様,統一ロゴによる認知度向上の効果を狙ったものだ。ただしCentrinoの場合,3つのコンポーネントをすべて採用しないとロゴを与えないという点がこれまでと大きく異なるのだが。

■「セットで買うと半額以下になります」

 Intel社はこのCentrinoを一気に普及させたいと考えている。しかし現実的には,そう簡単ではない。まず,パソコン・メーカー各社にCentrinoを採用してもらわなければならないのだが,業界には無線LANのチップセット/モジュールを手がける大手がすでに存在する。米Broadcom,米Agere Systems(米Lucent Technologiesから分離独立した会社),米Intersilなどである。これら大手ベンダーは,IEEE802.11aや同802.11gといった,Centrinoがまだ対応していない技術に準拠した製品をすでに手がけており,Intel社の一歩先を進んでいる。

 そこで,Intel社は値引き戦略を展開している。例えばCentrinoの無線LANモジュールの価格は単体で販売された場合,46.25ドル(1000個ロット時)だが,Pentium Mと組み合わせるとその半額以下となる。このセット販売により,他社製品よりも若干安くなるのだという(掲載記事)。

■警戒心を隠さないパソコン・メーカー

 こうした戦略が功を奏したのか,Centrinoの発表と同時にパソコン・メーカー各社が一斉にCentrino搭載の新モデルを発表した。米IBM,米Dell Computer,米HP(Hewlett-Packard),米Gateway,富士通,NEC,東芝,ソニーなどである。ところが,メーカー各社は今回投入した新モデルのすべてをCentrinoで統一したわけではない。Pentium Mは採用したものの,無線LAN機能は他社のものを付けたため,Centrinoブランドを付けないパソコンも登場した。ある一定の距離を置いているといった状況である。

 これにはさまざまな理由があるだろうが,多く言われているものに,「Centrinoで統一することで,製品の独自性が出しにくくなる」や「Centrinoが広く認知された場合,ノート・パソコンの主要コンポーネントをすべてIntel社におさえられてしまう」などがある。メーカー各社はこうしたことになる事態は避けたいと考えているようだ。

■1年もすれば有利な立場に・・・

 では,Centrinoの今後については,どのようなことが予想されるのだろうか。実は,今現在は,市場参入の遅れをブランド戦略や価格戦略で補っているIntel社だが,1年もすればまずまずの有利な立場につけるのではないかと考えられている。

 「無線LAN製品には標準仕様が存在するから」というのがその理由である。標準仕様があることで,各社の製品間には仕様面の差を付けられなくなっている。このことから,「1年後にはライバル各社製品とIntel社製品の差はなくなり,加えてIntel社には大規模な製造能力があることから,価格と互換性の点でIntel社が有利になる」と言われている。

 ただし,それでも大手のベンダーにはさほど大きな影響は及ぼさないという。技術が標準化されている市場といえども,Broadcom社のような大手は,802.11a/b/gを組み合わせた製品をいち早く投入しており,今後も十分に製品の差異化を図っていける能力を持っている。また,Agere社のように無線LAN間関連の特許を多く持っていれば安心材料はさらに増えるという。

■インフラ事業やベンチャー投資にも積極的

 Intel社は,無線LAN関連で大規模なプロモーション活動を展開している。例えば,米国では無線LANアクセス・サービス事業を手がける米Wayportなどと提携し,無線LANサービスのプロモーションを展開(関連記事)している。

 日本においては,NTTコミュニケーションズ,ソフトバンクBBなどと協力体制を敷き,全国600カ所以上の無線LANアクセス・サービスの提供場所で,Centrinoと各社のアクセスポイント機器,ソフトウエアを組み合わせ,相互接続性の検証作業を進めている(発表資料)。こうした無線LANアクセス・サービスの提供場所では,Centrinoのロゴやバナーを表示し,Centrino搭載パソコンが難なく接続できることをアピールする。

 Intel社は投資にも積極的だ。昨年秋には1億5000万ドルを無線LAN関連ベンチャーの投資枠として設定しており,すでにこれを通じて投資を行っている。また,IBM社,米AT&Tと共同で基地局の設置,インターネット接続インフラの構築,運営会社も設立している。無線LAN市場そのものを拡大してしまおうという積極路線に出ているのだ。

■包括的なノート・パソコン戦略

 こうしてみると,Intel社が単に無線LANコンポーネントの市場に参入しただけではないことがよく分かる。その意味するところは,ノート・パソコン市場におけるIntel社の地位向上なのかもしれない。無線LANを後押しし,人気の高まっているノート・パソコンに深く関与することで,結果としてPentium Mをはじめとする一連のコンポーネントの販売を促進する。そういう戦略が見えてくる。Centrinoとは,各所で伝えられているような無線LANそのものの戦略なのではなく,ノート・パソコン市場の成長加速を狙った包括的な戦略と言ってよいだろう。

 今週,このことを裏付けるようなニュースが米メディアから伝えた。それによると,Intel社では,今,LinuxをCentrinoに対応させるべく研究開発を行っているという。Intel社の研究部門では,すでにCentrino向けのLinuxドライバ・ソフトを完成しており,うまく動作しているという。「今後Intel社は顧客の需要やそのタイミングを見計らって最終的な検証を行う予定」と記事は伝えている(掲載記事

■ティッピング・ポイントはもたらされるのか?

 日本法人であるインテルは先週,自社のWebサイトに,先ごろ東京・赤坂で開催したCentrino発表会の模様をまとめたレポートを掲載した。同サイトでは,日本法人社長のJohn Antone氏や米国本社社長兼COO (最高執行責任者) のPaul Otellini氏が当日行った基調講演の内容を紹介している。この中で両氏は,「Centrinoによってパソコンの世界にも『Tipping Point(ティッピング・ポイント)』がもたらされる」と説いている。

 このTipping Pointとは,米国のジャーナリスト,Malcolm Gladwell氏の著作から引用した言葉で,「ある考えやものが一気に変化する劇的な瞬間」のことを指すという。

 Intel社の言うように,Centrinoがパソコン市場を一気に変化させるのか,それとも無線LAN,あるいはノート・パソコンやLinuxの人気によってCentrinoが恩恵を受けるのかは定かでないが,無線LANそのものはこれからも急速に普及していくようである。

 米Gartnerが3月26日に発表した調査分析結果によると,北米の無線LANユーザーは今年の420万人から,4年後の2007年には3100万人以上へと急増するという(発表資料)。はたしてそのころまでに,パソコンの世界にティッピング・ポイントがもたらされるのだろうか。Centrinoについては今後も注意深く見ていきたい。

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