本コラムでは昨年夏,米AOL Time Warnerの不正会計疑惑に関する話題を取り上げた(掲載記事)。その後の同社を巡っては,とても尋常とは思えない話が相次いでいる。史上最大の巨額赤字,幹部役員の交替劇,米AOL (America Online)の業績不振である。AOLについては「ここ数年来初めての会員数減少」という事態にも陥っている。

 2001年1月に巨大合併を実現した同社だが,それからの状況は悪化するばかりのようだ。「いったいAOL Time Warnerはどうなってるの?」と考えている方も多いのではないだろうか。そこで今回はここ最近報じられた同社に関するレポートを整理し,AOL Time Warner社が現在置かれている状況について考えてみたい。

■米国ビジネス史上最大の赤字

 まずは,同社が米国時間1月29日に発表した2002年決算から見てみよう。実はこの決算発表で人々は度肝を抜かれた。年間の損失額がとんでもない数字だったからだ。それは米国ビジネス史上最大といわれる987億ドル(11兆9071億6768万円)。

 これがどういう数字かを他社の売り上げを見てみると,例えばソフトウエアの巨人,米Microsoftの年間売上高は284億ドル(2001年7月~2002年6月期)なので,その約3.5倍となる。米IBMの年間売上高812億ドル(2002年1~12月期),シンガポールのGDP(国内総生産)935億ドル(2000年)をも上回る数字なのである。

 この赤字は主に,第1四半期と第4四半期に計上した一時的な費用(それぞれ540億ドルと455億ドル)によるところが大きい。これは,昨年始まった新会計基準によって計上することになった「のれん代」である。Time Warner社買収の際に支払った金額を減価償却したものだ(関連記事)。あのネット・バブル時代の異常な買収劇にいかに莫大な費用がかかったのか,と改めて思い知らされた出来事だった。

■Steve Case会長とTed Turner副会長も辞任

 膨大な費用を投じて誕生したAOL Time Warner社だが,同社の業績は不振続きである。とりわけAOL事業が振るわない。このことから,Steve Case会長が引責辞任という形で今年5月に退くことになった(関連記事)。同氏は,AOL社の創設者で会長兼CEOだった人物。AOL社と米Time Warnerの合併の立役者(というよりTime Warner社を買収したご本人)である。合併当時Time Warner社のCEOだったGerald Levin氏はすでに退任しているので,これで合併時の当事者は2人とも表舞台から退くことになる。

 なおCase氏の後任にはRichard Parsons氏が就くことになっている。同氏は,合併当時COOだった人物で,現在はAOL Time Warner社のCEOである。つまり同氏は今年5月からCEO職と会長職を兼務することになる(掲載記事)。

 AOL Time Warner社の幹部交代劇はこれだけにはとどまらない。昨年にはCOOのRobert Pittman氏が辞任しているし(関連記事),最近では副会長のTed Turner氏(米CNNの創設者)が辞任することを明らかにしている(掲載記事)。最高幹部がばたばたと入れ替わっているのである。

■会員数が頭打ちになったAOL

 AOL事業の経営についてはこれまで主に,広告/販売収入の減少による業績不振が報じられてきた。しかしここに来て新たな不安材料が生まれている。AOLの会員減少である。

 米メディアの報道によると,2002年第2~4四半期,同社の会員数は,第1四半期に比べて17万人減少した(掲載記事)。さらに細かく見ると,第3四半期に3530万人だった会員数は,第4四半期には3520万人へと減っている(掲載記事)。

 ネット・バブルに乗って飛躍的に増大し続けてきたAOLの会員数は,ここにきてブレーキがかかってしまったのだ。少し経緯を振り返ってみよう。AOLの会員数は,1998年末時点で1500万人だった。これが1年後の1999年末に2000万人に増え,さらに2000年末は2670万人,2001年末では3320万人となった。1年間で500~670万人ずつ増えていたわけである。

 ところが2002年末の会員数は前述の通り3520万人。1年前からの増加数は200万人だ。前述の米メディアの報道と照らし合わせて考えると,この200万人は,2002年第1四半期における増加率の減少と,同年第2~4四半期の実質的な減少がもたらしたことになる。

■それでもカナダの人口を上回る

 減ったとはいえ,3520万人という数は膨大である。日本の人口のほぼ4分の1であるし,カナダの人口(約3200万人)を軽く上回っている。米国の会員数だけを見ても2650万人で,これはオーストラリアの人口(約2000万人)よりも多い。

 「日本人全員から1円もらえば1億円以上になる」という話があるが,AOLの場合,これだけの人数から20ドル前後の金額を徴収しているのだ。それも毎月である。これほどの会員数を誇っていれば,この先もなんとか安定した経営が続けられるのではないかと考えてしまう。

 しかし今,この膨大な会員数が同社の経営を揺るがすことになる,と見るアナリストが多い。「これだけの会員数から得られる収入を基盤とした経営だからこそ,将来が危ない」という。その最大の要因は“ブロードバンドの普及”だ。

■ブロードバンドが普及するとAOLが損する理由

 日本や韓国では,DSLをはじめとするブロードバンドが急速に普及している。米国では市内電話を一定額で無制限に使えることもあって,家庭におけるブロードバンドの増加率は,日本や韓国ほどではない(関連記事)。しかし,そんな米国でもブロードバンドに対する需要は高まってきた。米国ではこれからが本格的なブロードバンドの時代といわれているのだ。そして,こうした流れに伴ってAOLは大幅に会員収入を失うことになると考えられている。その理由は次のようなものである。

 AOLとはオンライン・サービスの提供者であるが,同時にダイヤルアップによるインターネット接続サービスを提供するISPでもある。つまりAOLはこのダイヤルアップ市場で膨大な収益を上げている企業なのである。そうした企業にとって,DSLやCATV回線などのブロードバンドが普及することは由々しき問題である。それは会員が同社サービスを解約し,他社のブロードバンドISPに乗り換えることを意味するからだ。

■膨大な会員数がAOLを苦しめる

 米国では,大手のCATV会社や地域電話会社がブロードバンド・サービスの主導権を握っている。そこでAOLは,こうした事業者と提携してブロードバンド・サービスを提供している。しかし,同社はこの分野で大きく遅れをとってしまった。これまで利益率の高いダイヤルアップに固執していたこともあって,大規模な展開ができていないのだ。膨大な会員数をくまなくブロードバンドでカバーするということがままならない状態となっている(関連記事)。

 このため,AOLと提携したブロードバンド回線サービスが提供されていない地域では,AOLユーザーはほかのブロードバンド回線事業者のサービスを利用することになる。米国のブロードバンド・サービスは,日本とは違ってほとんどが回線からインターネット接続サービスまで一貫して提供する垂直統合型だからである。電子メール・アドレスなどはブロードバンド・サービスを提供するCATV会社や地域電話会社などが用意してくれている。AOLのオンライン・サービスに魅力を感じなければ,ユーザーがブロードバンドに乗り換えた時点で,AOLは解約してしまう。

 その対策かも知れないが,AOLでは「Bring Your Own Access」と呼ぶサービスを用意している。これは他社ブロードバンドISPのユーザーであっても同社のオンライン・サービスを利用できるようにするサービス・プラン。今の同社にとって重要なブロードバンド戦略といえるだろう。こうして顧客のAOL離れを食い止めるというわけである。

 ところがAOLの場合,ダイヤルアップ・サービスの月額基本料金が23ドル90セントなのに対し,Bring Your Own Accessのそれは14ドル95セントと安い。Bring Your Own AccessはAOLにとって利益率が低いサービスなのだ。AOLとしてはBring Your Own Accessのユーザーが増えてしまっては困るというのが本音だろう。料金を上げれば利益率が上がり,問題は解決するとも思えるが,それはできないようだ。他社サービスのユーザーはそのISP利用料とAOL利用料の2つを支払わなければならないからだ。すでにインターネット環境があるのに,高いお金を払ってまでBring Your Own Accessを利用したいというユーザーはそう多くないだろう。

 そもそも,インターネット接続を主な目的としてAOLに加入していたユーザーが,いったん他社サービスに乗り換えた場合,果たしてBring Your Own Accessに加入したくなるのか,という問題もある。

 「米国では家庭におけるブロードバンドがいよいよ本格化する。よってAOLの会員数はどんどん減少する。かろうじてBring Your Own Accessで食い止めたとしても,23ドル90セントと14ドル95セントの差は大きい。毎月1人当たり9ドル近くの収入減はその会員数が膨大なだけに大打撃である」――。これがアナリストの見解なのである。

■ブロードバンドでISPの主役が変わる

 では,具体的に米国ではブロードバンドがどのように普及すると考えられているのだろうか。ここに米Strategy Analyticsの調査分析結果があるので見てみよう。これによると,米国における2002年のブロードバンド接続世帯数は1790万だった。これが今年には2530万となり,5年後には6410万世帯に増えるという。

 すでにインターネットが普及してしまった米国では,もはやユーザー数の爆発的な増大は見込めない。今後はダイヤルアップ・ユーザーがブロードバンドに流れていくと考えられる。Strategy Analytics社の出した予測値もこのことを反映している。同社によれば,昨年のダイヤルアップ世帯数は4780万世帯。これが来年には4340万,3年後には3550万,5年後には昨年の半数近くの2690万世帯になるという。

 日本では,最大のユーザーを抱えているニフティだが,ブロードバンドに限ってはYahoo! BBに抜かれ,追う側に立ってしまった。ブロードバンドによって,日米同時進行でISP業界に地殻変動が起きているのかも知れない。

◎関連記事
「ブロードバンドの普及で米AOLが窮地に,2005年には10億ドルの収入減」――米調査
米AOLタイム・ワーナーが2002年Q4と通期の決算を発表,通期の純損失は987億ドル
2002年12月の米国広帯域ユーザー,前年同月比59%増の3360万人以上に
米AOLタイムワーナー,会長のSteve Case氏が退任へ
「高速ネット接続の普及で世界の平均オンライン滞在時間が増加」,米ニールセン
米AOLタイムワーナー,2000年Q3~2002年Q2における1億9000万ドルの売り上げ水増しを修正
淘汰が進んだ2002年の米IT業界
完全有料化でAOLに正面勝負を挑むMSN
米AOLタイムワーナーがAOL事業の売上高とEBITDAを下方修正,「広告と販売の売上高が不振」
米AOL Time Warnerに不正会計疑惑が浮上
米AOL Time Warner,決算書の正確性に宣誓も疑問残る会計処理,SECは前上級副社長を調査
米AOLタイムワーナーを株主が集団訴訟,同社COOは退任
迷走するAOL Time Warner,株価がついに20ドルを切る