先週,米Microsoftは,米Connectixから仮想マシン(Virtual Machine)技術を買収したと発表した(関連記事)。これは1台のパソコン上で複数のOSを同時に稼働させることができるソフトウエアだ。Connectix社は「Virtual PC」と呼ぶファミリ名で販売している。

 このVirtual PCファミリには大きく分けて次の3製品がある。

  1. 「Virtual PC for Mac」:Mac OS上でWindowsやLinuxなどのOSを稼働させる
  2. 「Virtual PC for Windows」:Windowsマシン上で各種のWindows,Linux,NetWare,OS/2などを稼働させる
  3. 「Virtual Server」:サーバー運用に特化した仮想サーバー・ソフト。Virtual PC同様,複数のOS(Windows NT 4.0,Windows 2000,Linux,UNIX,OS/2など)を1台のマシンで稼働させる

 3番目のVirtual Serverは,現在開発中である。今年4月15日に(Microsoft社が)プレビュー版を公開し,年内にも最終版をリリースする予定となっている。

 今回はこれら一連の製品と技術を買収したことでMicrosoft社がどのようなメリットを得たのか,ということについて考えてみたい。今回の発表があってからというもの,メディアや開発者コミニュティの間で盛んに言われていることが3つある。それは,「次期サーバーOSへの移行ツールとしてのVirtual Serverの利用」「Microsoft社の仮想サーバー市場への参入」「Macintoshへのコミットメントの強化」である。

 ところが,Virtual PCファミリの生い立ちを振り返ってみると,“歴史の皮肉”としか言いようのない構図が浮かび上がってくる。Macintoshで育った技術がMicrosoft社を救おうとしているのである。これは最後に述べるとして,まずは3つのメリットをみていこう。

■Windows Server 2003への移行ツール

 Microsoft社は4月24日に次期サーバーOS「Windows Server 2003」の販売を始める予定である。そこで,同社はこのサーバーOSへの移行ツールとしてVirtual Serverを利用する,というのが今回の買収の第1の目的と言われている。

 Microsoft社の推計では,Windowsシリーズの顧客のうち現在もWindows NT 4を利用している顧客は35%いる(掲載記事)。日本では,約1年前のデータだが日経Windowsプロが2002年4月に行った調査で,7割強の回答者がサーバーOSとしてWindows NT Server 4.0を利用中,という結果が出ている(掲載記事)。

 これらの顧客は,最近のサーバーOSではうまく動作しない古いアプリケーションを利用している。こうした顧客に対して,Virtual PCを用いて,Windows Server 2003上で動作するNT 4環境を用意してあげれば,Windows Server 2003への移行がスムーズに進む――。Microsoftはこうした狙いで買収したのではないかと,見られているのだ。

 NT 4は1996年に登場したので,もはや7年前のサーバーOSということになる。今年1月にはNT 4のサポートを来年12月31日まで延長すると発表したMicrosoft社だが,一刻も早く最新の製品に移行してもらいたいというのが本音のようだ(掲載記事)。

 「Windows Server 2003に移行しても安心。Virtual ServerでNT 4を継続して使えます。しかもWindows Server 2003なら最新のアプリケーションも利用でき,最新のセキュリティ機能の恩恵も受けられます」――。今後はこれがMicrosoft社のセールス・トークになると言われている。これは,多くの顧客をWindows Server 2003に移行させ「.Net」を成功に導びきたいとする同社の基本戦略にも沿っている。

■仮想サーバー市場への切符を手に入れた

 2つ目は,Microsoft社による仮想サーバー市場への参入である。仮想サーバーは今後ますます重要性が高まると考えられている。サーバー・アプリケーションには,ファイル・サーバー,メール・サーバー,Webサーバー,データベース・サーバーなどがあるが,これまではそれぞれに個別のマシンを充当するのが普通だった。一般的に企業は業務システムを段階的に拡張してきたという経緯があるし,マシンやOSが非力だった時代,CPUパワーは単一のサーバー・アプリケーションだけに使うというのは一般的な考え方だった。さらに,それぞれに個別のマシンを充当すれば,1つのシステムがダウンしても別のサーバー・アプリケーションには影響を及ぼさないといったメリットもあった。

 しかしマシンの性能が目覚ましく向上している昨今,企業は可能ならばこれらを1台あるいはごく少数台のマシンに統合したい,と考えるようになった。そうすることで管理,運用,保守コストを削減できるからだ。

 そこで注目を浴びているのが,仮想マシン技術である。仮想マシン技術を用いてサーバーを構成すると,1台のマシン上で複数のサーバーOSを稼働できる上,たとえその中の1つがダウンしても,同じマシン上の他のサーバーOSはその影響を受けない。それぞれがパーティションで区切られているため,ダウンしたものだけを再起動したり,修復できるのだ。またメインフレームと同様,負荷やリソースの割り当てを変更することで,マシンの性能をフル活用できるというメリットもある。

 こうした仮想マシン技術で一歩先を行くのが米VMwareである。同社はこの2月初めにもNECシステムテクノロジーと提携したばかり。この提携では,同社の仮想マシン・ソフト「VMware ESX Server」「VMware GSX Server」を使ってNECシステムテクノロジーが各種のサービスを企業顧客に販売する。その内容は「サーバー統合ソリューション」「サーバー移行ソリューション」「開発・評価サーバー集約ソリューション」と,いずれも仮想サーバーのメリットを生かしたものになっている(関連情報)。こうした同業他社のビジネス展開を見ても,仮想マシンへの需要が高まっていることがうかがえる。

 Microsoft社は今回Connectix社の資産を買収したことで,こうした市場に参入できる基盤を得た。それはWindows Server 2003への移行ツールという限定的なものではなく,Microsoft社が新たな需要が見込まれる市場への切符を手に入れたことを意味する。

 ただしMicrosoft社には危惧されていることが1点ある。それは複数の仮想サーバーOSを走らせるホスト・サーバーに高い可用性が求められるということ。Microsoft社の場合,ホスト・サーバーはWindows Serverがベースになるが,それが安定していてセキュリティにも強くなければならない。「問題が起きたらパッチを当てて,再起動すればよいというパソコンの流儀は通用しない」といった厳しい指摘があるのだ。

■Macへのコミットメントを強化するというが・・・

 3つ目のメリットとして「Macintoshへのコミットメントの強化」が言われているが,これについて考えてみたい。実はこれはメディアの観測だけではなく,Microsoft社自身も述べている。この買収話の第一報にもあった通り,Virtual PC for MacはMicrosoft社のMacintosh部門(MacBU:Macintosh Business Unit)に移管される。このことについてMicrosoft社は「我が社の戦略にかなっている」というコメントを出している。

 「Microsoft Officeがプラットフォームの垣根を超えてシームレスに動作するように,Virtual PC for MacもWindowsやWindowsアプリケーションとより密接に連携させる」(Macintosh社MacBUディレクタのTim McDonough氏)というのだ。これにより,今後もMacintoshユーザーに対してWindowsユーザーと共存できる環境を提供していくという(掲載記事)。

 しかしこのことは,Microsoft社が今後もMacintosh向けの個々のアプリケーション開発に精を出し,Macユーザーを支援していくということを意味するのではないと筆者は考える。ごく単純に考えれば,Microsoft社はVirtual PC for Macを手に入れたことによって,Macintosh版Officeの開発から手を引けるからだ。Virtual PC for MacによってMacintosh上でWindowsを動かし,その元でWindows版Officeを動かすというわけである。Macintosh版Officeを止めて,Virtual PC for Macだけサポートし続けても,前述のコメントはウソにはならない。

 Microsoft社は,パソコンのシェアがわずか数パーセントというMacintoshのためにMacintosh版Officeの開発を続けている。しかも同製品が500ドル近くすることを考えると利用者はさらに限定される。直接的な利益だけを見れば,Virtual PC for Macをもってして,Macintosh版アプリケーションの開発から撤退したいと考えるのは自然である。

■Macintoshで育った技術がMicrosoft社を救う

 Microsoft社がそう考えるならば,これは皮肉な話となる。というのもVirtual PCは,Macintosh版から始まったソフトだからだ。そこで,ここでConnectix社の過去の製品を振り返ってみよう。

 Connectix社は設立当初から“仮想”技術に特化した製品を作り続けてきた。同社の「RAM Doubler」はMacintoshでベストセラーとなった仮想メモリー・ソフト。メモリーが非常に高価だった時代に安価にメモリー容量を増やせるとして一世を風靡(ふうび)した。

 「Connectix Virtual Game Station(CVGS)」は世間を賑わしたソフトだ。こちらはWindowsやMacintosh上でPlayStationのゲーム・ソフトを走らせるというソフト。このソフトが特許侵害に当たるとしてソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)が訴えたが,SCEIは後に訴訟を取り下げ,両社は結局和解に達した。SCEIが同技術に関するすべての資産を買収したことで決着したのだ(関連記事)。

 Doublerシリーズとしては,PowerMac上で68K Macintosh用ソフトを高速化するソフト「Speed Doubler」もあった。Macintoshが68KからPowerMacに変わったとき,Apple社はPowerMacで68Kソフトを動作させるため,OS内部にエミュレータを搭載して提供した(そうしないとPowerMacに買い換えたユーザーがそれまで利用していた68Kソフトを利用できなくなるからだ)。Speed Doublerはこの68Kエミュレーションを高速化するユーティリティ・ソフトとしてConnectix社が市販していたのだ。

 そしてこのSpeed Doublerを開発したChad Walters氏と,Apple社でPowerMacの68Kエミュレータを手がけたエンジニアの1人,Eric Traut氏が連携して開発したのがVirtual PC for Macだったのである。この仮想マシン技術をWindows上に持ってきたのが,Virtual PC for Windowsである。そのVirtual PC for Windowsをベースに現在Virtual Serverが開発されている。

 つまりVirtual PCファミリは,Apple社で開発されたエミューレーション技術,そしてConnectix社のMacintosh向け製品で開発されたエミューレーション技術が融合して誕生したソフトだったのだ。それが,今回,Microsoft社によって買収されてしまった。

 こうしてみると,今回のVirtural PCの買収によりMicrosoft社が手にする3つのメリットは,Macintoshが育んだものとも言える。このことは古くからのMacintosh愛好者にとって屈辱的な話かもしれない。「またしてもやってくれたか,Microsoft」――。そんな声が聞こえてきそうである。

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